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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十二.神様からの助言は、わかりにくい!
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9.夢

 

 

 

 これが夢だということは、わかる。

 何度も、何度も……同じ夢を見ている気がした。

 水の中のように、おぼれている。息はできるが、通常の呼吸とは異なっている気がした。浮きあがろうともがいても、どんどん底へと引きずり込まれていく。目も開くことができない。周りが、どんな色の水なのかも、わからなかった。

 まただ。

 初めての体験のはずなのに、どうしてか、そう感じた。

 わたし、何度も同じ夢を見た。何故か、確信している。不思議な感覚だった。


九十九つくも


 名前を呼ばれた。

 この声を知っている。

 九十九は答えを求めて、手を伸ばした。そして、この手がつかむものは、いつだって同じだ。初めてなのに。


『九十九』


 手がそれ《・・》に触れた瞬間、両目が開く。急激に景色が浮かびあがり、視界が開けていく。

 九十九がおぼれていたはずの大量の水は、どこにもない。あるのは、木々の鬱蒼とした不気味さだけである。

 頭上からは、青白いまんまるの月が見おろしていた。夜空のランプみたいだ。ほんのり温かくて、美しくて……心にしみる。そんな月だった。

 九十九の手には、白い羽根。

 シロからもらった羽根であった。

 大きな岩がそびえるのが見える。九十九は、引き寄せられるように、そちらへ歩いた。一歩、二歩と、前に出る。


「あ……」


 なんと、言えばいいのかわからなかった。

 積み重なった岩間には、一羽の白鷺が羽を休めている。その白鷺を見て、九十九は声をかけようと思った。けれども、何故だか九十九は、白鷺に「またお会いしましたね」と言おうとしたのだ。初対面のはずなのに。おかしな話だ。ゆえに、つい口ごもってしまった。

 白鷺は神使しんしと伝えられている。

 けれども、目の前にいる白鷺は神使などではない。使い魔の類とも違う。神そのものだと、確信した。


『また会ったな』


 白鷺は嘴を開く。だが、声は耳ではなく、九十九の頭に直接届いている。テレパシーのようなもので、ずっと聞いていると頭痛がしそうだった。


「……はい」


 初めて会ったはずだ。しかし、どうしても、そうは思えなかった。九十九は戸惑いながら、白鷺の声に応じる形で返す。


「あなたは……誰なんですか?」

『思い出せ』

「そんなこと――」


 九十九は白鷺のこと知らない。知らないのだ――いや、思い出せない?

 九十九は知っているはずだ。

 それなのに、忘れている。


わしは、最初にして、最後の神。原初はじまりの世にでて、世の終焉おわりを見送る者』


 ああ。

 そうだ。

 九十九は知っている。

 この説明を聞いたことがあるのだろう。だが、思い出せなかったのだ。


別天津神ことあまつかみ


 導き出された答えを述べる。

 湯築屋には、様々な神様がお客様として訪れていた。ことに、日本神話の神々の来訪が多い。けれども、九十九の記憶する限り、いや、湯築屋の記録にも、別天津神のお客様はいなかった。

 原初の神々。日本神話に語られる最初の神だと伝わっている。天地創造に当たる、天地開闢の際に姿を現した神様だ。天之御中主神あめのみなかぬしのかみが最初に現れ、続いて、 高御産巣日神たかみむすひのかみ神産巣日神かみむすひのかみの二柱。これらを造化の三柱と呼ぶ。次いで、宇摩志阿斯訶備比古遅神うましあしかびひこぢのかみ天之常立神あめのとこたちのかみの二柱が生まれた。この五柱を総称して、別天津神と呼ぶ。

 別天津神は日本神話に現れた最初の神々だが、性別を持たない独神ひとりがみである。子孫を残さず、それ以降はお隠れになり、彼らに触れる記述はほとんどない。だが、根本的な影響力を持つとされる。最初に現れた天之御中主神を、日本神話の至高神として祀る神社もあった。

 多くの神様には役割がある。それが八百万の神の思想だ。けれども、別天津神は性質が違う。神話に姿を現さず、神々も多くは語らない。湯築屋にも来ない。九十九には、イメージしにくい神様たちであった。

 しかし、天照大神あまてらすおおみかみ須佐之男命すさのおのみことの言葉を思い出す。彼らは別天津神を、自分たちとわけていた。異なるものとして語り、そして、敬っている。

 そうすると、いろいろな言動にも納得がいくのだ。


「あなたは、別天津神なんですか?」

『それは、そなたに人間か問うのと同じことよの』


 謎かけのような問いだ。微妙に論点がずらされている。


「じゃあ……そうなんですね」

『こだわる理由がわからぬ。其れは重要か?』

「重要です」


 試されている気がした。

 問いの一つひとつで、九十九の反応を見ている。お客様の神様と対話するときよりも、緊張した。圧のようなものを感じる。


「わたしは、あの方が知りたいんです」


 待っていると約束した。けれども、それだけでは理解できない。

 いや、九十九は理解しはじめている。

 あの方――シロの本質について、九十九は気づきはじめていた。


「たぶん……待ってるだけじゃ駄目なんです……知ってそれで終わりじゃないと思うんです」


 そんな気がする。

 それだけでは、駄目なのだ。


「あなたは、シロ様を……どうしたいんですか?」


 白鷺には表情がない。

 読めない、というのが正解だろう。

 だが、九十九には……その白鷺が笑ったような気がした。


『どうしたい……その問いは間違っておる。我は見送る者。どう在るかを決めるのは、我ではないからの。気まぐれなのは、否めぬが』


 わからない。

 九十九は再び問おうとする。けれども、唇ばかりが動いて、なにも声が発せられなかった。

 急に、視界がかすむ。なんとなく、頭がぼんやりと。だが、冴えてくる。


「時間だね」


 今度は、うしろから声がした。

 頭上の月のように、白い着物が存在感を放っている。しなやかで長い黒髪が肩に落ちている様が、どこか艶やかだ。少女のようにも、大人の女性のようにも見える。

 不思議な人だった。

 初対面なのに、そうは思えない。


「またおいで」


 女の人が手をふった。おそらく、見送ってくれているのだろう。ここで「お別れ」なのだと察した。

 九十九は最後に問おうと、口を開けた。しかし、まるで水の中でもがくように、言葉が泡になって消えていく。

 あなたの名前は?


「…………」


 女の人が、少しだけ目を見開いた。

 そして、笑みを描く。


月子つきこ


 その声の響きは、まるで楽器のように。

 心地よい耳当たりで、すっと九十九の中に落ちていく。もうしばらく、この声を聞いていたい。そう思えた。

 

 

 

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