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4.祭りは県民も神様も変えるんですよね




 狸や稲荷神の手も借りて、湯築屋の座敷には宴会の準備がされた。

 当初は予定していなかったが、お客様たちの希望だ。だが、人数が増えると全員の希望に添うのはむずかしくなる。

 ことに、主張の激しい神様たちの対応には、手を焼く。


「いえ……ですからね。当方、カレーライスが食べたいと言っておりまして……」

「いあいあいあいあ。お待ちくださりやがれ。せっかくなんだから、お魚を食わせてくださりやがれ」


 厨房へ行くと、なにやら、言い争いのような声が聞こえてきた。

 覗くと、お客様たちに詰め寄られる形で、料理長の幸一が苦笑いしている。


「なにを言い争っているんですか?」


 お客様同士の喧嘩は困る。九十九は毅然とした態度をとろうと、気を張った。

 お客様のわがままを聞くのは従業員の務めだが、喧嘩は御法度である。

 湯築屋の結界の中では、お客様たちの神気は制限される。好き勝手暴れられる危険はないが、それでも、無理を通そうとするお客様は少なくない。


「ああ、つーちゃん」


 九十九が現れ、幸一が笑った。ふんわりとした出汁の香りのように、優しい顔だ。自分の父親ながら、いつも癒やされる。

 詰め寄っていたお客様は二人。

 背が高いスーツ姿の青年は、大国主命おおくにぬしのみこと。髪はオールバックで、四角い眼鏡をかけており、表情がキリリとしている。タブレット端末を持たせると、令和のビジネスマンになるだろう。

 古事記や日本書紀に語られる。少彦名命すくなびこなのみことと共に、人々が安心して暮らせる土地の土台を築く「国作り」を行ったとされている。出雲大社の祭神で、代表的な国津神くにつかみだ。

 実は温泉の神様としても祀られている。

 道後温泉にも、大国主命と少彦名命の伝説が残っており、湯神社に祀られていた。ゆえに、道後温泉や湯築屋には縁深い神様であると言える。


「若女将、ちょうどいいところに。当方、カレーライスが食べたいと注文しているのですが……」


 大国主命は、たしかに、来館のたびにカレーライスを食べている。福神漬けたっぷりで。

 彼はしばしば、七福神しちふくじん大黒天だいこくてんと同一視されていた。その縁があってか、大黒天も大好きな福神漬けがたっぷりのったカレーライスが好物なのだ。

 神様への信仰の形が変わることは、しばしばあるらしい。本来の役割が薄れたり、後の世代で付与されたり。または、仏教などの伝来によって同一視されたり……そうやって、神々も変わるのだという。

 趣味趣向が似通ってくる話もあるのだと、九十九は大国主命を見ていて知った。


「今日は宴会だって言ってやがりますだろうに。カレーなんぞ食われちゃあ、においが充満するんじゃあないのでしょうかね?」


 もう一人のお客様が口をはさんだ。

 須佐之男命すさのおのみことである。天照大神の弟である天津神あまつかみ。しかしながら、少女のような見目の天照に反して、須佐之男命は精悍な男性だった……というより、一言で表すと、不良? というのだろうか。

 裾の長い学ランに、ボロボロの学生帽。服の上からでもわかるほど、ムキムキの大胸筋が張っており、肩幅も広い。

 何故だか、黒電話を小脇に抱えている。もちろん、電話線に繋がっている様子はない。

 ときどき来るので、九十九も知っている常連客だった。


 二人の主張は相反する。

 カレーライスが食べたいという大国主命の希望は大事にしたいが、カレーのにおいがするという須佐之男命の主張も納得できる。大国主命だけを個室に追いやるのも、違う気がした。


「みんなでカレー食べますか?」


 物凄く初歩的で単純な提案をしてみた。

 大国主命の顔が、パァっと明るくなる。一方、須佐之男命のほうは、やや難色を示していた。


「ご飯と寸胴を置いて、盛り放題・食べ放題です。トッピングも用意しましょう。みんなで一緒に作って食べている気分になるので、楽しいですよ」


 これは従業員にとっても、悪い提案ではない。セルフサービスにすれば、配膳の人員が少なくて済む。

 カレーは明日のお昼ご飯用に、寸胴にたっぷり作ってあったので、準備も容易だった。


「なるほどなぁ……むむむ」

「他のお客様にも確認が必要ですが、せっかくみなさまで集まるのですから、楽しくしませんか?」


 須佐之男命が腕組みした。ちょっと納得がいっていなさそうだが、もう一押しで了承しそうだと感じる。


「いでっ!」


 だが、不意に、須佐之男命の身長が縮む。いや、カクンと膝折れして、転びそうになっていた。遅れて、うしろから膝カックンされたのだと気づく。


「須佐之男。あなた……また、宇受売うずめに岩戸神楽の舞をさせようとしましたね……!?」


 須佐之男命の背後に立っていたのは、頬を上気させて怒り心頭の天照だった。日本神話の太陽神で、湯築屋に引きこもり、いや、長期連泊中の常連客だ。もうほとんど、湯築屋の住人のようなものである。

 天照をふり返り、須佐之男命は快活に笑った。


「はは! 姉上様は、宇受売がお好きだからな! 喜んでくれやがりました?」

「あなた、そういうところです! そういうところ、直しなさいといつも言っているでしょう!」


 悪気など微塵もない様子で笑う須佐之男命の足を、天照は更に蹴りはじめる。天照が暴れるのは珍しくもないが……相手が実弟だからか、容赦がなさそうだ。

 他にも親類となる神々は多いが、須佐之男命への扱いは明らかに違う気がする。ちょっと、雑だ。


「だいたい、なんですか。その黒電話!」

「え? 姉上様が、イマドキは神だって電話くらい持ちやがれって……」

「普通はスマートフォンでしょう!? 百歩譲ってガラケーです! それは、昭和の電話ですわよ。その格好も! 昭和のヤンキー漫画ですか!」

「昭和って言いやがっても、たかだか、三、四十年前じゃないですか?」

「全然違います。全然、時代について行けていません!」


 須佐之男命は面倒くさそうに頭を掻いていた。

 九十九は苦笑いするしかない。

 昭和錯誤の須佐之男命に対して、天照はなかなか最新機器が好きだった。部屋のパソコンは常に最新機種に買い換えられている。五面もディスプレイを搭載しており、いくらするのかわからないアーロンチェアまで設置されていた。

 この間は、「もうアフィリエイト収入にも限界がありますわね……わたくし、ライバーになろうと思います」と言いながら、ライブ配信の研究をしていた。最新鋭を追いかけている神様だ。


「仕方がありません。あとで、わたくしのスマホを一台差しあげます」

「ラッキー。やったぜ! 姉上様、ありがとう!」


 ええ……スマホ、そんなに簡単にあげちゃうんですね……?

 九十九は姉弟のやりとりに、顔が引きつってしまう。


「まったく。天照は……ブラコンすぎるのだ」


 いつの間にか、隣で息をついていたのはシロだ。さっきまで、消えていたくせに。


「なんというか、甘い……ですよね」

「昔からな。好き勝手させすぎだ」


 古事記において、須佐之男命は破天荒な神として描かれる。

 元は天津神であり、三貫神として生まれ、高天原を天照、夜之食国よるのおすくに月読命つくよみのみこと、海原を須佐之男命が治めるよう命じられた。だが、須佐之男命はその役目を放棄している。

 更には、高天原では好き勝手に振る舞い、天照を困らせ続けていた……天岩戸隠れの現況となってしまう。その後、須佐之男命は高天原を追放され、国津神となったとされていた。


「なんか……お二人の様子を見ていると、須佐之男命様に悪気はなさそうなんですよね……」

「悪気がないほうが、いくらか厄介だ。だのに、天照が甘やかすから……」

「シロ様、珍しく辛辣ですね」

「奴らの喧嘩にふり回されたのは、天津神(・・・)なら、皆同じだろうよ」


 シロは事もなげに言ったが、九十九は微妙な言い回しを聞き逃さなかった。

 以前から、少しずつ感じている違和感だ。

 全国の稲荷神社で祀られる宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、国津神である。それは須佐之男命が国津神となったあとに生まれた子であるからだ。

 シロは稲荷神だけれども、その言動は、宇迦之御魂神よりも古い神だと言っているような気がする。

 以前、宇迦之御魂神は「シロの母のようなもの」と言っていたが――。


「まあ、よい。あのブラコンと問題児は放っておいて、カレーに松山あげを入れる仕事をしよう」

「……それより、お座敷の準備をしますよ?」


 九十九は考えていたことを、自分の中へ留めることにする。

 カレーライスを食べられることになって、大国主命は上機嫌だ。須佐之男命は不満そうだったが、天照が現れたことで、うやむやになったらしい。

 幸一は、九十九の思いつきを実行するために、カレーの準備に取りかかっていた。





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