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2.よかったー!

 

 

 

 はあ。と、白い息を吐いて両手をこすりあわせる。

 寒い。無駄に足踏みを多くして、寒さを紛らわした。

 けれども、九十九の気持ちが落ち着かないのは寒いからではない。むしろ、寒さで気分が紛れるのでありがたいとまで思っている。

 九十九はマフラーを何度も整えながら歩いてしまう。視点も定まらない気がした。暦のうえでは、もうすぐ春とは言うけれど、そんなものは信じられない。

 落ち着かない。


「九十九ちゃん、大学はこっちだよ」


 路面電車からおりて歩きはじめた九十九に、小夜子が苦笑いしながら呼び止めてくれた。以前から場所はよく知っていたし、筆記試験のときも行ったのに……九十九は緊張のあまり逆側へ向かって進んでいたようだ。


「ご、ごめん。小夜子ちゃん」


 くるりと方向転換して、九十九は小夜子についていく。

 大学入試の合格発表日なのだ。

 インターネットでも見られるのだが……今日は家にいても落ち着かなかった。いや、昨日からだ。落ち着かなさすぎて、碧から「若女将は、今日しっかり休んでください」と言われた。

 しかし、なにもしていないと余計に居場所がない。

 畳に這いつくばるように寝転んだまま立ちあがれなくなった九十九に、シロが「まるで屍ではないか」とのたまったのが頭に来なかったと言えば嘘だが、実際、その通りの有様だった。

 見かねた八雲が小夜子に連絡してくれたらしい。そして、駆けつけた小夜子によって、九十九は合格発表の掲示に連れ出されたのである。

 小夜子は看護師の専門学校を受験し、すでに合格をもらっていた。九十九の合格発表についてきてくれる必要はないのに、本当にありがたい話だ。


「大丈夫だよ、九十九ちゃん。道真様にも応援してもらったでしょ?」

「そうだけど」

「お客様を信じないと失礼だよ」

「信じてないわけじゃないけど……」

「自己採点よかったんでしょ?」

「でも、回答欄間違えてるかも」

「じゃあ、落ちたらそういうことにしよう。九十九ちゃんなら、大丈夫だよ」

「小夜子ちゃんって、本当そういうこと言うよね」


 九十九は学問の神様・菅原道真から直接の言葉をもらっている。決して、それを信じていないわけではない。

 試験の日も調子はよかった。体調も崩さず、万全の体制で臨んだはずだ。

 しかし、どうも「結果発表」は心臓に悪い。

 すべてのがんばりが一回の試験で出たのかと聞かれると不安しかなかった。自己採点はしたが、万一、記入ミスがあったらどうしよう。みんなの成績がよくて合格点が高かったらどうしよう。

 そういうことを考えるときりがなかった。


「あ、ゆづー!」


 大学へ向かって歩いていると、門の前で京が手をふっている。隣には、将崇の姿も見えた。二人とも小夜子が連絡を入れてくれたらしい。

 将崇も小夜子と同じく別の専門学校を受験したはずだが、九十九のために来てくれたのだろう。九十九たちより、一足先に合格発表があった。将崇も小夜子同様に無事合格しており、表情にも余裕がある。

 どれだけ周りを心配させているのかと思うと、九十九はちょっとばかり申し訳なく感じるのだった。


「もうちょっとで貼り出されるんやって」


 京は九十九が来るなり、いつもよりベッタリと距離を詰めてくる。腕に抱きつかれたので、九十九はパチクリと目を見開いた。

 京とのつきあいは長いが、普段と距離感が違う。

 すると、将崇が冷めた目で京を見ながら息をついていた。

 珍しく呆れた様子である。


「こいつ……待っている間、ずっとその辺りを走り回っていたんだぞ」

「ぐ……」


 将崇に今までの様子をバラされて、京は気まずそうに視線をそらした。


「京も……落ち着かなかったの?」


 受験前は、あんなに余裕そうだったのに。

 試験当日だって、緊張でお弁当が食べられない九十九を笑っていた。自信にあふれる表情で「自己採点もしとらんよ!」とか言っていたっけ……?


「いや、いくらなんでも落ちるとは思っとらんのよ? 一応、確認したほうがええかなって程度やけん」


 京は九十九から離れながら、そんなことを言う。そして、早足で前を歩き「早よ行こ」と急かした。

 その様子を見て、小夜子がクスリと笑う。


「緊張してるのは九十九ちゃんだけじゃないね」

「……うん」


 京は平気だと思っていたが……彼女も九十九と同じのようだ。そうだと知ると、途端に気分が軽くなった。

 誰だって同じなのだ。みんな平等に受験生。しかも、勝負は泣いても笑っても終わっている。

 結果を見て、帰るのみだ。


「ありがとう! 京!」


 九十九は急に元気が出て京の隣に駆け寄った。


「うち、なんもしとらんよ。っていうか、ゆづだってライバルやけんね!」

「うん!」


 九十九はここへ来て、初めて笑顔を見せた。

 頭上を見あげると、電柱にすずめがたくさんとまっている。そのうちの一羽が明らかに白い。インコのような色をしていた。

 あれはシロの使い魔だ。結界の外では、いつも動物の姿で見守ってくれる。ストーカーのようにも思うときもあるが、今は心強い。

 試験結果が貼り出される掲示板の前には、すでにたくさんの受験生が集まっていた。

 みんなそれぞれ、自分の受験番号を見ようと心待ちにしている。楽しそうに友達同士でお喋りしている姿も見えたが、多くは落ち着かない空気を醸し出していた。

 不安なのは誰だって同じだ。

 九十九と京は並んで、掲示板の前に立って待つ。

 会話はない。

 話そうと思えば、いろいろあったはずだ。

 新しく見つけた飲食店の話や、スタバの新作ドリンク、放送中のドラマや見たい映画……けれども、なんとなく二人とも黙っていた。

 なにかを話せば、二言目には「大学受かったらどうする?」と、大学生活の話題に移り、そして結果発表がまだ出ていないことを思い出すだろう。そんなスパイラルが見えてしまって、なかなか会話できない。

 自分から口を開かないところを見ると、京もそうなのだと確信する。


「なんでこいつら黙ってるんだ?」

「将崇君、こういうのはデリケートだから黙ってて」

「そういうものなのか?」

「そういうものよ」


 うしろで将崇と小夜子が話している内容が聞こえてくるが、特に加わろうとは思わなかった。

 やがて、大きな模造紙を持った大学職員が数人現れる。

 模造紙のことを愛媛県では「とりのこ用紙」と呼ぶ。小学校から高校まで、九十九は学校ではずっとそう呼んでいた。あるとき、県外からの転校生に通じなかったときは軽くショックを受けたものだ。

 そんなどうでもいい余談を考えて気を逸らしているうちに、掲示が終わる。途端、待ち構えていた受験生がみんな掲示板に近寄った。

 自分の番号はどこだろう。

 ない。ない。ない。

 いろんな場所で「あったー!」と悲鳴があがるのが、焦燥感を煽る。掌に汗が滲んでいった。


「ゆづ、あった……!」


 先に叫んだのは京だった。

 自分の番号を指さして、涙目になっている。普段、学校でサバサバしている京がこんな顔をするのは珍しい。


「おめでとう、京!」


 たしか、九十九は京の受験番号の近くだった。九十九は京にお祝いを述べる一方で自分の番号を探して紙に視線を向ける。

 京の番号から数えて、一、二、三……ここで列が切れて、次の段……あ。


「あった!」


 九十九は黄色い声で叫びながら、京に抱きついた。

 もう一心不乱に「きゃあきゃあ!」と叫んだと思う。湯築屋ではあげられない声だ。いろいろと裏返って、様々なものがあふれ出てしまいそうだった。


「九十九ちゃん、おめでとう」


 小夜子も一緒に喜んでくれた。将崇も巻き込んでみんなに抱きついてしまう。


「わ、わ、待て、なんで俺も!?」

「ノリ!」


 顔を真っ赤にして逃げ出そうとする将崇を、京が押さえ込んだ。周囲を真っ白なすずめが低空飛行して囀っている。ちょっと騒がしい。

 よかった。

 緊張したのが嘘みたいだ。

 よかった。

 ああ……よかった。

 頭の中には、それしかなかった。

 

 

 

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