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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十一.お正月の神様がサボタージュですか!?
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4.神殺しの勢いですかね!?

 

 

 

「だいたい見させていただきました」


 宣言は静かだった。

 右手に持った羽子板は、本当に木の板なのだろうか。今の碧が持つと、ギラギラと光を放つ妖刀……いや、神殺しのつるぎにすら見えた。

 殺気。

 そんな生ぬるいものではない。

 覇気であった。


「面白いねぇ」


 大年神が顎髭をなで、ニタリと笑った。

 非常に好戦的で、獰猛な獣のような気を感じる。獲物を見つけて、舌なめずりしているかのような――。


「ひぃ……」


 いつもと違う碧と大年神に圧倒されて、コマが毛を逆立てていた。

 九十九も、掌に汗をかいている。

 単にゲームを観戦している気分ではない。

 これは、神と人との一騎打ち。


「これより、次鋒戦を行う」


 正確には、大年神は一人なので、次鋒戦ではないが……シロは気にしていないようだった。


「はじめ」


 先手は碧だった。

 彼女は手の中でもてあそんでいた羽根を、前に掲げた。


「いきますよ、お客様」


 言葉はていねいだが、目はまったく笑っていない。雪は降っていないが、周囲の温度がサーッと下がっていく感覚があった。

 だが、大年神も負けてはいない。まるで、氷山で対峙しているような光景になっていた。なぜだろう。二人とも、神気が使えないはずなのに。シロ様、これ本当に神気制限してます?


「九十九ちゃん……龍とか虎が見える気がするの、私が疲れてるのかな……?」

「ううん、小夜子ちゃん。わたしも、まったく同じものが見えてる気がする……」


 コマの毛が逆立ち、石像のように固まっていた。怖さが臨界点に達したらしい。ずっと、九十九の手を離さず、にぎっていた。

 碧が動く。

 羽根を投げ、


「はっ!」


 力の限り羽子板をぶつけた。

 羽根を突いた音がしたかと思うと、弾丸のようなスピードで大年神の陣地へと吸い込まれていく。

 大年神の動きも速かった。

 まるで、プロテニスプレイヤーのような動きで、落ちる羽根を打ち返す。


「せいやっ!」

「やぁぁああっ!」


 まるで、剣道の仕合である。

 けたたましい叫びが響いていた。

 小夜子を先鋒にしたのは、理由がある。

 碧は武術の達人だ。当然、身体能力も湯築屋の中ではトップである。

 羽根突きで大年神に勝つ可能性が一番高いのは、碧だった。

 碧が大年神の動きを観察するために、小夜子を先鋒にしたのだ。悪い言い方をすれば、小夜子の勝敗は関係なかった。碧が勝てるように、データを集められれば充分だったのである。

 小夜子は、その役目を充分に果たした。

 碧と大年神のゲームを見て、そう確信できる。


「あれ、本当に人間なの? ……あれに神剣でも持たれたら、俺でも負けちまうかもしれねぇですねぇ。とっちゃんが互角でやれてるのは、得物が板だからだわ」


 思わず、須佐之男命まで苦笑いしていた。一応、彼も鉄や戦の神である。そんな神様でさえ、碧のことを評価している。

 幸一が「碧さん、怒ると本当に怖くて」と言っていたのを思い出す。

 絶対に怒らせないようにしないと。と、要らぬ決意をしてしまった。


「碧に一点」


 長いこと打ちあっていたが、ついに、点数が動いた。

 大年神の足元の地面に、羽根がめり込んでいる。強いスピンがかかっていたようだ。ただの木の板だというのに、恐ろしい。


「くう……やりおるねぇ」


 大年神は汗を手で軽く拭った。

 碧のほうも、珠のような汗がしたたっている。


「お二人とも、水分補給をどうぞ!」


 九十九はすかさず、用意していたスポーツドリンクを差し出して駆け寄った。特に、普段、汗をかき慣れていない大年神には必要なことだ。

 一緒に、栄養補給のチューブゼリーも渡した。


「ふう……」


 大年神は汗を拭って、肩で息をしていた。

 神様は神気の影響で、疲れたり、汗をかくことがない。しかし、今はほとんど人間と同じ条件となっている。表情はやや辛そうに見えたが、まだやれそうだ。


「ありがとうございます、若女将」


 碧にもタオルを渡す。

 珠のような汗がいくつも流れているが、大年神に比べると息があがっていなかった。まだ余裕の様子である。


「いいペースですよ」


 九十九はスポーツドリンクを渡しながら、こっそり告げた。


「すみません……碧さんに負担をかけてしまって」

「いいえ、若女将。大丈夫ですよ、まだ余裕です」


 碧はスポーツドリンクをクイッとあおる。そして、補食用のエネルギーチャージゼリーを飲むように摂取した。


「久しぶりに、武者震いしております。これが本気の仕合だったら、よかったのに」


 本当の笑顔であった。

 それなのに、九十九は背筋に悪寒が走り、身体が震えてしまう。まるで、神様を前にしているかのようだ。

 九十九がコートからさがると、ゲームは再開する。


「それでは、はじめ」


 シロがゆっくりと間を持って取り仕切った。


 カンッ

 カンッ

 カンッ


 羽根を打ちあう音が激しく続く。

 木で木を打ち返している。テニスのように、ガットが張ってあるわけではなく、跳ね返る力は極めて弱い。

 つまり、ほとんど羽子板をふるスイングの力だけで返しているのだ。

 それを、まるで卓球のようなスピード感で続けている。おまけにラリーは何十分も続いていた。


「大年神に一点」


 今度は大年神に点数が入った。


「ふむぅ……」


 大年神は顎をなでて首をひねっていた。

 九十九はスポーツドリンクを渡しながら、大年神の様子をうかがう。


「大丈夫ですか?」

「なぁに……若造には、これくらいのハンデがあってちょうどだからねぇ」


 大年神が肩を大きく回すと、バキバキと関節が鳴った。


「ゲーマーは、負けず嫌いだからねぇ」


 そう言って碧を見る大年神の目は……マジ《・・》であった。

 神様が本気で一人の人間を倒しにかかっている。

 このような場面は、湯築屋につとめていてもなかなか見られない。否、見たことがなかった。

 その後も、壮絶な打ちあいが続く。

 お互いに消耗するゲームだ。

 一点対一点の同点から、碧が勝って二点対一点に。

 その後、大年神が取り返し、再び同点に。

 ついに、あと一点を先取したほうが勝ちとなる状況となった。

 時刻は二十三時を回っている。まもなく、年が明けてしまう頃合いであった。

 だが、勝負は佳境である。

 何人なんぴとも邪魔を許さなかった。


「九十九ちゃん、そろそろ……」

「うん、よろしく」


 熾烈しれつなラリーを横に、小夜子がこっそりと立ちあがる。碧と大年神のゲームは長時間にわたっていた。小夜子の体力も充分、回復している。

 碧が、こちらを見た気がした。

 九十九はゴクリと息を呑む。


「はあっ!」


 碧のスマッシュが切れ味を増す。

 あれだけの長期戦をこなしたあとで、どこにこのような体力が残っていたのだろう。そう思わせる会心の一撃であった。


「ぬぁにぃ!」


 大年神も負けてはいない。碧の一撃をなんとか受ける。


「な、なに!?」


 改めて説明する必要はないが……羽根突きは木製の羽子板で、木製の重りがついた羽根を打ち返す遊びだ。

 鉄などに比べると、圧倒的に強度が劣る。

 大年神の羽子板で打ち返した羽根は、その瞬間に、バラバラに粉砕してしまった。

 細かい木くずが散り、カラフルな羽根だけがふわりと舞う。


 その場が、しんと静まった。

 

 

 

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