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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十二.神様からの助言は、わかりにくい!
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5.鯛めしにもいろいろあるんです

 

 

 

 なんとか、忙しい夕餉の時間も乗り切って一息つく。

 ふと窓の外を見ると、やはりそこには、いつもの湯築屋があった。静かに、冷たくない雪が降り積もっている。しかし、空には雲はなく……藍色の、夜空とも夕方とも言えぬ空が広がっている。


「つーちゃん、おつかれさま」


 ぼんやりとしていた九十九の前に、幸一がお皿を置いてくれる。幸一のまかないは、いつも九十九の癒やしだ。


「ありがとう、お父さん」


 鯛めしだった。

 実は愛媛県には、二種類の鯛めしがある。

 宇和島風鯛めしは、アツアツのご飯に、タレと生卵、鯛の刺身を混ぜあわせたものをかけて食べる。高級な卵かけご飯のような鯛めしだ。常連客となったゼウスが好きで、毎回、これを頼んでいる。

 もう一つ、松山風、もしくは北条ほうじょう鯛めしと呼ばれるものだ。一見、普通の炊き込みご飯だが、工夫がある。鯛のアラと昆布から出汁をとり、分厚い切り身と一緒に炊きあげるのだ。米の一粒一粒まで、よりいっそう鯛の旨味を感じられる。

 今日は、後者だった。

 お客様にお出ししたお膳の余りのようだ。湯築屋では、鯛一匹を丸々焼き魚にして、土鍋で炊いてお客様に提供する。宇和島風もいいが、こちらも鯛一匹のインパクトとボリュームが目を引いて、大変好評なのだ。

 お吸い物と、煮物もつけてある。


「鯛めしっ! 鯛めしっ!」


 コマもぴょこぴょことした動きで、九十九の隣に座る。同時に、ぐぅぅううと、身体に似合わない大きな音が響く。

 九十九ではない。


「う……」


 コマが恥ずかしそうに、自分のお腹を押さえる。


「なんか、お客様にお膳をお出ししていると、お腹が空きませんか?」

「うん、わかるよ。鯛めし、食べたくなっちゃったよね」


 お料理をお出ししているうちに、自分も食べたくなってしまう。コマの気持ちは、九十九にも痛いほどわかった。とても共感する。そして、お腹が空いた。


「でも、ウチ……最近、太ったんですよ……」


 コマはちょっぴりだけ頬を赤くしながら、両手で顔を押さえた。言われてみれば、以前よりは丸い気がするが……九十九には、誤差のように思える。だが、女の子は、その誤差でも気になる生き物だというのも理解していた。


「師匠が持ってきてくれるお料理が、美味しくって……」


 コマは化け狐だが、変化へんげが苦手だ。狸の将崇に弟子入りしている。


「将崇君のご飯、美味しいよね」

「はい……いえ、幸一様のお料理も、すっごく美味しいんデスよっ!」


 コマは嬉しそうにうなずきながら、身体を左右に揺らした。照れているようにも見える。


「将崇君は、とっても筋がいいからね。いい料理人になれると思うよ」


 コマの言葉を肯定するように、幸一も笑ってくれた。ここのところ、将崇は幸一に料理を習っている。その料理が美味しいことは、九十九も確認していた。


「将崇君、調理師免許取るらしいよ」

「うん」


 九十九の何気ない言葉に、幸一がうなずいた。


「お父さん、聞いてたの?」

「うん。人間の飲食店を開くには、どうすればいいのか聞かれたからね」


 なるほど。幸一の知恵ということか。

 しかし……将崇が飲食店。本当に、幸一の影響だと実感する。あんなに勉強するくらい熱心なのだ。きっと、意志は固い。


「あ……」

「どうしたの、コマ?」


 将崇のお店の話を聞いて、急にコマが固まった。動きがぎこちなくなり、なにかあるのが、とてもわかりやすい。


「いえ。お店……師匠が、お店ですか……それで、あんなことを……」

「あんなこと?」

「う、うう……よくわからないんですぅ……最近、ずっと『俺の店に来い!』って……なんのことか、わからなかったんですが」


 つまり、将来の話だ。

 すぐに結論づけて、九十九は微笑ましくなった。話し方が不器用すぎる将崇らしいとも言える。


「誘ってもらえて、よかったね」


 ついコマの頭をなでてしまう。

 コマは、ぽやっとした顔をしていたが、やがて、両頬を朱に染める。


「はい。嬉しいです」


 さて。手早くまかないを食べてしまおう。まだ営業は終わっていないのだ。せっかくの鯛めしも、冷めてしまう。いや、冷めた鯛めしに出汁を注いで食べるのも、とても美味しいのだけれど。


「いただきま――」


 やっとのことで食べられるまかない飯である。九十九は美味しく食べようと、手をあわせた――。


「失礼」


 さあ、食べよう。

 その空気を破ったのは、うしろからの声だった。


「道真様?」


 厨房をのぞき込むように顔を出していたのは、菅原道真だった。

 幸一が対応しようとするが、九十九はそれを制する。ここは、自分が行くべきだと感じたからだ。


「どうされましたか?」

「いやはや、また私は天才なのに失念していたのだよ。申し訳ないんだけどね」


 道真は申し訳なさそうに眉をさげた。


「湯船につかりたいのだがね」


 浴場の場所がわからないのだろうか。それなら、ご案内すれば問題ない。そう思ったが、どうも具合が違うらしい。


道後ここの湯は、神気も存分に含んでいるし、湯質もよい。だがね……」

「は、はい」


 道真が真剣な表情と声音を作るので、つられるように、九十九も息を呑んだ。


「もう少しだけ、楽しみたいのだよ」

「楽しみ……?」

「楽しみのある入浴を満喫したいのだ」


 言葉が頭に入ってこなかった。

 楽しみのある……?


「遊び心、ですか?」

「そう。それだね。いやはや、君も知っている通り、この時期になると私は忙しい。趣味の詩も詠めぬくらいに……最近は、あれが好きでね。川柳せんりゅうかね。匿名(詠み人知らず)で、賞に応募するのが楽しくてだな――それは、どうでもいい。とにかく、心に余裕が欲しいのだよ」


 学問の神様が匿名で川柳コンテストを荒らしていると思うと、ものすごくシュールだ。どんな川柳を詠むのだろう。興味はあったが、今は関係ない。


「遊び心……」


 九十九は首を傾げながら、とりあえず厨房に視線を移す。コマが頭を抱えて「うーん……うーん……」と一緒に考えてくれていた。幸一も、作業の手を止めている。

 ふと、幸一の手元に目がとまった。

 料理に使用した食材の余りだ。


「わかりました。楽しくて、心に余裕のある浴室にしてみます」

「あと、風呂にあう熱燗も頼んだよ」

「はい、ご用意します!」


 鯛めしは……あとで、冷やご飯に出汁を注いで食べることにしよう。

 

 

 

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