3.ゲームの時間です!
来る大晦日。
この日に、湯築屋、いいや、日本のお正月がかかっている。
九十九は梅柄の着物を襷掛けにし、意気込んだ。キュッと襷を結ぶ瞬間、スイッチが入る。
隣には、小夜子と碧がひかえていた。今日は勝負どころなので、二人とも、いつも着ている臙脂の着物ではない。それぞれ、小夜子が竹の柄、碧が松の柄を身につけている。
三人そろうと、松竹梅。
意地でも、縁起のいい正月を迎えてやろうという、げん担ぎのようなものだった。
「ほおう。いいねぇ……美女三人とは、こりゃあ、楽しみだねぇ」
のんきに笑っているのは、大年神だった。
携帯用ゲーム機をプレイしながらも、湯築屋の代表三名を観察している。
ずいぶんと余裕だ。
彼にとっては、赤子の手をひねるようなものだろう。
「もう一度、言いますが……大年神様。本当に、家々を回るつもりはないんですか?」
ゲームの前に、九十九は念のために確認した。
「ううん、だってねぇ。ワシ、要らんみたいだしねぇ……それよりも、こっちのほうが楽しそうだしねぇ?」
大年神に、ゆずるつもりはなさそうだ。
「わかりました。では、シロ様……種目の発表をおねがいします」
九十九が宣言すると、心得たとばかりにシロが前に出る。
本当はシロがゲームに参加するのも検討された。
しかし、ここはシロの結界の中だ。あらゆる神気が制限される空間。シロには、公正な審判をおねがいするのが筋となった。
「種目は」
両者が対峙していた座敷の障子が開いた。
縁側の向こうには、雪が取り除かれた庭が見える。
「羽根突きだ」
途端に、シロの両手に羽子板と羽根が現れた。
「ほおう?」
大年神は少し意外そうに、顎髭をなでる。ゲームをプレイする手も止まっていた。こちらの提示したゲームに興味を持ったらしい。
「こちらの先鋒は朝倉小夜子。次鋒、河東碧。大将、湯築九十九だ」
「ええねぇ。おいで、おいで」
大年神は余裕の面持ちであった。
羽根突きは代表的なお正月遊びである。
羽子板で羽根を打ち返し、打ち損じたほうが負け。簡単なルールしか設けられていない。単純明快な遊びであった。
なお、今回は神対人であるので、少々ルールをつけさせてもらっている。
バドミントンのコートを用いて、コート外に出た羽根はアウト判定とした。しかし、中央のラインのみで、ネットは設置していない。
勝負は一人ずつ行う。三ポイント先取したほうが勝ちだった。
「よ、よろしくおねがいします!」
先鋒の小夜子が庭に出る。着物を着ているが、足元は一応、スニーカーだった。
日本のお正月がかかっている大事な先鋒だ。緊張しているのが、傍目にもわかった。
「小夜子ちゃん、がんばって!」
縁側から、九十九は声をかけた。
小夜子はふり返りながら、「うん……」と不安そうだ。
いつも降っている雪の幻影はない。庭の鹿威しの、カツンという音が耳につく静寂だった。
世間では、楽しい大晦日を楽しんでいるだろう。
先ほどまで、みんなでテレビの歌番組を見ていた。途中で退席するのは心惜しかったが、録画しているので大丈夫である。厨房では、幸一が年越し蕎麦を用意していた。
日本中が楽しく年を越せるかは、この勝負にかかっている。
「では」
シロが合図すると、小夜子がかまえた。
大年神は、羽子板の柄を余裕の表情でながめている。
「はじめ」
はじまった。
「いきます!」
小夜子が叫び、羽根を放り投げた。そして、勢いよくサーブする。
木で木を打つカーンという音が響いた。
羽根は弧を描くように大年神の陣地へ飛んでいく。大年神は華麗な足さばきで羽根に追いつき、羽子板で打ち返した。
羽根は高くあがって、小夜子のほうへ飛んでいく。
小夜子の身体能力は平均的な女子高生並みである。あまり苦労せずに、難なく二打目を返した。
「いくねぇ?」
緩やかに降下する羽根を前に、大年神の表情が変わった。
ニコニコとしていた両目が開眼し、羽子板を両手で持つ。
「え!?」
大年神が打ち返した羽根はまっすぐに、ビュンという音を立てて小夜子に向かって飛んでいった。
小夜子は、とっさに羽子板を前に出す。羽根は羽子板に命中した。
しかし、羽根突きとは、木で木を打ち返す遊びだ。
ただ当てただけでは勢いが足りず、羽根はポトンと地面に落ちてしまった。
中央のラインは越えていない。
「大年神、一点先取だ」
審判をつとめていたシロが宣言する。
「緩急だねぇ。何事にも、大事なことだよ」
大年神は羽子板をクルクルと回しながら笑った。
小夜子は額に汗をにじませながら、唇を噛む。
「ううっ……さ、小夜子さん大丈夫でしょうか?」
隣で観戦していたコマが「わわわ」と震えていた。
「大丈夫だよ」
しかし、九十九は、そんなコマをなでて、なだめた。
一方で、反対側に正座する碧は落ち着いている。
「小夜子ちゃん、その調子です」
そう声をかけている碧の顔は真剣そのものだ。
手には当然、羽子板を持っているのだが、それが刀に見えてしまう。気合いがオーラとなって、目に見えそうだと感じた。
「碧さん、大丈夫そうですか?」
「はい、問題ありません。若女将」
そう返答する間も、碧は瞬きもせずにコートを見ていた。
小夜子が再び、羽根を突く。
それを大年神が難なく返していた。今度は小夜子を左右に走らせるような打ち方をしている。
小夜子は見事に翻弄されて、息を切らせていた。最後には、大きくバランスを崩して、ついに転倒してしまう。
大年神が二点先取した。
苦しい戦いだ。
大年神は野外のゲームも得意のようである。
だが、これは予想の範囲内だった。大年神が「ルールはこちらで決めてもいい」と言った時点で、想定できたことである。
「おおー、やってやがりますねぇ。がんばってる、がんばってる」
遅れて、お客様たちも見物にきた。
須佐之男命と、姉の天照だ。
二人はそれぞれ縁側に腰かける。ゲームに参加はしないが、彼らも知恵を貸してくれた。上手くいっているか、見守りに来たのだ。
と言っても、天照は歌番組に推し《・・》が出ているらしく、ずっと座敷で垂れ流しているテレビを見ていた。話しかけると、怒られそうである。
九十九はスマホで時間を確認した。
「はあ……はあ……」
小夜子の顔から、疲労困憊であるのが見てとれた。
対する大年神は余裕である。
勝負は誰もが予想した通り、大年神が制した。
「よいねぇ。若いねぇ」
三点先取した大年神は楽しそうに、小夜子の肩をポンポンと叩く。
小夜子は悔しそうというより、ただただ疲れた息をくり返していた。
「小夜子ちゃん、ありがとう」
縁側に帰ってきた小夜子に、九十九は労いの言葉をかける。タオルと、スポーツドリンクの入ったペットボトルを渡した。
「よっ、とっちゃん。おつかれさん」
須佐之男命が大年神に軽すぎる口調で声をかけていた。見目だけでは、どちらが父かわからない。しかしながら、こういう光景は神様たちには、よくある話だった。
「つかれとらんよぉ。大丈夫、大丈夫」
「まっ、そうだろうなぁ! 楽しそうにしやがってるのが、なによりだな」
「まあまあ、楽しいねぇ」
大年神はスポーツドリンクを飲みながら、須佐之男命と雑談に興じている。小夜子と比べると、本当に余裕があった。
現在、大年神には一切の神気の使用を禁じている。そのように、シロが結界を調整してくれた。
つまり、大年神は神様とはいえ、人間と同じ身体能力しかない。当然、疲労も感じるし、喉も渇く。
それでも、これだけ余裕なのだ。元の能力値が高かったのだろう。
「はあ……はあ……九十九ちゃん……どうだった?」
小夜子が心配そうに、九十九のスマホをのぞき込む。
だが、その横で、音もなく碧が立ちあがった。
「小夜子ちゃん、おつかれさまです。あとは、任せてください」
碧は松柄の着物を襷掛けに結んだ。
そして、額に鉢巻きをつける。




