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11.東京ケーキは松山名物




 道後の秋祭りは三日間にわたって催される。

 もちろん、祭りは神事だ。神様のために行われる。ゆえに、湯築屋のお客様にとっても、一大行事であった。


「争いは好ましいところではありませんが……当方の相方は、やる気に満ちあふれておりまして。僭越ながら、当方も本気を出させていただきましょう」


 湯神社の祭神・大国主命が糊の利いたスーツを脱ぎ捨て、法被はっぴをまとっていた。いつものスマートな眼鏡を耐久性の高いゴーグルに変え、背筋を伸ばして立ちあがる。肩でぴょこぴょこ跳ねている豆粒は、相方の少彦名命だろう。

 道後の喧嘩神輿では、湯神社からも二体の神輿が参戦する。


「まったくよ……こーゆーのは、みぃんな俺に押しつけくださりやがって……しょうがねぇなぁ。今年も、お手柔らかにおねがいしやがれよ!」


 大国主命と対になるように立ったのは、須佐之男命であった。

 伊佐爾波神社には多くの神が祀られている。境内には三つの社があり、それぞれに神様がいるのだ。

 須佐之男命も素鵞社そがのやしろに祀られており、荒っぽい秋祭りでは伊佐爾波神社の神代表として、毎年、先頭に立っている。


「はは……お客様方、仲よくしてくださいね?」


 祭りは神事。神のために催される。

 だが、その祭りの中心に、神様たちが立って毎年対決しているなど、一般の人間はあまり知らないのであった。

 湯築屋では恒例行事のようなものなので、喧嘩にならなければいい。むしろ、その争いを楽しみに来館するお客様もいるくらいだった。

 ただ、数年に一度、大国主命と須佐之男命がヒートアップしすぎてしまうので……従業員としては、油断できない。


「やっちゃえー!」


 煽るように盛りあがっているのは、制服姿の神様・愛比売命えひめのみことであった。伊豫豆比古命いよずひこのみこと神社、通称、椿神社の祭神だ。祭りや宴など、人が集まる行事では、楽しくなると性格が変わる。九十九はこれを、「JKモードのツバキさん」と呼んでいた。


「ふふ。須佐之男、しっかりするのよ」


 須佐之男命のうしろでは、天照が弟神に労いの言葉をかけていた。須佐之男命は軽く「おうよ!」と手をあげて応える。

 神輿の鉢合わせは、道後温泉駅前で行われる予定だ。湯築屋で見られる神々の意思表明は、その前哨戦とも呼べるだろう。

 お客様たちは、それぞれ人間に擬態できる格好で祭りを見物する。霊体化して見守る神様もいるが、多くは市民の熱気や祭りの臨場感を直接感じたいらしい。

 祭りは庶民のガス抜き的な側面もあり発展したと言われるが、神様にとっても同じようだ。こういうところは、彼らも妙に人間くさいと言える。


「九十九ちゃん、湯築屋のことは私たちにまかせて」


 お客様たちの様子を見ていた九十九に、小夜子が一声。


「ありがとう」


 九十九は応えるように、うなずいた。

 抱きしめている丸い円盤は、お盆ではない。

 天照に借りた八咫鏡である。

 中には、柿の木に宿っていた堕神がいた。


「晃太君、無事に手術終わったって、おタマ様が言ってた……あとで、田道間守様にもお礼を言いに行くね」

「うん、よかった」


 晃太の手術が終わり、柿の木は役目を終えている。

 九十九が八咫鏡を使用して堕神を鏡の中へと移すと、柿の木はたちまち枯れてしまった。心が痛んだが、植物の病気だ。仕方がない。神様の言葉を借りるなら、摂理だろう。

 そして、九十九は堕神を連れて――。


「お祭り、いってきます。この方も、神様で……わたしたちのお客様だから」


 堕神がこのまま消えるのは、よくない気がする。

 九十九にできることは少ない。いや、なにもない。これはただのわがままで、自己満足だ。

 それでも、九十九は堕神を神様として扱いたかった。

 他の神様と同じように。

 だから、一緒に祭りへ行こうと思うのだ。




 祭りを迎えた道後温泉駅前の広場は、大変にぎわっていた。

 混雑し、人で埋め尽くされている。神輿の鉢合わせがあるスペース分だけを確保して、運営スタッフや警察官が整備を行っていた。

 いつもの風景なのに、いつもとは違う。

 様変わりした広場を前にすると、祭りの空気が肌で感じられた。

 人の波を縫うように八咫鏡を抱きしめたまま九十九は進んだ。

 着物ではなく、私服で来ればよかった。と、九十九は少しばかり後悔する。接客をしたあとに、そのまま出てきてしまった弊害だ。


「九十九」


 声とともに、頭に指が触れる。紅葉の簪がズレていたらしい。

 直してくれたのは、シロの傀儡だった。人間離れした顔が不気味だけれど、このときばかりは頼もしく思える。

 八咫鏡に入っているのは、堕神だ。

 疲弊して消滅する寸前だと言っても、無害とは限らない。シロがついてきてくれると、心強かった。


「この辺りに、しましょうか」


 人の中を歩くだけでも疲れてしまった。鉢合わせがよく見える位置に陣取って、九十九はシロの傀儡に笑う。シロのほうは、特に文句を言わなかった。


「人、いっぱいですね」

「そうだな」


 改めて口にする必要はないが、なんとなく。

 堕神に祭りを見せるという名目だが……冷静に考えると、これはシロとのデートでは? と、一瞬、頭を過ったのがいけなかった。一度、考えてしまうと修正がむずかしい。

 と言っても、よく見れば、市民に混ざって湯築屋のお客様の姿も見える。

 制服姿でイカ焼きを堪能する愛比売命、いや、ツバキがいた。大国主命と須佐之男命は、二人して、自分の神社から宮出しされた神輿が素晴らしいと張り合うように語っている。天照もスマホで写真を撮っているし、田道間守もりんご飴を食べていた。

 二人きり、というわけではないが……。


「デートみたいで、儂は嬉しいぞ」

「それ、わたしが言うの避けてたんですけど!」


 シロがサラッと言うので、九十九は思わず抗議する。


「いえ……これは、おもてなしですから。デートじゃないです」

「だが、儂は嬉しい。九十九は違うのか?」

「ちが……」


 違います。

 違いません。

 どちらの言葉も、スムーズに出てこなかった。九十九は真っ赤な顔を八咫鏡で隠した。


「外まで祭りを見に出るのは、久しい」


 あ、そうか。

 シロは、結界の外には直接出ない。傀儡や使い魔を利用して外をのぞくことはできるが……祭りの見物のためだけに、わざわざ使用しない。


「本当は、お神輿の宮入りや宮出しも面白いんですけど……気がつかなくて、すみません」


 伊佐爾波神社の長い石段を大勢の担ぎ手とともに神輿が移動するは、圧巻である。早朝の行事だが、こちらも祭りの中では人気が高かった。


「……来年は、ちゃんと見ましょうか」


 ひかえめに、誘ってみたつもりだった。

 お客様のおもてなしではない。

 シロと一緒に、祭りに来たいと伝えたつもりである。

 しかし、おそるおそる確認した視線の先に、シロはいなくなっていた。九十九はあわてて、周囲を見回す。


「九十九! 東京ケーキがあるぞ!」


 屋台を指さして、上機嫌に叫ぶシロの姿があった。


「……もう」


 全然、聞いていなかった!

 九十九は肩を落としながら、シロが目当てのものを手に入れて帰ってくるのを見ていた。


「東京ケーキ、九十九は食べるか?」


 シロが手にしていたのは、東京ケーキだった。

 黄色い紙袋に、東京タワーのイラストが描いてある。だが、上部には「松山名物」と記載されていた。

 そう。松山名物・東京ケーキなのである。正確な由来はわからないが、東京ケーキという名の松山名物なのだ。

 九十九も小さいころから慣れ親しんでいるので、疑問を持ったことがない。松山中心の呼び方で、東京で同名の商品が売られているわけではないらしい。


「ありがとうございます……」


 シロが悪気なさそうに差し出してくるので、九十九は苦笑いしつつも、袋から一つ取り出す。

 いわゆるベビーカステラだ。

 まん丸ではなく、片面が平面で少し形が歪である。だが、手作りの温かみがあり、親しみやすかった。

 ほのかに温かい東京ケーキを一口で食べる。

 パンのようにふわりとした食感のあとに、モチモチとした歯ごたえ。小麦粉と卵の味が素朴で優しい。自然な甘みが胸焼けせず、いくつでもパクパク食べられそうだった。


「美味しいです……もう一個、いいですか?」

「儂もあとで食べたい。残しておくのだぞ?」


 傀儡は食事を摂れない。難儀なものだ。九十九は「はいはい」と軽く返答しておいた。


「ふむ、悪くないな……来年は、宮入りから見物しにくるか」

「え……」


 不意のことで、九十九は反応が遅れてしまった。

 口に入れようとした二個目の東京ケーキを落としてしまいそうになる。

 

 シロ様も、来年一緒に来たいと思ってくれているんだ……。


「はい……ありがとうございます」


 嬉しいな。

 東京ケーキの甘みが心にしみた。





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