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008
『俺の主は無茶が過ぎるな、一歩遅れればそのまま負けていたぞ』
敵は前にいるというのにジークはいつもと変わらぬ様子でこちらに振り返った。その態度に少し緊張がほぐれる。
「それよりもジーク、どうだった今のは」
未だ威力の余波により肌がちりちりしていた。風間の使い魔の起動魔術であった。ジークの剣で真っ二つにされたそれはまだ残滓を中空に残していた。
そして、それの具合を聞いた、が。
「ッッジーク!!!」
ジークはこちらを向いていた、すなわち敵に背を向けていた。それを見過ごす風間でもない、さきと同じ魔球がすでにジークの背に迫っていた。
ジークは自分の声より一拍先に動いた。ネコ科を思わせるしなやかな動きとともに左手に拳を作り、振り返りざまに裏拳を魔球に当てた。
熱した鉄に水を掛けるような音とともに魔球は弾ける。ジークの左拳から煙が立っていた。
『素手で叩くにはちと辛いな、だがまあどうってことないな』
ジークは懲りずにこちらを向いて笑った。その笑みにつられて笑ってしまう。
『この分だとまずは俺の案の方でいいな?』
「ああ、不恰好だが仕方ない」
試験前、自分とジークはどう戦うかについて検討した。まずはその一つを実行する。
2mを優に超えるジークのその巨大な背中に子供のように負ぶさる。
「重くはないな」
自分も小さい方ではないための確認であったが。
『女子のようなことを言うなぁ』
と一笑され、少し恥ずかしかった。
だが、この恥ずかしい恰好にも意味がある、ジークは現在近接でしか戦闘手段を持っていない。だが、甚六を置いて敵に攻め込めば甚六が的にされる、そういった事態を防ぐための策であった。
『さて、しっかり捕まっていろ』
言うや否、ジークはグンと加速し、走り出した。引きはがされそうになるのを堪えるのに精いっぱいという速度であった。
即座に風間との距離を詰めれる、その速度に対して
「螺旋魔撃」
風間が呪文を唱える。それと同時にさきほどの魔球と同質の光がパイプ管ほどの太さの2本の線になり、それが絡まりながらこちらに飛んできた。
ジークはそれをすんでのところで躱す、ぎりぎりではなかった、引き付けてから避けれている、という余裕を感じれた。だが、ジークに捕まる自分の腕には一分の余裕もなかったが。
『さきのやつより威力はあるが、鈍くなってるな』
ジークは刀柄に手を添え、もう一度風間に詰め寄る。
「浮遊魔術!」
刀を抜き、斬りかかるその寸でで魔術により、風間の体が空中に浮かび上がり、ジークの刀を避けた。そして、飛び上がりながら起動魔術を連射し、数弾の魔球が降り注ぐ。
『すでに呪文を二つもか、甚六の二倍もあるな』
魔球の襲来にジークは軽口を叩きながら、すべての魔球を叩き落としていた。
「ジーク!届くか!?」
風間はすでに天井近くまで飛んでいた、高さは10mほどもあった。
『勿-------』
ジークが屈む、バネが縮むのを感じる。
『----------論だ!』
溜めを作った跳躍は一瞬にして風間の高さまで自分とジークを運んだ。そのときのGはかなりのものであったが、そんなことはどうでもよかった。
何故なら。
「ジーク!!」
目の前に届きたい敵がいるのだから。
さきほどの裏拳の要領で刀が振るわれる。それは容赦なく風間の頭部へと向かう。
キィンと高い音が鳴る。剣は風間の頭部に届くことはなかった、蒼く薄い引き伸ばされた盾により阻まれていた。
「先述詠唱・・・・!」
その正体を知っていた、呪文を唱え、すぐに発動する魔術ではなく、前もって詠唱をし、条件付けられたときに発動する魔術。それを先述詠唱と呼ぶ。
刀は弾かれ、ジークと自分は空中に放り出され、自由落下を始める。
そして、その隙を見逃すことも風間はしない。
「巨大魔弾」
さきの先述詠唱を含め、4つめの呪文であった。その効果は一目で分かった。起動魔術の魔球、頭部ほどの大きさであったが、それの3倍ほどの大きさ、巨大な魔球が放たれた。
その速度から着地と同時に着弾すると見え、それは的中した。ジークは着地と同時に屈んだ姿勢を利用し、伸び上がるように刀を巨大な魔球に振るった。
まず耳をつんざく爆音が聞こえた。そして、そののちに身体全体に衝撃が走り、衝撃の余韻が去ると身体中に痛みが走った。
『無事か!?』
耳鳴りの中でジークの声が聞こえた。
ジークは言いながら、後ろへ跳ぶ、この距離でもう一度あの魔球を放たれれば今の繰り返しになってしまうからだ。
甚六が自身を見るとかなり火傷を負っていた。それは燃え上がるような痛みであった。
「ちょっと、いやかなり痛え」
素直な感想を漏らすが、ジークに落ち度はなかった。ジークの斬撃は見事魔球を斬ったが、その爆発までは止めることはできない、ジークの後ろにいた甚六にはその余波が届いたのだ。そしてその余波は人間の強度に対してあまりにも強かった。
「反応魔壁」
風間が抜かりなく先述詠唱を掛け直す、それを見て歯噛みした。
ジークは強いのに、自分が足を引っ張っている。そう思えて、悔しさが滲む、がその感傷はすぐに消える。
下がるジークに対し、風間は浮遊魔術を使い、急降下ののち、地を這うように急接近をしてきたのだ。
その距離は最初の攻防の半分ほどであった。
「巨大魔弾」
容赦なく風間が巨大魔球の魔術を使う。それが一番効果があるのだ、当然である。
『甚六ッ!』
魔球迫る中、ジークが叫ぶ、それが何を言わんとするか、知っていた。
「-----------鬼斬!!」
自分の持てる唯一の呪文を唱える。心臓の魔力がごっそりと取られるのを感じた。もし仮にこの魔術をまた使うとして、2回、それが限界だと悟った。そして------
さきほどの焼き直しのようにジークが魔球をぶった斬る。
『さて、具合はどうだ?』
「さっきのよりは全然ましだが、傷に染みるな」
そう、先ほどよりも衝撃は少なく、魔術の爆発によるダメージも劇的に減っていた。それは風間側の問題ではない。
ジークの全身からうっすらと白いオーラのようなものが出ている。それは止まることなく湧き出て、空中に向かうと霜のように消える。それは放たれる闘気のようであった。
鬼斬。それは実体化しているジークの肉体を強化する単純な魔術であるが、単純であるが故にそれは強かった。
『うむ、では急ぐか』
魔術は術者の魔力によって継続時間が変わる。ジークと甚六の鬼斬、その制限時間はおよそ15秒足らずであった。
再三ジークが風間に飛びかかる。これもまた焼き直しのように風間が上へ舞い上がる。 同じくである、風間目掛けて跳躍する。
そして、またしても刀は振られる、同じく先述詠唱の によって刃は防がれる。
だが、鬼斬によって強化されたジークの刃は一度は反応魔壁に止められたが、まだ死んではいなかった。硝子を砕くような音とともに が砕ける、そのままの勢いで刃が風間を襲う、刃は風間の額を斬ったが、反応魔壁によって威力は押し留められ、薄皮一枚を斬るだけに終わった。
だが、そこで終わりではない、重力で下へ落ちる前に刀を返し、もう一撃入れることはジークの身体能力なら可能であった。
「簡易斥力」
しかし、それよりも早く風間が詠唱する。風間の持つ最速の魔術。単純な斥力による吹き飛ばしであった。胸部にそれを喰らったジークは叩き落とされるハエの如く地面に落ちた。
背にいる甚六にダメージを与えないよう無理な姿勢で着地をする。そしてそこを狙われる。
「巨大魔弾」
無慈悲な詠唱とともに巨大な魔球は放たれる。ジークの対応は一手しかない、それを切り裂くだけであった。轟音とともにジークと甚六がその爆風に晒される。
魔球を切り裂くとジークの周りのオーラが消えた。鬼斬の効力が切れたのだ。それと同時に達人級魔術師の魔術浮遊の効力も切れかけだったのか、風間はジークから十分に距離を取り、演習場の端に着地した。
僅かな休止、その間にジークは思う、これほどかと。この学園の平均は分からない、二人は最下位と主席である。だがしかしこんなにも差があるのか。そう思わざる得なかった。
『鬼斬が切れる前でよかったな』
ジークが語りかけるが、甚六の返答はなかった。ジークが様子を伺おうとすると、甚六の捕まっていた両腕が解け、力なく床へずり落ちた。
『甚六ッ!?』
甚六は床に倒れこんでいた。全身に火傷傷があり、腕には焼け爛れたような傷が広がっていた。
「悪い、ちからが、はいらなくなったみたいだ」
震えながらも手を着き、どうにか立ち上がる。その姿は産子のようだった。
その様子を風間は見ていた。追撃はしない、もう試験は終わり、じきに止めが入る。そう確信していた。
それはジークも同じ見解であった。それほど甚六のダメージは深刻であった。
「つよいな、あいつ」
甚六は力なく笑う。
『・・・ああ』
ジークは甚六のダメージに気づけなかったことを後悔し、目を伏せた。
「だから・・・おれの案でいこう」
だが、ジークはすぐに顔を上げた。甚六の顔を確認するためだ。
ぼろぼろで立ち姿も危なげであった。ぼろぼろであった。だが、目だけが強い火を灯していた。
「覚悟は決めてた、正直それも折れそうになったけどさ」
その目の先はジークの背後にあった。
風間廉太郎、追撃は加えないが、それでも使い魔を待機させ、油断は見せていなかった。その額には真新しい切り傷があった。血が流れ、左目を潰していた。
「あいつに届く刃があるんだ、諦めないよ」
『甚六』
「お前が点けてくれた火だ、最後まで付き合ってくれよ」
『…!!』
ジークは後悔していた。自分の主、その心の強さを見間違えたことに。諦めない心、聞こえはいいものである。だが、これからやろうとすることは執念の所業である。そして、それは向けられる者にとっては厄介極まりないことである。
『ああ俺がお前の刃になってやる、好きにやれ』
ジークの心にあった闘争心、そこに主から伝染した想いが混じる。
それを込め、敵に振り返る。それが合図となり、風間は臨戦態勢に入る。混じった想いは主と同じものを目指す。
是が非でもある。是が非でも勝つ。