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7.たくさんたくさん

 

 

 

 列車から駅におりると、潮の香りがした。

 春だが、まだまだ海風は冷たい。スプリングコートでは心許なく、一瞬、身が震えた。だが、それ以上に目の前で広がる景色に九十九は目を輝かせる。


「わあ……海、すごい……」


 海がどこまでも広がっているような奥行きがあった。実際、今見ている下灘駅からの景色は瀬戸内海で、向こう側には本州がある。そうとわかってはいるが、そういう錯覚をしてしまった。

 いくつか島が見えるが、遠景でかすんでいる。どこかおとぎの島々でもながめている気分だった。

 下灘駅は日本一、海に近い駅だ。夕日のスポットとしても有名である。しかしながら、青空とのコントラストも大変素晴らしかった。

 海を背景に停車する茜色と黄金色の列車は非常に美しい。京が興奮しながらスマホで写真を撮っている。


「やっば! これ、えやん! 映えってやつやん!」

「京、インスタは面倒だからやらないんじゃなかったの?」

「それとこれとは、別やけん」


 たしかに、こういうのを「インスタ映え」と呼ぶんだろうなと思う。ツバキさんが非常に好きそうである。

 下灘駅では地元の人々が出迎えてくれていた。また、一眼レフをさげた人も多く、みんなが伊予灘ものがたりを待っていたのだとわかる。

 シロ様にも見せたいなぁ……。

 いつもあまり写真は撮らないけれど、九十九もスマホのカメラを起動させてみた。

 せめて写真でいいから、シロに思い出を持ち帰ろうと思ったのだ。どうせ、使い魔がその辺りで見守っているのだろうが。

 どうやって撮るのがいいのかまったくわからない。カメラの画面をのぞいてみるが、どうすればこの景色の素晴らしさや雰囲気が伝わるのだろう。

 なかなか上手くいかないものだ。


「九十九ちゃん、せっかくだから一緒に写真撮ろうっか」


 試行錯誤していると、小夜子が九十九の手を引いた。

 京も手招きしている。

 将崇が伸縮性の自撮り棒を取り出した。誰も持っていなかったアイテムなので、ちょっと意外である。


「こんなこともあろうかと思って用意しておいたんだぞ。感謝しろ!」


 将崇は胸を張りながら笑っていた。


「刑部の無駄ツンデレと、無駄威張りのポイント。ほんと、ようわからんわぁ」


 京から無駄ツンデレ、無駄威張りと括られて将崇は「む、無駄ぁ!?」と声を荒らげる。だが、楽しい雰囲気を壊そうという気はないようだ。というより、おおむねいつも通りである。


「はい、寄って寄って」


 四人が画面におさまるために、中央へ寄る。自撮り棒のおかげで、そこまで密着しなくてもよかったけれど、距離は縮まったと思う。

 四人の笑顔と、観光列車に海。

 いい写真だと思う。

 九十九が一人で四苦八苦した写真よりも、とても綺麗だ。


「あとで送るけんね」

「うん、ありがとう。京」


 列車の発車時間が近いが、九十九はふと辺りを見回した。

 そして、動く白い影を発見する。

 話し込む京たちを横目に、九十九は駆け寄った。


「シロ様」


 ベンチの下に隠れていたのは白い猫だった。

 もちろん、シロの使い魔である。松山駅では追い返されてしまったが、ずっと九十九たちを追ってきていたのだ。


「なんだ。九十九たちは友人同士で楽しむのであろう?」


 あ、拗ねてる。

 松山駅で冷たくあしらったのを根に持っているらしい。そうだろうとは思っていたが、実際に拗ねられると、やはり面倒くさいと感じてしまう。


「列車に乗るわけにはいかないじゃないですか。それに、どうせ、ついてくるのは、わかっていましたし……それより」


 九十九はそっぽを向く白猫を抱きあげた。使い魔は「みゃ!?」と変な声で鳴きながらも、九十九の腕の中におさまる。

 ベンチに座った。

 下灘駅名物の「らぶらぶベンチ」である。

 椅子がV字型の斜面になっており、二人並んで座ると自然に真ん中でくっつくという構造になっていた。夕日のスポットとして有名な駅ならではのお遊び要素だ。

 白い猫を胸の辺りで抱いたまま、九十九はスマホのカメラを起動した。


「一緒に……写真撮りましょう。せっかくなので」


 自撮り機能を使って、九十九はアングルを調整する。なんだか恋人みたいで気恥ずかしいが(いや、夫婦だが)、今は猫の使い魔なので問題ない。

 タイマーモードを設定する。


「らぶらぶベンチとは……九十九も、ようやく儂とイチャイチャする気になったのか」

「もう! 猫だからいいんです!」

「なるほど……これが無駄ツンデレというものか」

「へあ!?」


 シャッターが押されるタイミングでシロの使い魔がそんなことを言うものだから、九十九は表情を崩してしまった。なんとか手ぶれは阻止したが、明らかに動揺している顔が写し出されている。


「シロ様、変なこと言わないでください!」

「突然、優しくされたからな。儂の心はもてあそばれておるのだ。我が妻は魔性の女であるな……」

「言い方! シロ様、言い方! も、もう一回撮りますよ!」


 だが、カメラを構えようとした途端に「ゆづ、もう電車出るよー!」と京が声をかけてきた。発車のメロディも流れている。早く列車に戻らなければ、置いていかれてしまうだろう。

 シロの使い魔は九十九の膝から飛び降りながら、こちらをふり返る。


「九十九よ、あとで儂にその写真を献上するのだ」


 そう言いながら、シロの使い魔は駆けていった。

 九十九も列車に遅れないよう、走って戻る。


「献上って……」


 シロは神様なのだから献上でもいいような気がするが、自分で言うかなぁ? シロの言い回しが絶妙に気になりながら、九十九は列車に乗り込む。

 時間はギリギリだったようで、背中で扉がピシャッと閉まった。危ない。他の乗客たちに迷惑をかけるところであった。

 手元のスマホを確認し、先ほどの写真を表示させる。

 もう一枚、撮りたかった……。

 そんな恥ずかしさのわいてくる写真だ。

 けれども、どういうわけか。

 なんだか楽しかったなぁ。

 そのような思いも強く感じる。

 いい角度やお洒落な写真は憧れるけれど、こちらのほうが思い出の情景に近い気がするのだ。

 シロとの思い出である。

 これから、写真をたくさん撮るのも悪くない。

 そう思う九十九だった。

 

 

 


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