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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十一.お正月の神様がサボタージュですか!?
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7.恋みくじに未来を問う

※申し訳ありませんが、設定は書籍版準拠となっておりweb版序盤と食い違います※

 

 

 

「九十九」

「はいっ」


 伊佐爾波神社の石段に辿り着いていた。

 百五十五段という長い石段を前に、シロが手を差し出している。


「のぼりにくかろう?」

「あ……はい」


 出された手に、自分の手を重ねた。

 傀儡の手は冷たいけれど、なんとなく、温かさがある。


「なんか、今日のシロ様……」


 ちょっと気が利いてる?

 そう言いそうになって、やめた。絶対に調子に乗るに決まっている。九十九には、オチは見えていた。


「あ、須佐之男命様」


 石段を半分ほどのぼると、ちょっとした広場がある。伊佐爾波神社の社の一つ素鵞社の前に、須佐之男命がたたずんでいた。

 須佐之男命は秋祭りから珍しく長期滞在していたが、お正月が過ぎれば、お帰りになると言っていたと思う。


「おうよ! 初詣してやがるんですかー?」


 須佐之男命はあいかわらずの、軽い口調で片手をあげた。

 素鵞社は須佐之男命と、妻の櫛名田比売を祀った社である。

 伊佐爾波神社の祭神は、応神おうじん天皇、仲哀ちゅうあい天皇、神功じんぐう皇后、宗像三女神むなかたさんじょしんである。それらの他に、境内の摂末社せつまっしゃには、各々別の神様が祀られている。

 素鵞社も伊佐爾波神社の摂末社であった。


「はい、初詣です。うちは毎年、伊佐爾波神社なんです」

「そうか、そうか。まあ、上の連中も、あんたらに毎年顔出してもらえたら、喜びやがりますよ」

「ありがとうございます。須佐之男命様も、どうですか?」

「んー……いいや。俺が行ったって、迷惑されるだろうよ。一応、神だし」


 たしかに、神様が初詣はおかしいか。

 シロは傀儡を使っているし、ノーカウントだろう。


「一応なんて……須佐之男命様は立派な天津神ですよ」

「俺、その辺の立ち位置が微妙なんですけどね」


 須佐之男命は天照と共に生まれた天津神だが、高天原を追放されている。古事記では、八岐大蛇やまたのおろちを退治するなど数々の試練を乗り越える様が描かれ、天照と対になる主人公的な役割を与えられていた。

 いわゆる、国津神と呼ばれる神々は、地上に降りた須佐之男命に連なっていると考えられている。

 須佐之男命が「微妙」と言っているのは、高天原を追放されたことに由来するのだろう。彼を天津神とするか、国津神とするか、見解がわかれるところである。


「今でも、姉上様を怒らせてしまいやがりますし」


 天照と須佐之男命のやりとりは、異様と言えば異様であった。

 二人とも、互いを好きなのはわかるが、絶妙に歯車があっていない。シロは天照が須佐之男命に「甘い」と言っていたが、どことなく、どう接すればいいのかわからないのではないか、とも思えた。

 須佐之男命のほうも、なんとか天照に好かれようとしているが、やり方がわからない。そんな風に見えた。

 不器用すぎる。

 もどかしいと感じる距離感であった。


「本当に、天照様がお好きなんですね」


 九十九はふんわりと笑った。


「好きっていうか……」

「そういうの、たぶん、はっきり伝えないと駄目ですよ」


 言いながら、九十九は自分の言葉に違和感を覚えていた。

 はっきりと、伝えないと駄目。

 前にも、八雲から言われたような気がする……。

 今、九十九が須佐之男命に向けている言葉は、そのまますべて自分に返ってきていた。まるで、山びこのようで、息苦しくなる。


「んー……まあ、今にはじまった話じゃあねぇしなぁ」


 須佐之男命は頭のうしろで手を組み、空に視線を遣った。


「まあ……細かいことを気にしやがってるだけなんでしょうがね。俺も姉上様も、別天津神ことあまつかみでもねぇし、考えても一緒でしょうかね?」


 須佐之男命は視線を空から戻しながら、笑う。

 しかし、戻ってきた視線がとらえていたのは、話し相手である九十九ではないようだった。

 少しうしろに立つシロの傀儡に向けられている。


「別天津神……?」


 湯築屋には来ないお客様たちだ。

 日本神話の天地開闢てんちかいびゃく、いわゆる、天地創造の際に登場する神様たちである。独神ひとりがみで性別がなく、他の神々のように連なる系譜を持たない。だが、古事記での影響力は薄く、これ以降、彼らについて語る神話はほとんどない。

 別天津神と、天照や須佐之男命を区別するような言い方に、九十九は違和感を覚えていた。


「行くぞ、九十九」


 シロのほうをふり返る。

 だが、シロは九十九の手を引く。

 まるで、話を無理やり区切るようであった。


「え……はい」


 九十九は戸惑いながらも、シロについて再び石段をのぼりはじめる。

 途中で須佐之男命のほうを見るが、もうそこに彼の姿はなくなっていた。


「九十九ちゃーん! 早くー!」


 石段の上では、先に行って待っていた小夜子が手をふっていた。碧や八雲も、待っててくれているだろう。

 白い息を切らしながら石段をのぼりきる。


「はあ、疲れた」

「お疲れ様。ほら、見て」


 小夜子にうながされて、九十九は自分が今のぼってきた石段をふり返った。


「わあ……!」


 思わず、声が漏れる。

 眼下に伸びる長い石段。さらに、その延長線上に、なだらかな坂が続いていた。その線のような道を中心に、道後の街が広がっている。

 空は日の出の茜に染まり、道後に光が降り注いでいた。

 街が輝いている。

 いつも暮らしている街が、まるで生きているかのように思えた。


「石段のぼった甲斐があったね」

「うん!」


 九十九と小夜子は、互いに笑いあい、参道を歩く。

 ふと、九十九はシロのほうを見遣る。

 傀儡の表情は乏しくて、なにを考えているのかわかりにくい。


「シロ様」

「なんだ?」

「綺麗ですね」

「ん? 今更、儂の美しさに惚れなおしたか?」

「そっちじゃないですよ。景色が綺麗ですねって言ったんです」


 指摘されて、シロはようやく、景色に視線を向けていた。

 同じ場所にいたのに、シロは同じものを見ていない。価値観がズレているとはいえ、なんとなく、寂しい気もした。


「嗚呼、そうだな」

「気がない返事ですね」

「見る必要もなかったからな」

「……そういうところ」


 これだから、神様って。

 九十九はシロと、こんな風にたくさんのものを見たい。

 同じものを見て、同じように美しいと言えたら素敵だ。

 もっと、もっと、シロと――。


『お前がいれば、わしは、それでよいからな』


 え?

 今、なんか……。

 九十九はよくわからない焦燥感に駆られる。胸の奥がざわざわと震えるように、なにかがわいてくる。

 これがなんなのか、九十九には正体がわからない。

 わからなかったが……怖くてたまらなかった。


「シロ、様……?」


 思わず、名を呼んだ。

 すると、シロは不思議そうに首を傾げる。


「どうした? 九十九?」


 キョトンとした面持ちで、シロが瞬きした。

 特に変わった様子もなく、九十九を手招きする。


「行くぞ。早くまいるのだろう?」

「え……はい」


 今のは、気のせい?

 九十九はもやもやしたまま、先に進んだ。

 伊佐爾波神社の社殿は鮮やかな丹塗りで彩られており、美しい。細かな彫刻が施された極彩色の海老虹梁えびこうりょうや、金箔のはられた円柱など、豪華な風情であった。

 いくつも並んだ丹塗りの柱を見ると、日常から離れた異空間のように感じられる。

 伊佐爾波神社は延喜式えんぎしきにも記された古くからの神社だ。日本に三例しかない整った八幡造りであり、国の重要文化財に指定されている。


「…………」


 初詣の間、九十九は何度もシロを確認してしまう。

 だが、特に変化はないようだった。

 いつも通りだ。

 なにもない。


「ねえ、九十九ちゃん。おみくじ引こうよ」


 小夜子にうながされて、九十九もおみくじ箱の前に立った。


「恋みくじ、当たるんだって……きっと、いいことが書いてるよ」


 浮かない顔でもしていたのだろうか。小夜子は、九十九に耳打ちしてくれた。なにをさせたいのだろう。小夜子は、ときどき、妙な気をつかってくれる。

 お金を入れて、おみくじを引く間も、九十九は先ほどのことを考えていた。

 あれは……シロではなかった。

 前にも、見たことがある。

 シロと似ているが、まったく異なる神気。

 存在そのものは同じような――しかし、まったく異なる誰か。

 あれは、誰なのだろう。


「え……?」


 九十九は、引いたおみくじを開く。

 小夜子も、隣で同じようにしていた。


「見て、九十九ちゃん。大吉! すごい具体的……B型で魚座の男の子がいいんだって。九十九ちゃんは、なにか書いてた?」


 小夜子が嬉しそうにおみくじを見せてくれた。そこには、小夜子の言う通りの内容が書いている。

 しかし――。


「え?」


 九十九のおみくじをのぞき込んだ小夜子が表情を曇らせた。困った顔で、九十九を見ている。

 九十九も、同じ顔をしているだろう。


「なにも、書いてない……?」


 おみくじには、なにも書いていなかった。

 真っ白な縦長の紙だけが、手の中にある。

 印刷ミスだろうか。こんなにたくさんのおみくじがあるのだ。ミスで白紙が入っている可能性もある。


「九十九、どうだったのだ? 美形で頼れる賢い旦那様に甘えろと書いていたのであろう?」


 いつもの調子でシロが近づいてきたので、九十九は慌てて白紙のおみくじをクシャリと丸めた。


「そんなの、一言も書いてませんでしたよ。駄目な夫に気をつけなさいって、書いてました!」

「それは、おかしい。儂はこんなに完璧なのに」

「それ、冗談ですよね?」

「儂はいつだって、真面目だぞ」


 九十九は話しながら、身体のうしろでおみくじを。ぎゅっと丸める。

 小さく小さく丸めて、誰にもわからないようにした。

 自分でも、よくわからなかったが、シロには見られたくなかったのだ。

 そのおみくじは……まるで、シロとの未来を否定された気分だったから。

 シロに見られると、その瞬間から、なにもかも消えてしまう。

 根拠もないのに、そんな恐怖に怯えていた。

 

 

 

第11章終わりです。

次回の更新は、大変申し訳ありませんが4月か5月頃を予定しております。

章ごとに細切れではなく、だいたい1冊分をバサッと更新するつもりです。


道後温泉湯築屋4巻は12月12日頃双葉文庫で発売予定です。

今回は書き下ろし2章分(90ページ超)となっております。

ちょっと書き下ろしが多くて迷ったのですが……2巻書き下ろしの「女将のたしなみ」の続きのような構成になっている仕様上、かなり長めですが書き下ろしとして収録しました。


また、12月22日(日)にTSUTAYAエミフルMASAKI店様でのサイン会を予定しております。

詳細は活動報告やツイッターをご参照ください。

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