《特典SS》幸だるまつくろう
約1年前、2巻のサイン会で来場者特典として配布した限定SSです。
また、現在AmazonKindleで書籍版「道後温泉湯築屋」シリーズの1巻、2巻が期間限定無料配信中です。
web版のみで、書籍版をチェックしていない!という方は、この機会にご利用ください。
3/6~3/19までの2週間となっています。
湯築屋の結界はいつだって透き通るような黄昏の藍色で。雲一つない空から、幻の雪が降っている。その光景はどことなく異様で、されど、美しく。
ほんのりと雪化粧を纏った寒椿が見守る玄関先で、子狐のコマがせっせとなにかを作っている。
「コマ、どうしたの?」
九十九が声をかけると、コマは「ひゃ!」と小さな肩を震わせながら、なにかを背に隠した。
「若女将っ……なんでもないです!」
全力で首を横にふると、つられて尻尾も左右に動く。しかし、子狐の努力はむなしく、小さな身幅ではうしろに隠した代物は容易に覗き込めてしまった。
そこには、ゴロンと大きな雪の玉が二つ転がっている。
「雪だるま?」
九十九は椿柄の着物が汚れないように腰を落として、雪玉に触れた。シロの結界に降る雪は冷たくない。けれども、重量感のある雪玉はコマには重く、持ちあげることができなかったのだ。
「わあ、若女将!」
九十九が雪玉を持ちあげ、雪だるまを組み立てると、コマが頬を紅潮させて喜んだ。おしりの尻尾がブンブンと横に揺れている。
「どうせなら……」
九十九はニコッと笑って、周囲の雪を集める。いくら触っても冷たくないのが実にいい。
「わあ! わあ! 若女将、すごいですっ!」
ただの雪だるまを狐の形にすると、コマはその場でピョンピョコ跳ねた。
「コマの雪だるまだし、仕上げはお願いね」
「いいんですか? ……じゃあ」
コマはバケツを逆さにした踏み台に飛び乗ると、嬉しそうに懐からみかんを取り出した。それを出来あがった雪だるまの上に、チョンと乗せる。
「可愛い!」
「若女将のおかげですっ!」
温かみさえ感じる幻の雪。触れていると、不思議と笑顔があふれ出て、ささやかな雪遊びはしばらく続いた。
その後も、玄関先の雪だるまは、冬の終わりまで湯築屋のお客様を出迎え続けるのだった。
双葉文庫5月刊で5巻が発売予定です。
4月に5巻に相当する12章~15章を更新します。
シロに関する謎なども、この更新で明かす予定です。
3巻分辺りから、設定管理ができなくって諦めて書籍版の設定でweb版も書き進めておりました。回収する伏線も、そちらに準拠してしまいます……。
書籍の1巻・2巻が無料配信中のこの機会にチェック推奨でございます。




