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6.ものがたりのはじまり

 

 

 

 やがて、優しいメロディがホームに流れはじめる。

 線路の向こうから、黄金色の車両が近づいてきた。駅員とスタッフがホームに並び、手をふって車両を出迎える。


「めっちゃ可愛いやん!」


 伊予灘ものがたりの車両である。

 茜色の車両と、黄金色の車両の二両編成だった。

 それぞれに「茜の章」、「黄金の章」という名前がつけられている。伊予灘ものがたりという名の通り、この列車での旅は「物語」というコンセプトだった。

 九十九たちが利用する松山・八幡浜間の路線は「八幡浜編」と呼ばれている。帰りは「道後編」だ。他にも、距離が短い「大洲編」と「双海編」もあった。

 座席はすべて指定席で、九十九たちには茜の章のボックス席が割り当てられている。レトロモダンな見た目の車両は期待を裏切らず、中もテーマが統一されていた。

 上品な緑のソファに、茜色のクッションがよく映える。照明には和紙が張られ、木材を多く使用した内装が暖かさを感じた。和とレトロなお洒落さが調和した空間に足を踏み入れると、九十九の心も躍る。

 松山市内を走る路面電車の雰囲気も好きだが、それとは違った趣だ。

 これから素敵な旅がはじまるはず。

 そんなワクワクがつまっていた。


「こっちの席は海が見えるらしいな」


 席に座りながら、将崇がつぶやく。よく見ると、観光案内のパンフレットやガイドブックを束にして持っており、それぞれに大量の付箋がついている。


「将崇君、予習ばっちりだね」

「な……!」


 将崇は慌ててパンフレットで顔を隠した。恥ずかしいのだろうか。


「お前らが当てにならないと思ったからな! こういうのは、男がしっかりするもんだって爺様も言ってた! あと……予習不足で焦るのは懲り懲り、いや、弟子に示しがつかないからな」

「ありがとう」

「当然のことなんだからな」


 将崇はなんだかんだと言っても勉強家で努力家だ。

 学校の勉強だってみんなの何倍もしていた。料理がしたいと決めてからは、毎日研究しているらしい。

 ときどき失敗している話も聞いたが、将崇の料理は美味しい。いい料理人になると幸一も評価していたし、九十九もそう思う。

 列車はすべて指定席だが、この日は満席のようだった。

 普通の電車と違って、乗客はにこやかなお喋りに興じている。あまりうるさくするのはマナー違反だが、それぞれに楽しむのは大丈夫そうだった。


「ねえねえ、お姉さんのエプロンめっちゃ可愛くない!? すご!」

「茜色と黄金色だねー」

「なんか、全員美人さん! すみませーん! 一緒に写真撮ってください!」


 観光列車なのでスタッフもたくさん乗っているのが新鮮だった。

 はしゃいで写真を撮りに行った京の言う通り、制服として着用しているエプロンがとても可愛い。なるほど……湯築屋の前掛けも、あんな風に可愛いデザインにしてもいいかもしれない。


「九十九ちゃん、今、湯築屋のエプロン変えようかなって思ってたでしょ?」

「あ、バレた?」

「そうかなぁって」

「小夜子ちゃんには隠せないなぁ」


 小夜子には九十九の考えていたことが筒抜けだったようだ。

 二人で顔を見あわせて笑っていると、京が「なあなあ、写真OKやって! ゆづたちもおいでよぉ!」と手をふった。

 そんなことをしている間に、列車は発車する。

 ホームに並んだ駅員たちが、みんな笑顔でお見送りをしてくれた。「いってらっしゃい」の弾幕まであり、心が温まる。

 流れる景色だけではなく、ガタンゴトンと鳴る走行音や、一定のリズムで訪れる揺れが心地よい。


「ただいまより、お食事をご注文のお客様へ配膳をいたします」


 しばらくもしないうちに、食事の配膳がはじまる。昼過ぎの出発だったため、これでも遅めのランチタイムだ。

 カートにのせられた松花堂弁当を、スタッフがお客様に提供していた。

 所作がていねいで、言葉遣いも綺麗である。しっかりとした接客でおもてなしをしようという気持ちが伝わってくる。

 自分がいつも接客する側なので、ついそういう目線で見てしまう。


「や、やば! やば!」


 配膳してもらった松花堂弁当を見て京が興奮していた。なんだか、JKモードのツバキさんみたいだ。

 しかし、京が興奮するのも納得する。

 松花堂弁当と名前はついているが、八幡浜編の食事は松山市のフレンチレストランが手がけている。

 分厚いローストビーフや、彩りが美しい春野菜のスープ、鰆のパイ包み焼きなどが目を引いた。季節によって食材やメニューが変わるらしい。


「お、お箸で、ええんよね?」


 京がかしこまっているので、こちらまでおかしくなってしまう。


「お弁当だし、お箸でいいと思うよ。それとも、ナイフとフォークも持ってきてもらう?」

「ううん、そういうの無理! いや、使えるけど。お箸があるんなら、お箸がええわ」


 料理はどれも美味しい。少しずつ盛られたひと品ひと品が上品だけれど、食べるのが楽しい。まるで、ピクニック気分である。


「ああ~。うち、これより美味しいもの食べたことないかもぉ? ローストビーフ最高にやわらかくて、いい!」

「本当、やわらかい……! こっちの伊予柑ソースもすごく美味しいよ。クリームみたいなのに、甘くて爽やか……」

「ほんとよ。すごい。これマジで伊予柑なん?」

「美味しいね……ね? 将崇君も、そうだよね!」

「…………」


 感激している隣で、将崇だけは黙々と口を動かしていた。そして、ときどき手元に置いたメモ帳になにかを書き込んでいる。きっと、料理に夢中なのだ。さすがは、料理人志望である。

 美味しい料理を食べながら、車窓を流れる景色を楽しむ。

 日常から離れて味わう非日常。完全に切り取られた時間のように思えた。

 なんだか観光列車なんて高校生には分不相応かと思ったが関係ない。


「ねえ、やば。ゆづ、やば。海綺麗やけん見て! あ、ねえねえ! 菜の花もいっぱい咲いとるよ!」

「見てるよ」

「なんかテンションあがらん?」

「うん!」


 料理を食べ終わった頃合いに、海の景色が見えた。下をのぞきこむように見おろすと、沿線は菜の花で埋め尽くされている。

 伊予灘の海岸沿いを走るこの列車は右に海、左に山。二つの景色にはさまれているのだ。

 線路に沿うように走る道路には、車を止めてこちらを見あげる人々もいた。一眼レフのカメラも見える。

 今の時期は菜の花に囲まれて走る伊予灘ものがたりを撮るのに、絶好なのだ。地元の人ばかりではなく、鉄道マニアにも人気のスポットらしい。


『次は下灘しもなだ駅に停車いたします。音楽が鳴りましたら発車の合図ですので、どうぞお乗り遅れのないよう、おねがいいたします』


 アナウンスがあると、京が「ねえ、おりようや!」と騒ぎ出した。何駅か停車駅があるのは知っていたはずなのに、やはり目の前に海があるとテンションが変わるらしい。

 京は五色浜へ行ったときも、楽しそうだったっけ。

 九十九は席から離れておりる準備をしようと、海から視線を外す。

 不意に反対側の車窓が見えた。

 進行方向左側は山の景色が流れ、緑豊かでのんびりとしている。

 その中で一点……真っ白な鳥に視線が引かれた。


「…………」


 白鷺だ。

 決して珍しい鳥ではない。

 小さな畑に白鷺がたたずんでいる。列車の景色はすぐに移り変わるため一瞬だったが、なんとなく目にとまった。

 どうして、白鷺が気になってしまったのか。

 あやかしや神様など、妙な感じもしない。白い生き物だが、あれはたぶんシロの使い魔でもないだろう。

 普通の白鷺なのに……考えて、シロからもらった羽根を思い出す。田道間守たぢまもりに渡した羽根の片割れだ。九十九は今でも、家の引き出しに仕舞っていた。

 シロの背中に生えていた謎の翼から落ちた羽根である。真っ白で軽くて、強い神気を宿していた。

 だから白鷺が気になったのだ。

 九十九はそう結論づけた。

 他にもなにかあるような気がしてならないが……。


『下灘に停車いたします。お乗り遅れのないよう、よろしくおねがいします』


 アナウンスがあって、列車が停車する。

 下灘駅での停車時間は長くない。京がウズウズした様子で立ちあがった。

 

 

 

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