2.作戦会議です
神様は忙しい。
暇そうに見えていても、それは気のせいだ。
彼らは存在するだけで土地や人々に恩恵を与える。それぞれに決まった役割があり、不要な神様などいないのだ。
客室でゲーム機を操作している大年神も、そうである。
「あのぉ……大年神様……」
夕餉は愛媛あかね和牛のステーキ御膳だった。
脂質が少なく、軟らかい赤身が特徴のブランド和牛である。みかんジュースの搾りかすを飼料として与えており、県内でも注目の和牛だった。
しかし、その膳を並べる間も、大年神はゲームに夢中である。テレビの前で横になり、インターネット対戦に興じていた。
「最近の若造はねぇ、やり込みが足りんねぇ」
見目は老人だが、ゲームの腕は一流のようだった。
九十九もプレイしたことのあるゲームだったが、画面を見ても「なにをやっているのかわからないが、とにかくすごい」という感想しかわかなかった。
「ほい、ほい、ほいっと……」
「あの、大年神様。本当に、このままご宿泊を続けるんですか?」
大年神が宿泊して数日。
もう明日が大晦日なのに、帰る気配はまったくなかった。
このまま、本当に年明けを迎えてしまうのだろうか。大年神が来訪神とならなければ、全国の家々に福がもたらされない。
本当の意味で、お正月が迎えられなくなってしまう。
「そう言われてもねぇ? だってねぇ、最近、ワシ要らんなっとるしねぇ?」
「そんなこと……」
「しっかり、しめ縄飾って迎えてくれる家なんて、めっきり減ってるからねぇ。それでも、サービスで来訪しとったんだがねぇ……そもそも、正月に家へ帰らん子らも多くてねぇ。どうにも、ワシ、寂しくってねぇ?」
喋りながらも、大年神はゲームの指を止めなかった。あいかわらず、熟練した技を披露し続けている。対戦相手が可哀想だった。
「一年くらいサボっても、誰も困らんやろうねぇ。大げさ、大げさ」
「いや、それは……」
「近頃は、堕神も増えてるしねぇ。そのうち、ワシもそうなるかもねぇ?」
「そんなことないです!」
九十九は、つい大声を出してしまった。
大年神は、ようやく、びっくりした様子でゲーム画面から視線を外す。
九十九は一瞬、たじろいでしまうが、こうなったら勢いだ。なにがなんでも、自分の主張をさせていただこうと腹をくくる。
「みんなお正月を待っています! わたしだって、そうです! 大年神様が、みんながそうじゃないって感じるのかもしれませんが……でも、まだまだ、大年神様を信仰している人は、たくさんいます。堕神になんてなりません」
九十九は堕神を二度見た。
どちらも、元がどのような神様だったのかわからない。ただ、物言えず、消えていくだけの存在だった。
もしかすると、湯築屋のお客様だったかもしれない。
そう考えると、やるせなくて、震えた。
だから、嘘でも「自分も堕神になるかも」なんて、神様には言ってほしくない。
そうならないように、九十九は彼らを覚えていたい。
彼らは大事なお客様で、そして、神様だ。
またがんばろう。もう少し、人間を見守ってみよう。
そう思ってもらえるおもてなしを、九十九はしたかった。
「大年神様!」
九十九はチラリと、ゲーム画面を睨んだ。
「そんなに、ゲームをしたいのでしたら……わたしと、ゲームで勝負しましょう」
大年神は、驚いた様子で、啖呵を切った九十九を見つめている。
だが、九十九の宣戦布告を聞いて、ニヤリと口角をあげた。
おっとりとした普段の様子とは違う。まるで、獲物を見るような目だ。「老獪」という言葉が似合う。そんな風格があった。
まるで、別の神様のようだ。
「ほお。巫女よ、その言葉に後悔はないかねぇ?」
九十九はゴクリと唾を呑む。
先ほどまでと、明らかに空気が変わった。水飴のように重く、威圧的だと感じる。心持ち、息が苦しくなった。
「はい」
それでも、九十九はうなずいた。
「わたし……いいえ、湯築屋がお相手します。わたしたちが勝てば、来訪神のお仕事を果たしてください」
これはゲームではない。
決闘である。
そういう空気であった。
九十九が啖呵を切ったことにより、湯築屋では臨時の作戦会議が慌ただしく設けられた。
一通りの業務が終わったあとで、従業員一同が応接室で机を囲む。
「待ちやがれください。なんで、俺も呼ばれたんです?」
「お黙りなさい。あなたが説得できなかったからでしょう?」
抗議する須佐之男命を、天照が肘鉄で黙らせる。
あいかわらず、須佐之男命に対する扱いが雑であった。
「お客様方まで巻き込んで、もうしわけありません」
知恵は多いほうがいい。
大年神から言い渡されたルールは、単純に「ゲームでの勝負」であった。
勝負の内容は、こちらが決めていい。
ゲームであれば、なんでもよかった。ただし、勝敗が明確につかなくてはならない。ダンスや絵画など、芸術点が発生し、基準があいまいなものは除外される。
「……仕合でしたら、自信があります」
仲居頭の碧が真剣な表情で提案する。
物腰は柔らかいが、目は笑っていない。刃のような眼光で思案している。必要があれば、神殺しさえ辞さぬ。そのような気概が見てとれて、周囲が「いや、それは……ちょっと……」と尻込みしていた。
碧は、神気は扱えないが、武術は達人級である。時代が違っていれば、名のある英雄になっていたかもしれないと、神々が口をそろえて評価していた。
「いや、でも……勝負の人数は三人なので、二人が勝てる内容ではないと……」
勝負は三回だ。
ゲームの達人である大年神に、従業員が二人以上勝てる内容でなくてはならない。作戦会議に参加しているが、天照や須佐之男命は従業員ではないので除外される。
「そこに一柱、神がいやがりますけど?」
須佐之男命が遠慮なく、シロを指さした。
だが、シロは心底嫌そうに息をつく。
「儂は温厚なのだ。か弱い引きこもりだぞ。仕合では戦力にならぬ」
「はあ? そんなわけがあるわけな――イダダダダダ。姉上様、なんでつねってやがるんですか?」
なにが気に入らなかったのか、天照が須佐之男命を黙らせていた。
「と言っても、大年神様に勝てそうなゲームって、そんなにない気が……」
小夜子が不安そうに声を出した。
そこである。
宣戦布告したものの、大年神はいわゆる「ガチゲーマー」だ。宿泊してからというもの、片時もゲームから離れず、ずっと廃人プレイをしている。
その様子を見ても、並みのゲームでは勝つのがむずかしいとわかった。
「テレビゲームの類は、あまり得意じゃないかも……」
「その辺りは大年神様、まさに神業だから、たぶん無理です……」
「ババ抜きとか、ポーカーとか、運でなんとかするゲームは?」
「神様相手に、運任せの勝負は分が悪すぎるのでは……」
話はまったく進まなかった。
そもそも、湯築屋の面々はゲームには疎い。人並み程度か、それ以下であった。ガチゲーマーの大年神に勝つのはむずかしい。
「やはり、あなたがなんとか言いなさいな。須佐之男」
天照が須佐之男命を小突いた。
「そう言いやがってもですねぇ。いいんじゃないですか? だって、本人、やりたくないってやがるし。やりたくないことを無理やりさせるのは、お勧めしませんけどねぇ?」
須佐之男命は面倒くさそうに頭を掻いていた。
やりたくないことは、やらなくていい。須佐之男命なら、そう言いそうではある。
伊邪那岐神が川で行った禊により、三貴神と呼ばれる三柱が生まれたとされている。それが天照大神、月読命、須佐之男命だ。
やがて、三貴神にはそれぞれ、領地の統括が命じられる。天照には、高天原。月読命には、夜之食国。
須佐之男命は海原であった。だが、須佐之男命は海の神でもなければ、水の神でもない。製鉄の神である。彼はこれを拒んだという。
どだい無理な話なので仕方がない。
そんな彼には、子に当たるとはいえ、大年神を説得する材料などなかった。本人にも、その気はなさそうだ。
大年神をその気にさせなくてはいけない。
そのためには、ゲームに勝たなければ。
「……逆に、勝つ必要はない、かも?」
九十九は、つい考えを口に出してしまった。
「九十九ちゃん、それどういうこと?」
言った瞬間に、みんなが続きをうながすように、顔をのぞき込んできた。
九十九は気圧されそうになり、苦笑いする。
「え、えっと」
そして、九十九の思いつきを聞くと、誰もがうなってしまう。しばらく、迷った様子で考えたあとで、
「それは、いいかも……?」という方向に感情が動いていく。
上手くいくかはわからない。
保障はないが、やってみよう。
決まってしまった。




