6.企みの真相
まったく。
張り切って客の要望に応える九十九の姿を、シロはながめていることにした。だのに、あまり気分が優れない。酷い矛盾だと思う。
九十九がシロを頼ろうとしないのが面白くないのだと気づく。
否、それだけではない。
それは、いつもの話だ。
「いやあ、奥方は実に素直な人間ですね。私には及ばぬ凡人ですが、魅力がある」
こっそりと見ていたシロの存在を察していたのだろう。九十九が行ったのを確認したあとで、道真が声をかけてきた。
食えない類の男である。
「お前もか……否、お前だな?」
シロはもう一人、陰で見守っていた人物に声をかけた。
すると、申し訳なさそうな表情で小夜子が出てくる。
「すみません……私が道真様に、九十九ちゃんのことを相談しました」
どうして、儂ではなかったのか。そう問おうとしたが、答えは見えていた。
「九十九ちゃん、最近無理をしているので……」
九十九が真面目なのは、シロもよくわかっている。
大学を受験すると決めてから、一日も欠かさず勉強していた。旅館業務のあとなので、時間は限られていたが、その努力は充分に認められるものだ。こっそりと模擬試験の成績も盗み見たが、志望校の合格ラインとやらは余裕で超えていた。流石、我が妻。偉い。
しかし、九十九の不安は消えなかった。
夜も寝ずに勉強することで、受験の重圧から逃れようとしているのだ。結果、最近の不調に繋がっている。この状態では試験でいい結果が出るわけもなく、先日の小テストは奮わなかったらしい。その点数が余計に九十九の心を圧迫して、悪循環を起こしている。
よくない兆候だった。なんとかしなくてはならない。
そこでいち早く動いたのは、シロではなく小夜子だった。その点は評価すべきだ。
「だが、どうして儂に相談せぬのだ」
一度は黙っていようと思ったが、口で発してしまう。やはり、これは不満だ。九十九に関する相談は、夫であるシロを通すべきである。
「すみません……」
小夜子が申し訳なさそうに頭をさげた。
「あまり責めないでくれたまえよ。この件は、私が適任なのは主上も承知しておりましょう?」
主上という言い回しに反応しそうになりつつ、シロは黙るほかなかった。たしかに、シロよりも道真のほうがいい。
単純な話だ。
客として泊まりに来た道真が九十九に難題を与える。九十九は全力で応えようとするだろう。そういう娘だ。
きっと、疲れて眠ってしまう。
九十九の学力には問題がないのだ。もう土壇場のこの時期にすることは、猛勉強ではなく適度な知識の再確認と、体調を整えることだ。万全の状態ではない現状では、いくら勉強しても全力を尽くせない。
それに小夜子は気づいていたし、道真も同意したという形だ。そして、シロもそれがいいと思っている。
菅原道真は学問の神様だ。全国の受験生が加護を欲しがる。この時期、最も信仰される神であった。
その道真から努力を評価され、加護を受ける。これは、大いに自信へ繋がるだろう。この点においては、シロよりも効果がある。
そこは理解していた。
理解しているが。
「やはり、儂に相談すべきであろうに!」
九十九が見たら「またそういうことを……残念です!」などと言われそうだ。しかしながら、これが本音なので仕方がない。
シロは頬をふくらませて、ブスッとした表情を作った。
「だから、それは本当にすみません」
小夜子は頭をさげつつ苦笑いしている。ううむ、解せぬ。
「まあまあ」
シロをなだめているつもりなのか、道真が肩に手を置いた。気に入らぬので、ピッと払っておく。
「問題は、そう上手くいくかですかね」
言いながら、道真は踵を返した。小夜子も、自分の仕事に戻っていく。




