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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十一.お正月の神様がサボタージュですか!?
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5.お正月のためなら、なんでもします!

「三点先取、碧の勝ちだ」


 シロの宣言で、勝敗が決した。

 途端に、碧が糸の切れたように、フッとその場に座り込む。

 大年神も、豪快にその場へ寝そべった。

 長期戦を制したのは、碧である。


「碧さん!」


 九十九は急いでバスタオルとスポーツドリンクを持って駆けた。大年神のほうへは、須佐之男命が歩み寄っている。


「負けたねぇ!」


 大年神が、はっはっはっと声をあげていた。

 碧のほうは、ぐったりとして、九十九の腕にもたれている。


「すみません、若女将……四十を過ぎると、さすがに、昔のようにはいきませんね。歩けそうにないです」

「ううん、碧さん。ありがとうございます。こんな無茶をさせてしまって、すみません……でも、大丈夫そうです」


 九十九は碧にスマホの画面を見せた。

 画面を見て、碧は安心したように笑う。そんな碧を屋内へ戻そうと、駆けつけた八雲が抱えてくれた。

 碧は充分に役目をまっとうしてくれた。

 ここからは、九十九のターンだ。


「大年神様」


 九十九は寝そべる大年神に声をかけた。


「くぅ……やられたねぇ。少し休ませてもらえるかねぇ?」


 大年神の体力が回復すれば、九十九に勝ち目はない。

 しかし、九十九はニコリと笑った。


「いいですよ、休みましょう」


 そして、屋内を示す。


「お蕎麦を用意しております」


 ちょうど、小夜子が縁側まで帰ってきていた。手には盆。上には、温かそうな蕎麦の器が並んでいる。

 大年神はむくりと顔をあげた。


「蕎麦!」


 動けないと言っていた気がするが、大年神の身のこなしは軽かった。丸っこい身体を揺らして、軽快に座敷へあがっていく。

 運動直後に食事ができる元気が残っているとは……九十九は苦笑いしてしまう。


「ほら、言ったでしょう? とっちゃんは、蕎麦なら必ず食べやがるって」


 そんな九十九に、須佐之男命がこっそりとウインクした。

 たしかに、その通りだ。

 なにせ、このタイミングで蕎麦を出すのを提案したのは、須佐之男命なのである。


「九十九、松山あげも入っておるぞ」


 座敷へは、シロが先に帰っていた。さっきまで、庭に立っていたのに、いつの間に。神気の無駄遣いである。

 座敷のテレビでは、歌番組の勝敗について集計が行われているところだ。それを見て、天照が「白! 白! 白!」と興奮した様子で叫んでいた。実は、ずっとテレビにかじりついている。今年は、推し《・・》が出演しているらしい。

 人数分の蕎麦が運ばれていた。

 醤油ベースの出汁に、蕎麦が沈んでいる。鴨南蛮、焼きネギ、松山あげのシンプルな具であった。


「食べましょう、年越し蕎麦」


 九十九が言う前に、大年神はすでに箸を割っていた。両手をあわせて、蕎麦を食べはじめる。

 九十九も卓につき、箸をとった。

 出汁は鴨でとってある。醤油の尖った塩気は感じず、ふんわりと香る程度だ。その出汁を充分に吸った松山あげを口に含むと……じゅわりとジューシーな甘みを感じた。噛めば噛むほど、内側から出汁が染み出る。これぞ、松山あげの真骨頂であった。

 蕎麦はつるつると口の中に入っていく。しっかりとした弾力があり、蕎麦粉の味が薄らと感じられる。

 年越し蕎麦は、儀式だ。

 来訪神である大年神を迎えるにあたって、身体を清めるためと言われている。


「あああああ! 白ぉぉぉおお!」


 天照が歓喜なのか、嘆きなのか、よくわからない声音の絶叫をしていた。正直なところ、彼女の声のせいで、九十九にはテレビの中の勝敗が判別できない。


「はあ……美味しかったねぇ」


 大年神が大満足の表情で腹をなでた。

 満腹、満腹。そんな様子だ。


「さて……残るは、巫女だねぇ」


 年越し蕎麦を食べ終わり、ゲームの続きをしよう。

 提案をしたとき、テレビから「ゴーン……ゴーン……」と音がした。

 除夜の鐘だ。

 もうすぐ、年が明ける。


「えー、大年神様ぁ?」


 九十九は蕎麦を食べ終わった箸を器の上に置き、わざとらしく胃の辺りをさすった。


「食べてすぐの運動は、身体に悪いんですよ?」

「な……」


 九十九がぐったりとしながら言うものだから、大年神はどうすればいいのかわからないようだった。


「それに、もう年が明けてしまいます。これ以上は、ゲーム《・・・》ではなく、お正月遊び《・・・・・》ですよね」


 この段階になって、大年神は九十九がなにを言いたいのか悟った様子だった。

 そして、今までのゲームが、どのような意味を持っているかも。


「お正月遊びは、お正月を迎えないと……やれませんよね」


 お客様に対して、このような意地の悪い言い方をしたのは、初めてだ。


「な、ならば……稲荷神! ゲームしないかねぇ?」

「儂はせぬ。これから、松山あげのおかわりをもらいに行くからな」


 大年神にすがられるが、シロは顔色一つ変えず、袖にした。作戦通りだが、たぶん、松山あげのおかわりも本心なのだろう。


「……嵌めたねぇ?」

「なんのことでしょうか」


 大年神に勝てる可能性があるのは、最初から碧だけである。

 しかし、そもそも、勝ちに行く必要がないのではないか。

 この可能性に賭けた作戦である。

 大年神がゲームを楽しむだけ楽しんで、続きはお正月を迎えてから行うという提案を持ちかけるのだ。

 まず、開始時間を遅めに設定した。

 そして、まずは小夜子とのゲームで碧が大年神の動きを細かにチェックする。それをもとに立ち回る算段だった。

 ここで碧のプレイが鍵をにぎる。

 できるだけ、ぎりぎりまで時間を引き延ばしつつ、必ず大年神に勝つ。

 これが勝利条件となった。

 そのため、碧は一時間近い激闘を演じなければならない。間には、長めの休憩を入れ、できるだけ時間を稼いだ。ゲームのあとの年越し蕎麦も、その一環である。

 除夜の鐘が鳴るまで。

 碧に大変な負担のかかる作戦だったが、快く引き受けてくれた。

 神様を相手に、見事完遂した碧は間違いなく功労者だ。


「ぐぬぅ……」


 大年神は低くうなりながら、あぐらをかく。


「まあ」


 だが、やがて、気の抜けた息をついた。

 いつものおっとりとした大年神である。


「こんなに楽しいゲームは、久しぶりだったねぇ……それに、ワシの完敗だよねぇ、これは」


 一杯食わされた。

 そんな口調で、大年神は立ちあがる。


「満足したねぇ。これだけ楽しませてもらったからねぇ……仕事くらいはしないとねぇ?」


 いつの間にか、縁側の外に大きな譲り葉が現れていた。大年神が乗って、家々を回るための乗り物だ。


「手間をかけさせるな。疾く、ゆけ」


 シロは大年神の神気の制限をなくしたのだろう。ちょっとわずらわしそうに、「しっしっ」と手で払っていた。いくらなんでも、お客様にその態度はない。九十九は、無言でシロの手を、ピッと叩き落としておく。


「帰ってきたら、続きをしてくれねぇ」

「はい」


 大年神はぴょんっと軽く譲り葉に飛び乗った。

 最後に、座敷の隅で休んでいる碧をふり返る。


「おまえさんの得物が板でよかったよ。いやあ、大した若造だねぇ!」


 須佐之男命も、「碧には神剣を持たせると危ない」と言っていた。やはり、相手をしていた大年神も、そのように感じていたのか。

 碧は神気が使えない従業員だ。

 幼いころは難儀したと聞いている。

 しかし、今では神すら認める人間だ。


「では、よいお年を」


 のんびりとした笑い声を残して、大年神は飛んでいく。巨大な譲り葉がプロペラのように回って、その上に大年神が乗っている。いつ見ても、目が回りそうだった。


「あ」


 九十九はあわてて時計を確認した。

 時刻は、二十三時五十九分。

 あと十秒ほどで、年越しであった。

 九十九が姿勢を正すと、小夜子やコマも正座する。数秒の間だけ、なにもない、静まりかえる時間があった。


「あけましておめでとうございます!」


 示しあわせてなどいなかった。

 けれども、日付が変わると、みんなで一斉に頭をさげる。

 いっぱいいっぱい、笑いあいながら新年のあいさつをした。

 

 

 

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