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10.あなたは誰?

 

 

 

「それで、伊予灘ものがたりなんですけど本当にいい列車だったんですよ。お洒落で可愛くて、乗ってよかったなぁってなりました。湯築屋にも、あんなテイスト入れたいんですよね! 海の景色も、とってもとってもよくって。帰りは普通の電車だったのがちょっとだけ残念に思いました。でも、夕日がすっごく綺麗だったんです。伊予灘に沈んでいく夕日は、乗っている列車には関係ないですね!」


 九十九は饒舌に、両手を広げて感動を表現した。

 湯築屋に帰ったのは夕食後の時間だ。荷物を置いたらお風呂にも入らず、九十九はまずシロを呼びつけた。

 そして、延々とお土産話を語っているというわけだ。


「見てくださいよ、これ。綺麗ですよね」


 九十九はスマホで撮った写真をシロに見せる。結構たくさん撮ったつもりだったが、案外少ない。京のように連写にすればよかった。


「ふむ」


 列車内の写真を見て、シロがうなずく。

 シロは最初、「な、何事だ? 九十九が儂に優しい!」などと言って抱擁しようとしてきたが、楽しそうに話を聞いてくれた。もちろん、抱擁しようとしてくる手はたたき落としたが。


「シロ様にもお見せしたくて」


 結果的にシロは使い魔を通して、ずっと九十九を見ていた。一緒にいたようなものだ。

 しかしながら、あくまでもシロは九十九を見守っているだけだ。

 九十九が見た景色を同じ視点で楽しんだわけではない。


「なるほど……儂は九十九しか見ていなかったからな」

「やっぱり。せっかく使い魔でついてきたのに、もったいないです」

「九十九だけで充分だからな」

「またそんなこと……いいです。もっといっぱい話しますから」


 今回の旅行で九十九はいろんなものを見た。本当に楽しく過ごしたのだ。

 それをシロに伝えたかった。

 楽しいと感じるたびに、「ここにシロ様もいればいいのに」。そう思ってきたのだ。それは、シロが同じ景色を見ていないからだ。使い魔を通して見るものは、九十九と同じではない。

 九十九の目線は、シロの目線とは違う。

 なにを見たいと思うか、大事だと思うか、楽しむか。すべて異なるのだ。

 神様や人間の差異ではない。

 人間同士だって、みんな同じではないのだ。

 それが当然である。

 シロに見えている景色が違うなら、九十九の景色を教えてあげたい。自分はこんなに素敵な体験をしたのだと、九十九の言葉でシロに伝えたかった。

 九十九の見ている世界を、シロに見せるのはこれが一番ではないか。

 神様だから。

 人間だから。

 だから伝わらない。

 違う。

 伝わる形で共有すれば、きっとわかってくれる。

 甘い幻想かもしれないが、九十九はそう信じている。


「九十九、なんだこれは?」

「これ、すっごく美味しかったんですよ? ハモカツ。ハモのカツなんです」


 スマホの写真を一枚ずつ見ていると、シロもだんだん興味を深めていくのがわかった。


「ほほう?」


 写真は道の駅「みなっと」で食べたハモカツだ。

 実は愛媛県はハモの水揚げも盛んだ。八幡浜港でもたくさん漁獲されている。これを京都などに出荷するのだ。道後にも、ハモ料理を出す飲食店は多いし、もちろん、季節になると湯築屋でも提供する。


「ハムカツではないのだな」

「響きは似てますけど、ハモはお魚ですから」

「むむ……儂は今、洒落を言ったつもりなのに笑ってもらえなかった……」

「え……もっと、面白いこと言ってくださいよ……わかりにくかったです」

「なん……だと……?」

「寒いです」

「な……に……?」


 ハモと言えば湯引きが鉄板だ。

 揚げてしまうという発想が九十九にはなかった。骨切りを済ませた肉厚のハモにザクザクの衣をつけてカツにするのが、あんなに美味しいとは思っていなかった。


「儂も! 食べたい!」

「そう言うと思って、冷凍のハモカツを買って帰りましたよ。明日、お父さんに揚げてもらいましょう」

「九十九はできた妻だな! 儂は嬉しいぞ!」


 あとは、お酒の好きなシロのために、おつまみになりそうなハモのアヒージョ缶も買ってある。

 が、こちらはなにかのご褒美であげよう。つけあがらせてはいけない。と、飼い主の気分にもなった。


「九十九、こっちはなんだ?」

「どーや市場です。観光客向けの市場で……」

「バーベキューではないか!」


 九十九の説明を待たずにシロがスマホをスクロールさせていた。すっかり楽しんでもらえているようだ。


「市場で買ったお魚を焼いて食べれるんです。サザエと車エビが、とっても美味しかったです」

「いいなー、いいなー。儂、車エビが食べたいぞ」

「残念です……サザエだけ買って帰りました」

「サザエも好きである。今日はそれをつまみに飲もう」

「シロ様、お酒を飲むことばっかり……」

「今日は妻の美味い土産話があるからな。実に楽しそうに語ってくれる。こういうときは、いい酒が飲めるのだ」

「お店のお金なので、ほどほどにしてくださいよ」

「昨日、八雲から小言を言われたばかりだ……」

「ほら!」


 まったく。

 シロはあいかわらずだ。

 しかし、八雲が小言を言うのは、よっぽどのことである。今月は本当に飲み過ぎているに違いない。


「あの、シロ様」

「なんだ?」


 シロは九十九に目をあわせ、首を傾げた。仕草と同時に、肩から絹のような白い髪がサラリと落ちる。


「今回は卒業旅行だったので無下にしましたけど……今度は一緒に行きません、か?」


 言っている途中で妙に恥ずかしくて、口調がぎこちなくなった。

 ずっと、シロと同じ景色が見たいと思っていたのだ。

 使い魔や傀儡くぐつの視点ではなく、シロと一緒に……けれども、それにこだわる必要はないと気づいた。

 なにを通していても、九十九と同じものは見られる。一緒に「これが楽しいね」と言いあうことのほうが大事ではないか。

 だから、改めてシロを誘いたかった。

 これを九十九はシロに話したくて。

 いや、シロと一緒に話がしたくて仕方がなかった。


「まったく……だから、儂は最初から九十九と夫婦水入らずのイチャラブ・スイート・トリップがしたいと言っておるのに」


 シロが息をついた。


「い、いちゃらぶ?」

「夫婦の旅行は、こう呼ぶのだろう? 天照から聞いたぞ?」

「言いませんよ!? 最近、本当に天照様から教わる言葉が酷くないですか?」

「そうなのか? 儂も納得して覚えたのに!」

「なにをどう納得したんですか」

「イチャイチャでラブラブで、スイートなところ」

「あ……はい……」


 九十九は頭を抱えた。

 もう少し黙っていればいいのに。せっかく見目麗しいのだし、もっと神様の威厳があってもいいはずだ。どうしてこうなったのだろう。歴代の巫女様たちって、みんなこうだったのかなぁ。すごいなぁ……。

 九十九の気も知らずに、シロは勝手にスマホで写真をながめていた。一枚一枚、何度も見返している。


「これを見ておると、九十九がどのような物の見方をしているのか、なんとなく伝わってくるのだ。儂には、このような視点がないからな」


 嬉しそうだった。

 そう言ってもらえて、九十九も嬉しい。


「嗚呼、そうだ。忘れておった。九十九よ。この写真が儂も欲しいのだ」


 シロが示したのは、下灘駅で撮った写真だった。

 九十九と使い魔の白猫が写っている。すっかり忘れていた。

 シロはスマホを持っていないので、現像してあげる必要がある。コンビニ印刷でいいだろう。


「でも、シロ様。それちょっと恥ずかしいので……」


 写真の中で九十九は、シロの言葉に動揺して顔が真っ赤になっている。カメラ目線ではないし、ちょっと口元も歪んでいた。

 こんな恥ずかしい顔の写真を現像するなんて。

 九十九の顔が熱くなってきた。


「せっかく、九十九からツーショットに誘ってくれたのに!」

「い、言い方。シロ様、言い方!」

「なにも間違っておらぬと思うが。らぶらぶベンチでツーショットであろう?」

「そ、そう……ですけど!」


 九十九はすっかりと困り果てるが、シロは譲らなかった。この勢いだと、意地でも現像しろと数日言い続けるだろう。


「じゃ、じゃあ、シロ様……」


 九十九はシロの手からスマホを奪い返す。少々乱暴になってしまったが、気にしないでいただきたい。


「今、撮りましょうか」


 カメラを自撮りに設定しながら提案する。

 シロはツーショットが欲しいのだ。だったら今、写真を撮ればいいのではないか。


「ほお」


 その提案にシロは思いのほかアッサリと納得した。てっきり、あの写真にこだわると思っていたのに。

 九十九は手早くカメラをタイマーに設定する。


「では、少し飾るか」

「え?」


 ふわっと風のようなものが吹いた。

 ポニーテールにまとめた九十九の髪がうなじで揺れる。


「わあ……」


 純和風の部屋の照明が明るくなった――そうではない。外にいる。

 頭上は天井ではなく、どこまでも広がる蒼天だ。周囲には菜の花の可愛い花が咲き誇っていた。うしろを見ると、観光列車と海。

 下灘駅の景色だ。

 けれども、空間が移動したわけではない。今は夜だし、下灘駅には菜の花が咲いていなかった。

 ここはシロの結界の中である。

 映し出される幻はすべてシロの思いのまま。

 シロが「こうしよう」と言えば、周囲は美しい菜の花畑になるのだ。

 しかし、同じだが違う。

 冷たい潮風や、甘い菜の花の香りがない。京たちの話し声や、海鳥の歌も聞こえなかった。あのとき見えていたはずの民家もない。

 シロが取り入れたいと思った美しいものを集めた景色だ。


「ほれ。九十九、ピースするのだ」


 シロは得意げに笑って九十九の肩を抱き寄せた。九十九が持っていたカメラも奪って、画面をあわせる。

 とっさのことで九十九は抵抗できないまま、シロと密接する。その瞬間を狙ったかのように、カメラがシャッターを切った。


「今度はよい写真が撮れたであろう?」


 シロが問うと、周囲の景色が蜃気楼のように消えていく。三秒ほどで、元の湯築屋の室内に戻っていた。

 手元にはシロとのツーショットを写した写真が残っている。


「…………」

「どうだ? 儂のカメラセンスは流石であろう? テクニシャンであろう?」

「し、シロ様……これはこれで、恥ずかしいですよ。あと、せっかくだったのに背景が全然入ってません」

「なぬ! そんなまさか! 見せるがよい!」


 失敗したのが信じられず、シロはスマホを確認しようとする。しかし、九十九は彼の手に渡るのを阻止した。


「また今度撮りましょう! 今日は疲れたので、ここまでです!」

「えええ。九十九ともっと自撮りするのだ!」

「お父さんにサザエを渡しておくので、壺焼きでも楽しんでください。わたしはお風呂に入ります!」

「むむ。サザエの壺焼き」


 おつまみの話をすると、すぐに大人しくなった。単純である。

 九十九はそそくさとスマホを持って部屋を出た。


「…………」


 スマホに表示された写真を見おろす。

 黄色くて可愛い菜の花と観光列車は、きちんと写っていた。その前で九十九がシロに肩を組まれている。

 けれども、シロ――これはシロなのだろうか。

 頭の上にあるはずの白い狐の耳がなかった。絹束のような白い髪は墨のような濃い黒色で、瞳は紫水晶みたいな色合いである。

 この姿には覚えがあった。

 シロだが――シロではない。

 五色浜で九十九たちを助けてくれた。

 田道間守に羽根を渡したときにも現れた。

 誰なのだろう――答えなんて知らないはずなのに、何故か胸の奥からなにかがわきあがってくる。

 喩えが適切かはわからないが、試験中に思い出せそうで思い出せない問題に当たったときと似ていた。教科書の何ページに書かれているかまでわかるのに、その単語が出てこない。

 そういう感覚だ。

 わたし、知ってる?

 思い至るが、こんな大事なことを忘れるはずがない。

 九十九は首を横にふった。

 とにかく、シロから隠そうと思って逃げてきてしまう。

 どうしてかはわからないが、シロはこの姿の自分を酷く嫌っている。そう感じていた。写真を見せると、悲しませるかもしれない。

 九十九は迷いながら、スマホを操作した。

 写真を選択し、タップ。

 削除した――。

 

 

 

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