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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十二.神様からの助言は、わかりにくい!
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3.神様は、わかりにくい

 

 

 

「九十九ちゃん……大丈夫?」


 勉強会を終え、路面電車を待つ時間。

 小夜子が心配そうに九十九をのぞき込んだ。

 九十九はなんとか誤魔化そうと、表情を繕った。


「大丈夫!」


 けれども、小夜子の顔は改まらなかった。むしろ、余計に心配させている気がする。


「九十九ちゃん、ちょっとお参りしていかない?」

「お参り?」


 小夜子がこくりとうなずいた。そして、路面電車を待つ京と将崇に「ちょっと、寄り道するね!」と声をかける。


「行こう、九十九ちゃん」

「え、ええ?」


 小夜子は強引に九十九の手を引いて歩いた。ちょうど、信号が青になる。

 路面電車の駅は道の真ん中だ。駅と言っても、コンクリートの島があり、道路より一段高くなっている程度の作りだ。車と電車が同じ道路を併走し、交通ルールに従っている。駅から歩道に戻るときは、交通事故に注意しなければならない。

 青信号で交差点を渡った先は、ロープウェー街である。

 緩やかな坂道が続き、左右には商店が並んでいた。小説『坂の上の雲』を意識した街作りが行われた観光区画で、道路もモダンな色合いに舗装されている。街灯や案内板も和モダンで、少しレトロな雰囲気だった。

 坂道を登っていくと、松山城へ続くロープウェーが見える。その脇から、城山への登山道が伸びていた。


「ねえ、九十九ちゃん。そんなに心配なら、神様に頼んでみようよ」

「え?」


 小夜子は眼鏡の下で、にこりと笑った。接客の笑顔とは違う、もっとやわらかで親しげな表情だ。


「私、九十九ちゃんは絶対大丈夫だと思うんだよ」

「そんなこと……」

「あるよ。だから、自信つけるために、神様におねがいしよう」


 小夜子は松山城への登山道の入り口を示した。

 ここを登れば、松山城へつく。だが、その途中には、東雲神社の境内があるのだ。

 東雲神社は豊受大神とようけのおおかみ天穂日命あめのほひのみことなど、複数の神を祭神としている。松山城の敷地内という立地のため、藩祖はんそを祀った神社であった。

 そして、その一柱に名を連ねる神の名前に行き当たり、九十九は少し表情を明るくした。

 菅原道真すがわらのみちざね。学問の神様だ。


「お客様やシロ様には、九十九ちゃん頼みにくいんでしょ?」

「う、うん……ありがとう」


 見抜かれていた。

 やはり、普段から接しているシロや、湯築屋のお客様に甘えるのは気が引ける。それは、彼らのことを神様でありながら、あくまで、個々の存在。九十九が一人の人間として彼らに接するというポリシーによるものだった。

 だから、特別な理由がない限り、ねがいを聞いてもらうのは反則だと思っている。小夜子が神社に連れてきたのは、九十九をよく理解しているからだ。


「道真様は、湯築屋にも来るの?」


 神社への坂道を登りながら、小夜子が問う。


「うん。一回だけ見たことあるかな。常連さんだよ」


 おそらく、最後に見たのは九十九が小学生のときだ。湯築屋のお客様は、ほとんどが神様だ。「常連客」と言っても、しばらく顔を見なかったりする。だが、彼らにとっては、たいていが「ついこの間」であった。人間とは時間の感覚が違う。


「神様におねがいしてみたら、ちょっとは気分も楽になるよ。私も、一緒におねがいするね」


 果たして、そうだろうか。

 胸の奥に、ずっと黒い霧のようなものが漂っていて、気持ちが悪い。これが晴れるなんて、想像もできなかった。


「九十九ちゃんって、シロ様と結婚式したの?」

「え!? なんで、今その話!?」

「だって、別の話をしたほうが気も紛れるでしょ?」

「そうだけど!」


 小夜子のふった話題が飛びすぎていて、九十九は過剰に反応してしまう。


「結婚式は……したらしい、よ?」


 自信がないのは、九十九が物心つく前に終わっていたからだ。正確には、結婚の儀である。

 一般的な結婚式と呼ばれるものとは違う。夫婦めおととなる二人が特別な御神酒おみきに口をつけ、誓約を交わすのだ。儀式である。

 ウエディングドレスを着たり、大々的な披露宴をしたり、そのような華やかさはない。神前で執り行う神事なのだ。

 だから……正直、シロと結婚したという実感は九十九にはない。

 だから、ずっとシロへの想いにも気がつかなかったのだ。


「そっか。じゃあ、二回目する?」

「え?」


 九十九は両目を瞬かせた。たぶん、すごく変な顔をしていると思う。小夜子の言葉を、どう受け止めたらいいのかわからない。

 結婚式?

 二回目?

 そんなこと、考えた試しがなかった。

 シロ様と……結婚式……。

 白無垢で歩く自分と、シロの姿を思い浮かべてしまい、九十九は首を横にふる。すぐに和装が想起されたのは、普段の服装からか。

 やっぱり、ウエディングドレスが……いやいやいやいや、そうじゃなくって!


「九十九ちゃんなら、和装も洋装も似合うと思うよ」

「さ、小夜子ちゃん!」


 九十九の考えていることなど見通したように、小夜子がクスクス笑う。というか、どうしてバレたのだろう。九十九は頭を抱えた。

 小夜子は本当にときどき、こういうことをする。

 困ってしまうが……友達として、仲よくしている証拠のように感じて、ちょっと嬉しくもある。

 同時に、高校を卒業すると、学校がわかれてしまうのが寂しかった。小夜子は湯築屋のアルバイトを続けると言っているけれど。


「神頼みなど、非合理な」


 東雲神社の境内に辿り着いた頃合い。

 どこからか、声がした。すぐに、九十九たちに話しかけられているのだと感じ、辺りを見回す。


「あ……」


 ふわりと、木の葉が舞い落ちるようだった。

 九十九の目の前に、直衣姿の男性がおりてくる。スローモーションみたいに、重力に逆らった動き――神様だとわかった。


「近頃は、大して努力もしないまま神頼みに来る若者が増えたものだ。まったく……いったい、我らをなんだと思っているのかね。凡人どもの考えることは、天才には理解しがたい……」


 嘆息する神様には、見覚えがあった。

 菅原道真である。

 学問の神様として全国的に祀られている。平安時代の貴族であった。学問に優れた政治家であったが、政敵に敗れて九州の太宰府に左遷され、そこで死を迎える。死後、怨霊となったとされ、改めて天満天神として信仰されることとなった。

 彼が詠んだ「東風こち吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という歌は有名である。道真が大切にしていた梅の花が京都から、九州まで飛来したという伝説まであった。梅紋は、道真・天満宮のシンボルとなっている。


「道真様……お久しぶりです!」


 九十九が頭をさげると、道真は当然のように「うむ」とうなずく。

 道真は木笏もくしゃくを持った右手で、神社の殿舎を示した。


「君も神頼みかね?」

「ま……まあ……」


 道真の問いに、九十九は苦笑いで答える。道真はつまらなさそうに、木笏をもてあそび、息をついた。

 視線がやや冷ややかで、緊張してしまう。


「私は学生が嫌いだよ」


 バッサリと斬られた気がした。

 学問の神様にそんなことを言われるなんて……。


「今の若者の多くは義務や惰性で勉学に励む。そこに意味があるとは、到底思えぬからね。まあ、よい時代にはなったと思うが……しかし、励んだところで、この私に敵う天才など現れぬ」


 現代には義務教育という制度がある。それを終えても、多くの学生は高校や大学に進学していた。

 だからこそ、全員に平等な勉強の機会がある。教養があり、誰だって学問に励む権利が与えられているのだ。


「無理やり勉強させられている。なんとなく、神社へ来て志望校に合格したいと、我らに神頼みする。そういう凡人にやれる加護はないのだよ」

「は、はい……おっしゃる……通りです」


 耳が痛かった。九十九は学問を志すわけではない。道真にとっては、たいそうな理由もなく、なんとなく大学へ進学しようとしていると言えるだろう。


「嗚呼、別にそなたの話ではないのだがね? そう凡才を悲嘆しないでくれたまえ。世の中には君のような凡人であふれている。私が特別なのだ」


 道真はコホンと咳払いする。


「参拝かね。好きにしたまえ」


 そう言って、道を譲ってくれた。だが、どうしても九十九はにこりと笑うことができなかった。おそらく、暗い顔になっているだろう。小夜子の心配そうな表情が物語っている。


「ありがとうございます……」


 九十九はどんよりとした気持ちを引きずりながら、参道を進む。真ん中は神様の通り道なので、きちんと端を歩く。


「ふむ……なるほど、心得た。待ちたまえよ」


 不意に、道真が九十九を呼び止める。

 ふり返ると、すぐそこに顔が迫っていた。

 そんな気配など感じなかったのに。まるで、シロのようだ。湯築屋ではないので油断していた。九十九は「ひぇえ!」と間抜けな声をあげながら、うしろへさがった。そこで、道真は初めて、自分の顔が近すぎたのを自覚したらしい。


「つい、気になると前のめりになりがちなのだよ……」

「は……はいぃ!」


 驚いた勢いのまま返事をしたので、声が裏返ってしまった。


「私は滅多に加護を与えぬのだよ。凡人に与えたところで無意味だ」

「は、はあ……」


 道真の発言意図が、九十九にはよくわからなかった。


「そなたは特別だよ」


 木笏の先を向けられて、九十九は両目をパチクリと瞬かせた。


「私をもてなせ。満足すれば、そなたに合格を授けよう」

「え」


 予想外だった。

 先ほどと、言っていることが違う気がする。

 小夜子も同じだったようで、訝しげに眉を寄せていた。


「湯築屋は久しいからね。楽しみだよ」


 道真は勝手に腕組みして、笑顔である。


「え、え……? 道真様、それって?」

「そのままの意味だ。頼んだよ?」

「え? え? ええ?」


 それって、いいんですか?

 ずるい。

 九十九の頭に、そんな言葉が浮かんだ。

 だって、受験生はたくさんいる。九十九以上に勉強している学生が大勢いるのだ。それなのに、九十九だけ加護を与えられるのは……たしかに、九十九は神頼みに来た。けれども、それはあくまで気休めである。

 神様は加護を安売りしない。気まぐれに見えて、行動には理由が伴う。

 湯築屋でくつろぎたいから、若女将の九十九に合格を授けるのは……あまりにも、神様たちの理にあわない。


「九十九ちゃん、よかったね! がんばろう!」


 小夜子が急に九十九の肩を叩いた。

 え? 小夜子ちゃんまで?

 満面の笑みで「がんばろう!」と言う小夜子を、九十九は直視できなかった。

 それとも、九十九の感覚が変なのだろうか。小夜子や、他の受験生なら、素直に喜べるのだろうか。


「私は天才であり傲慢だからね。しっかり頼んだよ、若女将」


 ああ、でも。

 加護はともかく、道真は湯築屋に来る。

 お客様なのだ。

 だったら、おもてなしをしない理由がない。


「はい。おまかせください……!」

 

 

 

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