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1.湯築屋へ、いらっしゃいませ!

 短編版を下敷きに長編として連載します。

 序盤は同じ話が重複している箇所あり。

 1章ずつ、まとめて書けたら更新していく連載形式をとります。


短編版

http://ncode.syosetu.com/n7792dw/

 

 

 

 カランコロン。


 古き温泉街に佇む、お宿が一軒ありまして。


 元はと言えば、傷を癒す神の湯とされた泉――松山道後。

 日本最古の温泉と言われる温泉街は、愛媛の誇る立派な観光名所であります。外国人が多く集まる古都や首都ほどではないものの、近年では映画のモチーフやら、ドラマの舞台やらで、ぼちぼち注目されているようで。


 しかし、そんな観光地に在りながら、このお宿。

 そこそこの観光地の一角にあるというのに、客入りがほとんどないと言います。

 木造平屋の外観はそれなりに風情はあるが地味。看板も簡単なもので、暖簾(のれん)には宿の名前である「湯築屋(ゆずきや)」とだけ。

 暖簾を潜る客がいないのに、温泉街で宿屋を経営して行けるなど、至極不思議なことでありましょう。


 でも、暖簾を潜った客は、その意味をきっと理解するのです。


 そこに足を踏み入れることが出来るお客様(・・・)であるならば。




 † † † † † † †




「えー。ゆず、今日も家の手伝いかい?」


 高めの声に不満をたっぷり乗せられてしまった。

 毎回誘ってくれる学友に対して申し訳ないと思いつつ、湯築九十九(ゆずきつくも)はヘタレた笑みを浮かべ、振り返る。

 うなじでポニーテールの先がクルンと跳ねた。


「ごめんね。一応、バイト代貰ってるから」

「ゆーて、実家の手伝いなんやけん、いろいろ言ってサボればええんよ。君は奴隷かね、奴隷」

「そんな大袈裟な。それなりに楽しいから良いの」


 学生カバンを振りながら、九十九はヘラリと笑ってみせた。

 とは言え、毎日放課後を実家の手伝いに拘束されてしまう女子高生は、確かに奴隷の類かもしれない。例えが上手いな、と九十九は内心で友人――麻生京(あそうみやこ)を称賛しておく。


「どーせ、客が来ない潰れかけの旅館のくせに」

「だから、頑張らなきゃねぇ?」

「まあ、いっか。スタバ行くけん、ゆずの好きなスコーンをお届けしてやろう」

「やったね! 奴隷最高!」

「調子乗んな。画像に決まっておろう」

「ええええええ!」


 京は九十九にデコピンしながら、「それじゃ」と手を振った。

 その背を見送って、九十九も軽く手を振る。


「バイトかぁ」


 回れ右で家路につきながら、九十九は京に対してついた嘘を口の中で転がした。

 女子高生が学業の傍ら働くので便宜上、そのような言葉を選んだが、どうもしっくり来ない気がしている。いや、ちゃんと親から雇われているので、アルバイトであるとも言えるのだが。


 学校を出ると、路面電車の駅。

 ちょうど、一両編成の箱のような電車が停まっていたので、九十九は急いで駆けた。首の辺りでポニーテールがピョンッピョンッと跳ね、息も合わせて切れる。

 なんとか乗り込むと、中は学生だらけ。放課後なので当り前かと、一息ついて吊革につかまった。

 今日の電車はオレンジ色の古い車両だ。硬い革靴(ローファー)の踵で、木目の床をコンコンと鳴らす。


 路面電車の窓には城下町の風情漂う景色、と言えば聞こえは良いが、正直なところ九十九にとっては慣れ親しんだ日常の光景だ。

 学校を後にして、日赤病院前を通過。カーブを曲がって大通りに出たら、そのまま道後方面へ。

 いつもの帰宅コース。

 九十九にとったら、ありふれた日常。


 そう、なにもかも。


 家の敷居を跨いだ先も。


「おかえりなさいませ、若女将」


 桜咲く庭へと通じる暖簾(のれん)を潜る。

 そこで出迎えたのは、品の良い仲居さん――の姿をした子狐。


「ただいま、コマ」


 九十九は当たり前のように笑って、小さな狐を撫でた。

 橙の着物を着て、二本の足でチョンと立つ白い子狐は嬉しそうに、大きくてフサフサの尻尾を揺らした。嬉しいときに尻尾を振る様は、子犬のようだ。子狐だが。


 目の前に建つのは、塀の外から見えていた地味な木造平屋の旅館――ではなく、三階建ての大きくて古い館であった。

 純和風というよりは、明治時代のような近代和風建築。瓦屋根の木造建築でありながら、窓には色ガラスが嵌められ、中の明かりがぼんやりと透けて見える。

 外からは一本しか見えなかったが、庭には無数の桜が咲き誇り、旅館の建物を囲むように巡らされた池にピンクの花筏(はないかだ)を作っていた。

 塀の外側にあるはずの家やビルの類は一切見えず、空は藍色の黄昏に沈んでいる。


 人によっては、趣のある光景だと讃えるかもしれない。

 けれども、残念ながら九十九にとっては、これもありふれた日常でしかなかった。


「今日もお仕事、がんばろっか」

「はいっ! 若女将!」


 九十九が笑うと、コマも嬉しそうに頷く。


 ここは温泉旅館「湯築屋(ゆずきや)」。

 暖簾を潜った先は、結界――この世とは切り離された異界である。

 そして、訪れるお客様は人ではない。


 お客様は、「神様」なのである。

 

 

 

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