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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十二.神様からの助言は、わかりにくい!
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8.勝手なことを

 

 

 

 とはいえ、やっぱり勉強は毎日したい。

 九十九は疲れた身体を引きずるように母屋へ帰り、自分の勉強机に向かった。


「単語帳だけ……」


 英単語の復習だけしておこう。ちょっとだけページをめくったら終わりにしよう。そう決めて、九十九はフラフラと机に向かった。

 頭がふわふわする。

 いやに身体が重くて、気怠さもあった。

 無理はいけない。道真だって、九十九を認めてくれたのだ。加護はないけれど、自信にはなった。

 だが、毎日のルーティンを壊すのも怖いもので。

 九十九はつらつらと、英語の単語帳をながめ続けていた。


  ♨ ♨ ♨


 まったく。

 シロはこの日、何度目か知れぬため息をついた。

 目の前には、机に伏したまま眠っている九十九がいる。

 顔色がとても悪く、寝息も穏やかではなかった。額に触れると、やはり発熱しているようだった。


「お前たちの身体は、脆いのだ」


 人間の身体は脆い。神々が驚くほどに呆気なく壊れてしまうのだ。ずいぶんと寿命も延びたとテレビで言っていたが、それでも、せいぜい百年が精一杯である。

 そのように儚いものなのだから、大事にしてほしいところだが。


「…………」


 シロはもう一度、息をつく。

 九十九の額の髪を指でわけた。

 しなやかで、若々しい黒髪だ。下に隠れていた肌も、十代らしい健康的な色である。とはいえ、今は熱にうなされて、珠のような汗をかいていた。

 そこに、軽く唇を寄せる。

 シロの神気には浄化の力もあった。それは、退魔の類に作用するだけではない。病魔や疲労にも有効だ。これはシロの神気が道後の湯と性質が似ているからである。

 九十九の顔色がみるみるよくなっていく。すぐに熱がさがることはないが、じきによくなるだろう。

 シロは九十九を抱えて、布団へ寝かせてやることにする。神気を使って布団を敷き、そこに九十九を横たえた。


「ふむ……休めと言ったつもりだったが、凡人には伝わらなかったかね」


 フッと気配が現れる。窓枠には、どこからわいてきたのか、道真が座っていた。大方、九十九に助言をしたが心配になって、様子を見に来たのだろう。


「このような役回りは、いつも夫の儂と決まっておる。心配はいらぬから、さっさと部屋へ帰るがいい」

「天才に敵わないからと言って、そのようなお言葉は心外ですね」

「聞こえぬか、く去れ」


 しっしっと、手で払う素振りをする。だが、道真は鼻持ちならぬ余裕の表情で、こちらをながめていた。

 気に入らぬ。


「いい奥方様をお持ちですね」

「くれてはやらぬぞ」

「結構ですよ」


 道真は首を横にふりながら、はぐらかした。


「一度は娶ったので充分です。それに、人間の妻は今の私には重い」


 重い。

 その言葉の意味を理解して、シロは顔をしかめた。

 人の寿命には限りがある。

 一方で、神にはそれがない。

 信仰がある限り、いつまでもあり続けるのだ。道真のような神ならば、それは永遠にも似た時間だろう。

 信仰の在り方は、変わり続けている。

 だが、決してなくならない。無神論者が増えたと言っても、それは習慣として、生活として根づいている。この国の大きな特性と言えた。


「とはいえ、私など、あなた方に比べれば儚いものです。いつかは堕神おちがみとなるかもしれぬ」

「気安く堕神などと」


 道真は人間が神格した神だ。しかし、彼を信仰する日本人は多い。名前を忘れられ、堕神となる未来など、ずっと先の話だろう。それは本人もわかっているはずだ。だからこその余裕がある発言だろう。


「別天津神とは違いますので」

「…………」

「信仰のない混沌より出でた原初の存在と、我々は違いますからね。世の終焉まで見届ける天之御中主神――」

「違う」


 饒舌に語る道真の言葉を、シロは強い語調で遮った。

 違う。

 否、違わない。


「儂は、お前たちの望む存在ではない――此れは、ただの罰だ」


 声をしぼり出し、道真に視線を向ける。

 道真はいけ好かぬ顔で笑っていたが、やがて、表情が失せた。


「我々には、些事ですよ。其の在りようではなく、存在そのものに意味があるのです」


 それだけ言って、道真は窓枠の外に足を投げ出す。そして、ひょいと簡単に飛び降りてしまった。

 ようやく部屋へ帰る気になったらしい。


「好き勝手に……」


 シロは道真を見送りもせず、九十九のほうへ向き直る。なにも知らず、すやすやと穏やかに眠っていた。

 なにも知らないまま。

 このままでは済まない。

 約束もした。

 だから、シロはシロなりに折り合いをつけるべきなのだ。

 だのに、今更。


「…………」


 布団が少し乱れていたので、整えてやった。


「?」


 だが、立ちあがろうとするシロの袖を、強く引かれる。

 見ると、九十九がシロの袖をつかんでいた。目は閉じており、寝息も立てているため、寝ぼけているのだろう。

 振り払うのも、忍びない。

 九十九の隣に座ったまま、眠った顔をながめる。

 ずっと見ていると、胸の奥。否、腹の底のほうから、なにか言い知れぬ感情が這いあがってくる。

 

 

 

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