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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十二.神様からの助言は、わかりにくい!
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10.目覚めの朝

 

 

 

 あれ……?

 わたし、昨日は布団に入ったんだっけ?

 髪がゴムで結ったままになっている。必ず、寝る前には外すはずなのに。


「んぅ……」


 よっぽど、疲れていたのだろう。窓も開けっぱなしで、机の電気も消していなかった。単語帳には、ミミズのような文字が這っている。きっと、昨夜は壮絶な眠気との格闘を繰り広げ……そして、負けたのだろうと察することができた。

 だが、目覚めは大変にいい。

 頭がすっきりしている。いつもより、身体が軽くて視界もクリアな気がした。

 九十九は大きく伸びをして、肩を回す。久しぶりに、気持ちがいい朝だと感じた。それくらい、よく眠れていたのだろう。

 パジャマを脱ぎ捨てて、制服に袖を通す。入学式や始業式でもないのに、シャキッと引きしまる気がした。湯築屋の結界の中だが、空気も美味しい。

 九十九はそのまま、母屋の台所へおりた。幸一はすでに厨房で、お客様の朝食を準備している時間だ。九十九も本来は朝食の手伝いや配膳をするべきだが、学校の始業時間があるため免除されている。

 大学生になったら、もう少し朝の時間にも余裕ができるかもしれない……ぼんやりと、数ヶ月後の自分について思い浮かべる。

 しかし、ちっとも実感がわかなかった。

 それどころか、高校を卒業しなくてはならない。受験が終わったあとのことを、なにも想像ができないのだ。

 数ヶ月後、そこにはどんな自分がいるのだろう。

 わくわくする。

 いいや、不安だ。

 どちらでもあり、どちらでもない気がした。


「あ、若女将っ。いってらっしゃいませ!」


 九十九は玄関へ向かっていると、朝餉の配膳中だったコマが頭をさげようとする。

 だが、頭の上にお膳をのせて、両手で支えている格好だ。上手くお辞儀ができない。


「あ、あっ!」


 危うく、傾きそうになるお膳を、九十九が支えてあげる。


「ありがとう、コマ」

「うう……こちらこそです……すみません、若女将」


 少々位置がズレたお箸や小鉢を直して、九十九はコマに手をふった。コマは今度こそ、お膳を落とさないように無理にお辞儀には挑戦せず、「いってらっしゃいませっ!」と声をあげてくれる。

 両手の代わりに、背中でもふりとした尻尾が左右にぴょこぴょこと揺れていた。


「うん、いってきます!」


 靴を履いて玄関を飛び出す。

 湯築屋の結界には天気がない。四季がない。気温の変化もない。空は藍色が広がるばかりで、雲も月も星もない。太陽も昇らない。

 周囲から隔絶された空間。

 あるのは、シロの裁量で変化する幻だ。冷たくない雪が静かにふっている。庭に咲く寒椿の花も、本物ではない。

 だが、紙吹雪や造花とも違う。妙なリアリティがあり、「そこに、本当に存在している」かのような錯覚を覚える。

 ここは、檻のようだと言うお客様がいた。

 そうだとすれば、閉じ込められているのは――。


「いい顔じゃないかね」


 ついぼんやりと足を止めていた。そこへ声をかけられて、九十九は我に返るようにふり向く。


「道真様」


 道真は余裕のある笑みをたたえ、庭石の上に座っていた。いつからいたのだろう。神様にそれを問うのは無粋だ。彼らは気がついたら、そこにいる。

 いや、いつだって見守っているのだ。

 九十九だけではない。自分を信仰する人間を見守っている。誰のそばにだって、彼らは存在するのだろう。


「どうせ、君のような凡人では、私を超越できまいよ。分不相応に、最高峰の学舎まなびやを希望しているわけでもない。身の丈にあった、実によい選択をしていると思うね」

「は、はあ……」


 あいかわらず、一周回ってわかりにくい。

 九十九が苦笑いしているのに気づき、道真は「ふむ」と考えなおす素振りをした。伝わっていないのが、わかったようだ。


「君なら、力を尽くせば大丈夫だよ。人を超越し、神に至った天才たる、この私が言葉をかけているのだから、もっと自信を持ってもらわねばならぬ」

「ありがとうございます……すみません、自信出ました」

「ふむ。よい顔だね。それなら、心配あるまい。無理はするなよ?」


 道真は満足そうに、木笏で口元を隠す。

 不器用というよりは、伝わりにくい。

 人間と同じように、神様にもいろいろある。一人ひとり、一柱一柱、違った考え方を持っているのだ。

 それにあわせておもてなしをするのが、九十九の仕事。

 それは、神様たちもそうなのかもしれない。

 道真は参拝客に応援の言葉を届けている。その方法は様々で、今回は九十九のために、言葉を届けてくれた。

 同じなんだ。

 人間と神様は異なるもの。

 だが、根幹は――わかりあえるかもしれない。


「いってきます、道真様……ありがとうございます」


 九十九はていねいに頭をさげ、道真に告げる。

 道真はうなずきながら、「うむ……おっと、そろそろ朝餉だね」などと言って、姿を消してしまった。本当に、忽然と消えるので不思議だ。

 九十九は改めて、湯築屋をふり返る。

 道後温泉本館に似せた近代和風建築の外観。

 オレンジ色のガス灯が、やわらかい光をたたえていた。

 和風とも洋風とも言えぬ、近代日本、明治の趣を持ったたたずまいである。

 これも、シロの結界で生み出された幻のようなもの――ここにあるのは、すべてそうだ。

 けれども、九十九にはここが虚しいだとか、檻だとか、そんな場所であるようには思えない。ここは――湯築屋は、そんな場所ではない。

 いいや、そんな場所にはしたくない。

 お客様にとって、そして、シロにとって……湯築屋は、もっと別の意味を持っているはずだ。そうすべきなのだ。

 その形を決めるのは、他でもない。

 シロであり、ここで働く九十九たちなのではないかと思う。

 

 

 

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