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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
十一.お正月の神様がサボタージュですか!?
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2.作戦会議です

 

 

 

 神様は忙しい。

 暇そうに見えていても、それは気のせいだ。

 彼らは存在するだけで土地や人々に恩恵を与える。それぞれに決まった役割があり、不要な神様などいないのだ。

 客室でゲーム機を操作している大年神も、そうである。


「あのぉ……大年神様……」


 夕餉は愛媛あかね和牛のステーキ御膳だった。

 脂質が少なく、軟らかい赤身が特徴のブランド和牛である。みかんジュースの搾りかすを飼料として与えており、県内でも注目の和牛だった。

 しかし、その膳を並べる間も、大年神はゲームに夢中である。テレビの前で横になり、インターネット対戦に興じていた。


「最近の若造はねぇ、やり込みが足りんねぇ」


 見目は老人だが、ゲームの腕は一流のようだった。

 九十九もプレイしたことのあるゲームだったが、画面を見ても「なにをやっているのかわからないが、とにかくすごい」という感想しかわかなかった。


「ほい、ほい、ほいっと……」

「あの、大年神様。本当に、このままご宿泊を続けるんですか?」


 大年神が宿泊して数日。

 もう明日が大晦日なのに、帰る気配はまったくなかった。

 このまま、本当に年明けを迎えてしまうのだろうか。大年神が来訪神とならなければ、全国の家々に福がもたらされない。

 本当の意味で、お正月が迎えられなくなってしまう。


「そう言われてもねぇ? だってねぇ、最近、ワシ要らんなっとるしねぇ?」

「そんなこと……」

「しっかり、しめ縄飾って迎えてくれる家なんて、めっきり減ってるからねぇ。それでも、サービスで来訪しとったんだがねぇ……そもそも、正月に家へ帰らん子らも多くてねぇ。どうにも、ワシ、寂しくってねぇ?」


 喋りながらも、大年神はゲームの指を止めなかった。あいかわらず、熟練した技を披露し続けている。対戦相手が可哀想だった。


「一年くらいサボっても、誰も困らんやろうねぇ。大げさ、大げさ」

「いや、それは……」

「近頃は、堕神も増えてるしねぇ。そのうち、ワシもそうなるかもねぇ?」

「そんなことないです!」


 九十九は、つい大声を出してしまった。

 大年神は、ようやく、びっくりした様子でゲーム画面から視線を外す。

 九十九は一瞬、たじろいでしまうが、こうなったら勢いだ。なにがなんでも、自分の主張をさせていただこうと腹をくくる。


「みんなお正月を待っています! わたしだって、そうです! 大年神様が、みんながそうじゃないって感じるのかもしれませんが……でも、まだまだ、大年神様を信仰している人は、たくさんいます。堕神になんてなりません」


 九十九は堕神を二度見た。

 どちらも、元がどのような神様だったのかわからない。ただ、物言えず、消えていくだけの存在だった。

 もしかすると、湯築屋のお客様だったかもしれない。

 そう考えると、やるせなくて、震えた。

 だから、嘘でも「自分も堕神になるかも」なんて、神様には言ってほしくない。

 そうならないように、九十九は彼らを覚えていたい。

 彼らは大事なお客様で、そして、神様だ。

 またがんばろう。もう少し、人間を見守ってみよう。

 そう思ってもらえるおもてなしを、九十九はしたかった。


「大年神様!」


 九十九はチラリと、ゲーム画面を睨んだ。


「そんなに、ゲームをしたいのでしたら……わたしと、ゲームで勝負しましょう」


 大年神は、驚いた様子で、啖呵を切った九十九を見つめている。

 だが、九十九の宣戦布告を聞いて、ニヤリと口角をあげた。

 おっとりとした普段の様子とは違う。まるで、獲物を見るような目だ。「老獪」という言葉が似合う。そんな風格があった。

 まるで、別の神様のようだ。


「ほお。巫女よ、その言葉に後悔はないかねぇ?」


 九十九はゴクリと唾を呑む。

 先ほどまでと、明らかに空気が変わった。水飴のように重く、威圧的だと感じる。心持ち、息が苦しくなった。


「はい」


 それでも、九十九はうなずいた。


「わたし……いいえ、湯築屋がお相手します。わたしたちが勝てば、来訪神のお仕事を果たしてください」


 これはゲームではない。

 決闘である。

 そういう空気であった。




 九十九が啖呵を切ったことにより、湯築屋では臨時の作戦会議が慌ただしく設けられた。

 一通りの業務が終わったあとで、従業員一同が応接室で机を囲む。


「待ちやがれください。なんで、俺も呼ばれたんです?」

「お黙りなさい。あなたが説得できなかったからでしょう?」


 抗議する須佐之男命を、天照が肘鉄で黙らせる。

 あいかわらず、須佐之男命に対する扱いが雑であった。


「お客様方まで巻き込んで、もうしわけありません」


 知恵は多いほうがいい。

 大年神から言い渡されたルールは、単純に「ゲームでの勝負」であった。

 勝負の内容は、こちらが決めていい。

 ゲームであれば、なんでもよかった。ただし、勝敗が明確につかなくてはならない。ダンスや絵画など、芸術点が発生し、基準があいまいなものは除外される。


「……仕合でしたら、自信があります」


 仲居頭の碧が真剣な表情で提案する。

 物腰は柔らかいが、目は笑っていない。刃のような眼光で思案している。必要があれば、神殺しさえ辞さぬ。そのような気概が見てとれて、周囲が「いや、それは……ちょっと……」と尻込みしていた。

 碧は、神気は扱えないが、武術は達人級である。時代が違っていれば、名のある英雄になっていたかもしれないと、神々が口をそろえて評価していた。


「いや、でも……勝負の人数は三人なので、二人が勝てる内容ではないと……」


 勝負は三回だ。

 ゲームの達人である大年神に、従業員が二人以上勝てる内容でなくてはならない。作戦会議に参加しているが、天照や須佐之男命は従業員ではないので除外される。


「そこに一柱、神がいやがりますけど?」


 須佐之男命が遠慮なく、シロを指さした。

 だが、シロは心底嫌そうに息をつく。


「儂は温厚なのだ。か弱い引きこもりだぞ。仕合では戦力にならぬ」

「はあ? そんなわけがあるわけな――イダダダダダ。姉上様、なんでつねってやがるんですか?」


 なにが気に入らなかったのか、天照が須佐之男命を黙らせていた。


「と言っても、大年神様に勝てそうなゲームって、そんなにない気が……」


 小夜子が不安そうに声を出した。

 そこである。

 宣戦布告したものの、大年神はいわゆる「ガチゲーマー」だ。宿泊してからというもの、片時もゲームから離れず、ずっと廃人プレイをしている。

 その様子を見ても、並みのゲームでは勝つのがむずかしいとわかった。


「テレビゲームの類は、あまり得意じゃないかも……」

「その辺りは大年神様、まさに神業だから、たぶん無理です……」

「ババ抜きとか、ポーカーとか、運でなんとかするゲームは?」

「神様相手に、運任せの勝負は分が悪すぎるのでは……」


 話はまったく進まなかった。

 そもそも、湯築屋の面々はゲームには疎い。人並み程度か、それ以下であった。ガチゲーマーの大年神に勝つのはむずかしい。


「やはり、あなたがなんとか言いなさいな。須佐之男」


 天照が須佐之男命を小突いた。


「そう言いやがってもですねぇ。いいんじゃないですか? だって、本人、やりたくないってやがるし。やりたくないことを無理やりさせるのは、お勧めしませんけどねぇ?」


 須佐之男命は面倒くさそうに頭を掻いていた。

 やりたくないことは、やらなくていい。須佐之男命なら、そう言いそうではある。

 伊邪那岐神いざなぎのかみが川で行ったみそぎにより、三貴神と呼ばれる三柱が生まれたとされている。それが天照大神、月読命、須佐之男命だ。

 やがて、三貴神にはそれぞれ、領地の統括が命じられる。天照には、高天原。月読命には、夜之食国。

 須佐之男命は海原であった。だが、須佐之男命は海の神でもなければ、水の神でもない。製鉄の神である。彼はこれを拒んだという。

 どだい無理な話なので仕方がない。

 そんな彼には、子に当たるとはいえ、大年神を説得する材料などなかった。本人にも、その気はなさそうだ。

 大年神をその気にさせなくてはいけない。

 そのためには、ゲームに勝たなければ。


「……逆に、勝つ必要はない、かも?」


 九十九は、つい考えを口に出してしまった。


「九十九ちゃん、それどういうこと?」


 言った瞬間に、みんなが続きをうながすように、顔をのぞき込んできた。

 九十九は気圧されそうになり、苦笑いする。


「え、えっと」


 そして、九十九の思いつきを聞くと、誰もがうなってしまう。しばらく、迷った様子で考えたあとで、


「それは、いいかも……?」という方向に感情が動いていく。


 上手くいくかはわからない。

 保障はないが、やってみよう。

 決まってしまった。

 

 

 

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