表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/288

4.旅列車

 

 

 

 友達と卒業旅行をしたい。

 九十九は最初に、経理室で番頭の八雲に相談することにした。小夜子も将崇も湯築屋の戦力である。従業員にうかがいを立てるのが筋だろう。


「九十九。儂も! 儂も! 何故なにゆえ、儂ではなく八雲に相談なのだ! まずは、儂を旅行に誘うべきであろう?」

「そういうことを言うから、シロ様には相談しないんです!」

「どういうことなのだ!」

「見ての通りの、こういうことですけど!」


 八雲に対して相談を口にした途端、どこからかシロがわいてきた。シロはいつだって九十九を見ているため、予測はしていたが……いきなり現れて絡まれると、とても面倒くさい。いや、もっと短い言葉を使うなら「ウザい」。

 九十九の肩にベタベタと抱きついて、ブラーンブラーンと体重をかけられると、うしろ向きに倒れそうになる。子供か!


「儂も行くのだ!」

「卒業旅行って言ってますよね。それに、シロ様は結界の外に出られないでしょ」

「気分だけ! 気分だけ!」

「どうせ、使い魔でストーカーするくせに」

「遠くから見るのと、膝の上で旅を満喫するのでは大違いなのだ」

「だから、友達も一緒なんですってば」

「儂は九十九の夫なのに」

「友達同士の旅行に、旦那さん連れて行かないですよね?」

「ぐ……」


 九十九は大きすぎるため息をついた。

 どうしようもない駄目夫だ。なんで、これが九十九の夫なのだろう。神様なのだから、もっと威厳を持ってほしい。

 湯築屋に来る神様がみんな威厳があるわけではない。しかし、ちょっとくらい望むのは悪い願望ではないはずだ。


「すみません、八雲さん……やかましくて」

「いえいえ、若女将。いつものことですよ」


 九十九は申し訳なく思いながら、八雲に頭をさげる。うしろでシロが「やかましい? 儂のどこが!」と抗議しているが、無視だ。「やかましい=自分」だと察したのだけは褒めてもいいだろう。


「業務はなんとかしますから、行ってきてください」


 ひかえめだった九十九に対して、八雲は事もなげに了承してくれた。


「でも、小夜子ちゃんや将崇君も一緒で……」

「碧さんとコマがいれば大丈夫です。幸一君もいますし……あと、シロ様も」


 頼もしい。八雲の優しい笑顔が輝いて見えた。


「ありがとうございます……!」


 九十九は素直にお礼を言いながら、頭をさげる。シロが足元で転がりながら、「狸は一緒なのに、儂が行けぬのは何故なのだ!」と駄々をこねていた。スーパーでお菓子を買ってもらえなかった子供だろうか。


「シロ様、しっかり八雲さんたちの迷惑にならないように働くんですよ。八雲さん、シロ様をよろしくおねがいします。なんでも言いつけてください」

「どうして、儂だけそういう扱いなのだ。敬おうと思わぬのか」

「こんな五歳児みたいな神様、敬えません」

「五歳児? 儂、うん千年も生きておるのに!」


 ああ言えば、こう言う。

 九十九はまとわりついてくるシロを引き剥がそうと努力した。


「そういえば、若女将。行き先はお決まりですか?」


 八雲が思い出したように質問した。


「八幡浜です。駅弁買ってJRに乗ることにしました」

「八幡浜……伊予灘いよなだものがたりですか?」

「伊予灘ものがたり……あ!」


 どうして思いつかなかったのだろう。

 すっかり失念していた。


「そっか! 伊予灘ものがたり、ありますよね!」


 伊予灘ものがたりは、いわゆる観光列車である。

 JR四国が運営している、松山・八幡浜間を往復する旅列車だ。大洲編、双海編、八幡浜編、道後編の四区間がある。

 列車は伊予灘の穏やかな海沿いを走り、車内で食事や喫茶が楽しめるようになっていた。料理は地元のレストランから提供されており、季節の食材が中心である。特定の駅や区間では、地元の有志や職員によるおもてなしもあり、大変評価が高かった。

 県内だけではなく、県外からも訪れる人がいる。


「少々お待ちを」


 八雲はそう言って自分のデスクを探しはじめた。

 彼のデスクはよく整理整頓されており、すっきりしている。引き出しを一つ二つ開けると、目当てのものはすぐに出てきた。


「これ、フジの景品で当たったんです」


 フジとは、愛媛県松山市に本社を置くスーパーマケットのチェーンだ。中四国に百店舗近く展開している。

 愛媛県民ならお馴染みの店であった。店内で流れるオリジナルテーマソングは、県民の身体にしみついている。

 フジでときどき景品の抽選があるのは知っている。道後温泉のホテル宿泊券などがよく景品になっているが……。


「八雲さん、これ……」


 当たっていたのは、伊予灘ものがたりの乗車券だった。しかも、ファミリープランなので四人まで使える。


「申し訳ないのですが八幡浜までの片道券です。帰りは普通のJRに乗ってください」

「え、いいんですか? わたしたち、乗車券なら自分で買いますよ……!」

「私が一人で使うより、みなさんで利用したほうがいいですよ。浮いたお金で、美味しいものでも食べてください」

「そんな、一人でなんて……碧さんと一緒に小旅行してもいいじゃないですか」

「いえ、碧さんと二人はさすがに恐ろし――いやいや、せっかくだから若女将が使ってください」


 八雲は爽やかに笑いながら、九十九にチケットをにぎらせる。

 なにか言いかけてやめたような気もしたが……碧については幸一も密かに恐れている話を聞いた。

 大晦日に大年神おおとしのかみとの羽子板対決を見たあとは、将崇も震えている。お客様たちも、「あの仲居頭はすごい」と一目置いているようだ。

 うん……触れないでおいてあげよう。


「本当にありがとうございます! 絶対、お土産買ってきますね!」


 九十九は素直に、伊予灘ものがたりの乗車券を受けとった。あとで、小夜子や将崇にも知らせよう。京も絶対に喜ぶはずだ。

 ささやかな小旅行。

 ますます楽しみが増えた。


「四人なのか? 九十九、儂の席は?」

「シロ様……せっかくの旅行気分に水を差さないでいただけますか?」

「辛辣ではないか。近頃は、少しばかり丸くなったと感心しておったのに!」

「それが気のせいだったんですよ。はい。では、お仕事に戻りますよ!」

「儂も行くのだ」

「もう。ついて来るなら、お手伝いしてくださいってば!」

「それとこれとは、別である」

「別じゃありません」


 まとわりつくシロを鬱陶しく振り払いながら、九十九は仕事に戻るのだった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ