1.お正月、なしって本当ですか?
お久しぶりです。
第11章を更新します。
4巻の発売は12月12日頃になっておりますので、よろしくおねがいします。
また、サイン会も開催しますので詳細は活動報告でご確認ください。
日本の年末は忙しい。
クリスマスツリーを片づけたかと思うと、すかさず、お正月飾りの準備をする。商店では、クリスマスソングが止み、ベートーヴェンの交響曲第九番が流れはじめていた。
すっかり、世間は年末。
年が明ければ、新春である。
去年の今ごろは、なにをしていたっけ。
九十九は考えてみるが、案外、思い出せない。けれども、どうにも昨日のことのような気がしてくる。
月日の流れは早いような、遅いような。不思議な感覚である。湯築屋のお客様たちは、神様なので、もっと別の感覚で生きているかもしれない。
「ゆづ、はい。買ってきたけんね」
京が九十九の前に、包み紙を寄越した。
「ありがとう……っツ」
九十九が包み紙を受けとると、思いのほか、熱かった。
危うく、商品を落としそうになってしまいそうだったが、なんとか袋の端をつまんで耐える。
京に買ってきてほしいと頼んだのは、ひぎり焼きだ。
大判焼きや今川焼きと似た形だが、生地がしっかりとしていて、食べ応えがある。表面に入った「日切焼」の焼き印が特徴的だ。
作りたてはアツアツだが……いくらなん
でも、これは熱すぎる。想定していなかった熱さに、九十九はびっくりしてしまった。
「ふふん」
京がしたり顔で、包み紙を開く。
中にあったのは、ひぎり焼き……なのだが、ひと味違う。
「なるほど」
九十九も納得して、自分のひぎり焼きを見た。
いつものひぎり焼きに、若干の変化が認められる。茶色い表面をコーティングしているのは、天ぷらの衣であった。
どう見ても、揚げている。
「揚げひぎり焼きにしたんよね」
京が自分の揚げひぎり焼きを食べていた。
一口ごとにハフハフと半開きになった口から湯気が漏れている。冬なので、吐く息の白さも相まって、大変、熱そうだ。九十九も、自分の揚げひぎり焼きを食べる。
表面はカリッとしている。弾力のある生地に歯を進めて口に含むと、とろとろのあんこ。熱くて、口内の皮が剥がれそうだ。
この甘さが堪らない。
温かいあんこは、甘みを強く感じる。そこに、生地のモチモチ感と、衣のサクッ、カリッとした食感があわさって、なんとも絶妙だった。
九十九は普通のひぎり焼きも好きだが、これはこれで好きだ。
あっという間に、揚げひぎり焼きを食べてしまった。隣では、京も満足そうな顔をしている。
冬休みなので、久しぶりに京と二人で銀天街まで来ていた。休日に二人というのも、なかなかに珍しい。最近は、小夜子や将崇もいることが多かった。
九十九が京に誘われているのを知って、湯築屋の仕事を引き受けてくれたのだ。「たまには、二人でゆっくり遊んできてね!」と言って送り出してくれた小夜子の顔を思い出す。小夜子には、気を遣わせてばかりだ。
京と喧嘩したダンスの授業は、もう一年前だったかなぁ……いや、あれは年が明けていた気がする。その辺りの記憶も、すぐに思い出せないのは、やはり月日の流れのせいだろうか。
あのときは、小夜子に迷惑をかけてしまった。けれども、結果的に、九十九はこうして京との時間も大切にしようと思えたのだ。
「なあ、ゆづ」
「なに?」
何気なくふり返ると、京がポカンとした表情をしていた。
「うち、UFO見てしもたかもしれん」
「へ?」
京の言っている意味が、わからなかった。
九十九は京が見ている方向に、じっと目を凝らす。空は、雲一つなく、清々しい。けれども、秋と比べると高くはない。冬の空だ。
そのうち、京が「ほら、あれ」と指さした。
「あれって……」
空を、スーッと移動する影があった。ちょうど、いよてつ髙島屋の上空である。
飛行機やヘリコプターではない。
もちろん、UFOでもないと、九十九にはわかった。
「み、京。なにも見えないよ? 気のせいじゃない?」
「え? そんなはず……ほら、また! あれ。なんか、人が乗ってるように見えるんやけど……?」
「そんなわけないでしょ?」
九十九は必死で、未確認飛行物体から京の視線をそらそうと試みた。そして、その辺りに隠れているはずの猫を探す。
心得た、というタイミングでシロの使い魔が現れた。いつも、どこかに隠れて九十九を見守っている。この日も、確実にいると思っていた。
白い猫の姿をした使い魔は、ぴょーんとありえない跳躍で、九十九と京の頭の上を飛び越える。
すると、もう一度空を見ようとする京の動きが止まった。
「あれ? うち、なに見ようとしよったんやっけ?」
ちょっとした記憶が飛んでいた。
九十九は、いつも通りを努めて笑顔を作る。
「さあ? なにしてたっけ……あ、そうだ。京。ごめん、わたしちょっと用事思い出しちゃって……」
「え? ああ、うん。ええよ……なんか、疲れた気がするし」
「ほんと? ごめんね」
適当すぎる理由で九十九は京とその場で別れる。京は消えた記憶のせいでもやもやしているようで、あまり九十九のことを気にしていないようだった。
九十九はシロの使い魔と一緒に、急いで、いよてつ髙島屋へ向かう。そして、エレベーターを使って、屋上を目指した。
京が目撃したのは、UFOではない。
あれは――神様だった。
屋上には、いくつかの子供向け遊具がある。その一つひとつに、九十九は視線を移していく。
「あそこだ」
シロの使い魔が九十九の前を走る。
遊具の一つに乗り込む影が見えた。子供ではない……が、身体は大きくない。立派な顎髭をたくわえた、丸い体型の老人が、九十九立ちに気がついた。
遊具の脇には、大きな葉っぱが落ちている。
「大年神様!」
大年神は須佐之男命の子であり、宇迦之御魂神の兄とされる国津神だ。
お正月の神様として名高い。正月には、各家々を巡る「来訪神」となる。年末年始は忙しいため、この時期に来るのは珍しい。
大年神は譲り葉に乗ってやってくると言われている。先ほど、京が見たのは、譲り葉に乗って空中飛行する大年神だったのだ。
どうして、こんな時期に、こんなところにいるのだろう。
九十九には、理由がわからなかった。
「おほお……これはこれは、稲荷神かねぇ? あと、そっちは巫女だねぇ。どうしたんだねぇ?」
大年神は、おっとりとした口調で顎髭をなでていた。しかし、手元は遊具をしっかりと操縦している。
「いえ。わたしたちは、大年神様を見つけたので……あの、どうして、こんなところにいらっしゃるんですか?」
「ああ? ああ、あー……どうして、かねぇ?」
遊具を終えて、大年神はピョンと飛び降りる。
「なんかねぇ……面倒くさくねぇ?」
「はい?」
今、なんて?
九十九の目が点になった。
足元で、シロの使い魔が息をつき、前足を舐めている。
「いや、だからねぇ。正月、面倒くさくないかねぇ?」
「え……え?」
「今年くらい、ワシが仕事サボっても、誰も怒らないんじゃないかと思ってねぇ。今年の年末年始は、宿に泊まることにするから、よろしく頼むねぇ?」
「え……えええええ?」
あまりにも、のんびりとした口調だったので聞き流しそうになったが――いや、聞き流したかったが、大年神の発言は問題だ。
お正月の神様がサボるって、それ駄目なんじゃないですか!?




