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1.この夢も忘れる

 

 

 

 だんだんと、自分が夢の中にいるという感覚を理解してきた。

 何度も、何度も……同じ夢を見ているのだ。

 覚えていないけれど、そういう感覚だけあるのが不思議だった。なんとなく、夢の中でだけ記憶が薄らと戻る気がするのだ。記憶とも呼べぬ「経験」という感覚だろうか。「身体で覚える」というが、それに近いと思う。

 頭のどこかで覚えている。

 九十九は以前にも、同じような夢を見た。


『九十九』


 名前を呼ばれ、九十九はゆっくりとふり返る。

 初めて見る、けれども、見慣れた岩場が見えた。そこには、一羽の白鷺が羽を休めている。白鷺は表情のわからぬ目で、こちらを見ていた。


「またお会いしましたね」


 何度目のことなのだろう。すんなりと、九十九の口から言葉が出てきた。

 その言葉を得て、白鷺は満足そうにしている。実際の表情は変わらないが、なんとなく感情を読みとった。

 白鷺の足元にわくのは清らかな色をした湯だ。温泉なのだろうと、根拠もなく思っていた。

 九十九は一瞬だけ視線を白鷺からそらして、すぐに戻す。


「え……」


 そこには白鷺はいなくなっていた。

 違う。

 白鷺の代わりに、誰かが座っていたのだ。

 墨で描いたような長く、艶のある髪が純白の衣褌に落ちている。その背には、天使のような白い翼が見えた。透明感のある水晶のような紫色の瞳が九十九をとらえている。

 知っている。

 五色浜で堕神から九十九と京を守った神だった。


『ずいぶんと、深くまで来るようになったな』

「深く?」


 九十九は眉を寄せた。

 ここは夢だ。深いとは、どういうことだろう。

 怪訝に思っていると、視界の端を白い影が横切った。白鷺ではない。獣のようなもの――白い狐だ。

 狐が岩場の影から飛び出して、九十九の前に現れた。やわらかで真っ白な毛並みが美しく、真っ暗な闇にあっても月の光を吸っている。きらきらと輝く銀の色にも見えて、幻想的だ。


「あの――」


 九十九は一度、狐から視線を岩場に戻した。

 しかし、そこにはすでに誰もいない。翼を持った神様も、白鷺も。どちらの姿も見当たらなかった。


「あなたは……」


 狐をふり返ると、琥珀色の瞳がこちらを見つめる。

 神秘的で作りもののようで……しかし、たしかに生きていた。

 理由もなく胸がざわざわとする。どうしてかわからないが、ドキリと鼓動が脈打つ感覚があった。

 こういう視線を九十九は知っている。とてもよく知っていた。


「いつか思い出すときがくるよ」


 いつの間にか、狐の隣に女の人が立っていた。

 儚い印象の人だ。少女のようにも、大人のようにも見える。この人とも、何度も顔をあわせているような気がした。不思議と親近感のようなものも感じている。

 女の人は白い狐をなでて、薄ら笑う。

 可憐な乙女にも、魅惑の魔女にも見えるのが不思議だ。表情が変わるたびに、別人のような錯覚に陥る。


「月子さん……」


 知らないはずなのに、女の人の名前が口から出る。

 いや……九十九が知っている名前だ。そうでなければ、名前を呼べるはずがない。だから、とても不思議だった。しかし、しっくりときている。


「はじめようか」


 女の人――月子は九十九に手を差し伸べた。


「きっとすぐに忘れる。でも、思い出すときは近いはずだよ。だから、準備をしておかないと」


 九十九は月子を覚えている。

 夢の中で何度も会った。

 それ以上に――。


「稲荷の妻……そして、わたしの。いいえ、湯築の巫女」


 九十九はゆっくりと月子に歩み寄る。

 そして、差し出された手に、自分の手を重ねた。


「本当なら、あなたはもっとたくさんの夢を見る。でも、今はこうすることしかできないの」

「もっとたくさん?」


 月子は九十九の手をにぎり返した。

 見た目の印象から受ける儚さと違って、力強くて頼もしく思える。


「巫女の御業は本来、夢で継承するからね」


 巫女の御業……九十九は就学中、巫女の修行は免除されていた。最低限、神気の制御と護身用にいくつかの術が使える程度だ。それも母親の登季子ときこから教わったと記憶している。


「神気を使う術のことですか?」


 登季子は自分に宿った神気を力に変換して術を使う。一方、八雲やくもは加護を受ける神様の力を借りて術を行使している。現状、九十九が使える術は後者だった。シロから力を借りている。


「そうよ。でも、あなたの考えている術とは違う。そういうのは、然るべき人に教わりなさいな」


 足元を歩いていた狐が鳴いた。

 まるで、月子の言葉に同調しているかのようだ。


「わたし――初代巫女である湯築月子の役目は継承。そのために巫女たちの夢に住んでいる……神の力を使えるように」


 九十九は今だってシロの力を借りた術を使う。それとは違うのだろうか。

 あるいは――。


「…………」


 頭上の月を見あげる。

 青くて、白くて、儚くて……本当に美しい

 けれども、悲しい気分にもなった。

 理由も、これがどういう感情なのかもわからない。

 ただ一つ確かなのは、この夢もきっと忘れること。

  

 

 

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