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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十一.お正月の神様がサボタージュですか!?
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3.ゲームの時間です!

 

 

 

 きたる大晦日。

 この日に、湯築屋、いいや、日本のお正月がかかっている。

 九十九は梅柄の着物を襷掛けにし、意気込んだ。キュッと襷を結ぶ瞬間、スイッチが入る。

 隣には、小夜子と碧がひかえていた。今日は勝負どころなので、二人とも、いつも着ている臙脂の着物ではない。それぞれ、小夜子が竹の柄、碧が松の柄を身につけている。

 三人そろうと、松竹梅。

 意地でも、縁起のいい正月を迎えてやろうという、げん担ぎのようなものだった。


「ほおう。いいねぇ……美女三人とは、こりゃあ、楽しみだねぇ」


 のんきに笑っているのは、大年神だった。

 携帯用ゲーム機をプレイしながらも、湯築屋の代表三名を観察している。

 ずいぶんと余裕だ。

 彼にとっては、赤子の手をひねるようなものだろう。


「もう一度、言いますが……大年神様。本当に、家々を回るつもりはないんですか?」


 ゲームの前に、九十九は念のために確認した。


「ううん、だってねぇ。ワシ、要らんみたいだしねぇ……それよりも、こっちのほうが楽しそうだしねぇ?」


 大年神に、ゆずるつもりはなさそうだ。


「わかりました。では、シロ様……種目の発表をおねがいします」


 九十九が宣言すると、心得たとばかりにシロが前に出る。

 本当はシロがゲームに参加するのも検討された。

 しかし、ここはシロの結界の中だ。あらゆる神気が制限される空間。シロには、公正な審判をおねがいするのが筋となった。


「種目は」


 両者が対峙していた座敷の障子が開いた。

 縁側の向こうには、雪が取り除かれた庭が見える。


「羽根突きだ」


 途端に、シロの両手に羽子板と羽根が現れた。


「ほおう?」


 大年神は少し意外そうに、顎髭をなでる。ゲームをプレイする手も止まっていた。こちらの提示したゲームに興味を持ったらしい。


「こちらの先鋒は朝倉小夜子。次鋒、河東碧。大将、湯築九十九だ」

「ええねぇ。おいで、おいで」


 大年神は余裕の面持ちであった。

 羽根突きは代表的なお正月遊びである。

 羽子板で羽根を打ち返し、打ち損じたほうが負け。簡単なルールしか設けられていない。単純明快な遊びであった。

 なお、今回は神対人であるので、少々ルールをつけさせてもらっている。

 バドミントンのコートを用いて、コート外に出た羽根はアウト判定とした。しかし、中央のラインのみで、ネットは設置していない。

 勝負は一人ずつ行う。三ポイント先取したほうが勝ちだった。


「よ、よろしくおねがいします!」


 先鋒の小夜子が庭に出る。着物を着ているが、足元は一応、スニーカーだった。

 日本のお正月がかかっている大事な先鋒だ。緊張しているのが、傍目にもわかった。


「小夜子ちゃん、がんばって!」


 縁側から、九十九は声をかけた。

 小夜子はふり返りながら、「うん……」と不安そうだ。

 いつも降っている雪の幻影はない。庭の鹿威しの、カツンという音が耳につく静寂だった。

 世間では、楽しい大晦日を楽しんでいるだろう。

 先ほどまで、みんなでテレビの歌番組を見ていた。途中で退席するのは心惜しかったが、録画しているので大丈夫である。厨房では、幸一が年越し蕎麦を用意していた。

 日本中が楽しく年を越せるかは、この勝負にかかっている。


「では」


 シロが合図すると、小夜子がかまえた。

 大年神は、羽子板の柄を余裕の表情でながめている。


「はじめ」


 はじまった。


「いきます!」


 小夜子が叫び、羽根を放り投げた。そして、勢いよくサーブする。

 木で木を打つカーンという音が響いた。

 羽根は弧を描くように大年神の陣地へ飛んでいく。大年神は華麗な足さばきで羽根に追いつき、羽子板で打ち返した。

 羽根は高くあがって、小夜子のほうへ飛んでいく。

 小夜子の身体能力は平均的な女子高生並みである。あまり苦労せずに、難なく二打目を返した。


「いくねぇ?」


 緩やかに降下する羽根を前に、大年神の表情が変わった。

 ニコニコとしていた両目が開眼し、羽子板を両手で持つ。


「え!?」


 大年神が打ち返した羽根はまっすぐに、ビュンという音を立てて小夜子に向かって飛んでいった。

 小夜子は、とっさに羽子板を前に出す。羽根は羽子板に命中した。

 しかし、羽根突きとは、木で木を打ち返す遊びだ。

 ただ当てただけでは勢いが足りず、羽根はポトンと地面に落ちてしまった。

 中央のラインは越えていない。


「大年神、一点先取だ」


 審判をつとめていたシロが宣言する。


「緩急だねぇ。何事にも、大事なことだよ」


 大年神は羽子板をクルクルと回しながら笑った。

 小夜子は額に汗をにじませながら、唇を噛む。


「ううっ……さ、小夜子さん大丈夫でしょうか?」


 隣で観戦していたコマが「わわわ」と震えていた。


「大丈夫だよ」


 しかし、九十九は、そんなコマをなでて、なだめた。

 一方で、反対側に正座する碧は落ち着いている。


「小夜子ちゃん、その調子です」


 そう声をかけている碧の顔は真剣そのものだ。

 手には当然、羽子板を持っているのだが、それが刀に見えてしまう。気合いがオーラとなって、目に見えそうだと感じた。


「碧さん、大丈夫そうですか?」

「はい、問題ありません。若女将」


 そう返答する間も、碧は瞬きもせずにコートを見ていた。

 小夜子が再び、羽根を突く。

 それを大年神が難なく返していた。今度は小夜子を左右に走らせるような打ち方をしている。

 小夜子は見事に翻弄されて、息を切らせていた。最後には、大きくバランスを崩して、ついに転倒してしまう。

 大年神が二点先取した。

 苦しい戦いだ。

 大年神は野外のゲームも得意のようである。

 だが、これは予想の範囲内だった。大年神が「ルールはこちらで決めてもいい」と言った時点で、想定できたことである。


「おおー、やってやがりますねぇ。がんばってる、がんばってる」


 遅れて、お客様たちも見物にきた。

 須佐之男命と、姉の天照だ。

 二人はそれぞれ縁側に腰かける。ゲームに参加はしないが、彼らも知恵を貸してくれた。上手くいっているか、見守りに来たのだ。

 と言っても、天照は歌番組に推し《・・》が出ているらしく、ずっと座敷で垂れ流しているテレビを見ていた。話しかけると、怒られそうである。

 九十九はスマホで時間を確認した。


「はあ……はあ……」


 小夜子の顔から、疲労困憊であるのが見てとれた。

 対する大年神は余裕である。

 勝負は誰もが予想した通り、大年神が制した。


「よいねぇ。若いねぇ」


 三点先取した大年神は楽しそうに、小夜子の肩をポンポンと叩く。

 小夜子は悔しそうというより、ただただ疲れた息をくり返していた。


「小夜子ちゃん、ありがとう」


 縁側に帰ってきた小夜子に、九十九は労いの言葉をかける。タオルと、スポーツドリンクの入ったペットボトルを渡した。


「よっ、とっちゃん。おつかれさん」


 須佐之男命が大年神に軽すぎる口調で声をかけていた。見目だけでは、どちらが父かわからない。しかしながら、こういう光景は神様たちには、よくある話だった。


「つかれとらんよぉ。大丈夫、大丈夫」

「まっ、そうだろうなぁ! 楽しそうにしやがってるのが、なによりだな」

「まあまあ、楽しいねぇ」


 大年神はスポーツドリンクを飲みながら、須佐之男命と雑談に興じている。小夜子と比べると、本当に余裕があった。

 現在、大年神には一切の神気の使用を禁じている。そのように、シロが結界を調整してくれた。

 つまり、大年神は神様とはいえ、人間と同じ身体能力しかない。当然、疲労も感じるし、喉も渇く。

 それでも、これだけ余裕なのだ。元の能力値が高かったのだろう。


「はあ……はあ……九十九ちゃん……どうだった?」


 小夜子が心配そうに、九十九のスマホをのぞき込む。

 だが、その横で、音もなく碧が立ちあがった。


「小夜子ちゃん、おつかれさまです。あとは、任せてください」


 碧は松柄の着物を襷掛けに結んだ。

 そして、額に鉢巻きをつける。

 

 

 

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