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007
日本の魔術高校の中で実戦演習を取り入れている高校は月島学園だけである。その最たる理由は危険だからである。戦闘に向く使い魔の魔術は兵器そのものである。未熟な魔術師同士が生身に対してそれを放つのは自殺行為に近い。だが、それでも実戦の経験はなによりも糧となる。だからこそ月島学園は日本有数の魔術学校足り得るのだろう。
月島学園の施設の一つ、総合館、その中に設けられた戦闘演習室にて試験が行われる。そして今自分がいるのはその戦闘演習室の両端に設けられた控室であった。
白装束のウィッチャーが一人、そして月島学園の数少ない教員、その一人笹島草介教員がそこに入ってきた。
笹島は1組の担当であり、生徒からの信頼篤く、明るい茶の髪と縁なしメガネそれによく似合う風体の男であった。
笹島が髪をかきあげながら自分にバインダーを手渡した。
「簡単に言えば試験に僕とウィッチャーの人が監督しますよってのを許可するサインさ」
自分がバインダーに挟まれた書類に目を通してくれると快活な笑顔とともに説明をしてくれた。
「ああ、あと向こうもおんなじことやっているから古海先生もだね」
サインをし、手渡す。
「君にとって厳しい試験かもしれないけど、可能性はゼロじゃない。学園長の魔術で死ぬことはまずないし、なにかあれば僕たちが止めに入る。気兼ねなく頑張ってね」
笹島の激励もあまり耳には届いていなかった。胸中は人間の持てるすべての感情がうねっているのではないかと思うほど混沌としており、その中の火だけを見ることに必死であった。
「さあ、時間だ。行こうか」
深く、深く息を吐き。立ち上がる。
笹島の誘導の元に廊下を行く、笹島と白装束のウィッチャーは観覧室に向かうため途中で別れる。だが、もう迷うこともない目の前には薄暗い廊下が一本、その最後に扉があり、その先に試験が待っているのだ。
『手、震えているぞ』
呑気そうなジークの声になぜか笑ってしまう。
「ほっとけ」
『それほど真剣なんだ、恥じることはない』
その言葉にしり込みしていた一歩を歩く。その勢いに任せてズンズンと進む。すぐに扉に行き着き、戸を押す。
「ありがとな」
重いその扉は軋みながらもゆっくりと開き、線のような光が射し込む。恐れはある、竦みもある、だがそれでも扉は開いた。
眩しさに目を細めながら初めて入る実戦演習室を見渡す、およそグラウンドほど白いタイルが敷き詰められていた。そして、左右にガラス張りの部分があり、おそらくそこから教員とウィッチャーがこの試験を監視するのだろう。
演習室中央には二人の人物がいた。一人は風間廉太郎。強い視線でこちらを見ていた、そこには一切の油断はない。もう一人は巨大なダルマというイメージしか湧かない特徴的な顔をしている男。この学園の学園長、月島源之助であった。
二人の元へ向かう。目は伏せ、風間と合わせない。
「それでは遺恨なく良い勝負を-------------慈愛の天王」
学園長の起動魔術により、一体の使い魔が召喚される。その姿は巨大な白の修道服を纏った天使のようだった。見ずともそこにいることを感じられるほど大いなる存在。WWUに申請登録が必要となる級の使い魔であった。
「終焉回帰」
終焉回帰。この学園で実戦が行える理由の呪文が詠唱される。その魔術により被術者は一度死を迎えたとしても蘇生されることになる。神のごとき魔術、その圧倒的な魔力の奔流に息を飲む。無論この魔術、無条件で使えるわけではなくいくつかの条件と場所を満たした場合のみ効力を発揮する限定魔術であった。
終焉回帰が風間に掛けられる。風間の周りを眩い光粉が包みこみ消えた。それはまるで祝福のようであった。
同じく自分にもそれが掛けれる。体調に変化はないが、これで最悪致命傷を受けても死ぬことはなくなった。
グッと拳を握る。それは震えを隠すため。掌に臆した心を置き、それを潰す。もう覚悟は決めている。勝つために必要なことも分かっている。
「教員の判断もしくはギブアップで決着だ、分かっているな」
学園長の低い声に小さく頷く。まだ風間の顔は見ない。
学園長が下がり、自分と風間も演習室の端まで下がる。あとは開始の合図が鳴れば自分と風間、最下位と一位の戦いが始まるのだ。
「俺の話、覚えてるな」
視線は伏せながら小声で問う。
『おう、だがそれは相手の力を見てからだ』
ジークの声は固かった。戦闘の前という要因だけではないのは分かっていた。
もう数秒で開始の合図が鳴る。そう思い、顔を上げた。遠い、表情もうっすらとしか見えない距離、そこで風間と目が合う。
思い出していた。
「開始10秒前」
古海のアナウンスが入る。拳を握る。
思い出していた。今までのことを。
9
月島学園に入り、最初のテストがあった、筆記であった。
8
学力には自信があった。点数が張り出されすぐに見に行った。
7
クラス9位、真ん中も真ん中、少しショックであった。
6
よく見ると9位は二人居た、そいつは隣で結果を見ていた。
5
そいつは風間廉太郎という名前だった、目が合うとすぐに逸らした。そいつに負けたくなかった。
4
努力した、風間に負けないよう。
3
努力した、風間に追いつくため。
2
遠くなるあいつの背中、自分の足は止まってしまった。
1
もう二度と立ち止まらないと誓った。
「開始」
古海の声とともにブザーが鳴る。二人の距離は遠いが、それでも一般的な魔術で言えば十分射程圏内といえた。
起動魔術は初歩の魔術であるが、直撃すればそれでケリとなる威力である。すぐにでもジークを召喚したい願望に駆られる。
だが、出さない。理由は一つ。魔力の温存にある。彼我の魔力差は埋めれない、さらにジークの起動魔術の実体化は常時発動しているもの、実体化中は常に魔力を使うものであった。
故に後手に回る。どれほどの利があるか分からない、が、実力差は天と地である。それを埋めるためならなんだってするべきだ。
「達人級魔術師」
風間が起動魔術を唱える。風間の背後に黒いローブを纏った男が現れる。ローブには金糸による刺繍が施されており、その出で立ちは荘厳であった。
『来るぞ』
ジークの言葉、それは召喚しろ、という意味だったのかもしれない。だが。
風間は使い魔を召喚するだけに留め、起動魔術を撃たない。こちらを警戒しているのか、それとも後手を取りたいのか。
「まだ、温存だ」
限界、表面張力のような緊張感があった。風間が平常時のように歩み寄ってくる。それに黒ローブの使い魔は追従する。水面が荒立つ。心臓が唸っていた。だが、すでに覚悟は決めていた。勝つために必要なことは全部やる。
風間が演習場中央に陣取り、そこで止まる。
『いよいよだ』
ジークの言葉に引き攣った笑みが出た。風間が右手を掲げ、自分に向ける。それは遠距離攻撃を持つ使い魔を使役する魔術師が凡そとる動作であった。使い魔との連動を高め、命中精度を上げる動作。
風間の使い魔がその動きに呼応し、長いロープから猛禽類のような腕をするりと出す。その手に頭部ほどの大きさの光球が生まれる。それは蒼い炎のようであった。
そして、炎の揺らめくような音とともにそれは放たれた。弓矢よりは遅く、丁度ゴムボールを全力投球する程度の速さ。
「------ッ!ジーク!!」
限界、表面張力が切れる瞬間、そいつの名を呼ぶ。
最速で自分の前にそいつが現れる、黒斑の白着物がふわりと舞う暇もなく、そいつの目の前で爆発が起きる。
だが、魔球が当たったわけではない、召喚とともに甚六にも風間にも気づかせぬほど速く大太刀を放ち、魔球を両断したのだ。
爆音の残響も消えぬうちに残心を以てして、納刀する。その所作はまさしく剣客のものであった。
誰もが刮目した。甚六が、風間が、古海が、ウィッチャーが、それらの驚きは全て同じ原因ではないが、それでも同一の想いがあった。佇まい、行動、表情、そのすべてが華々しいと。
剣鬼ジーク、堂々の見参であった。
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