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006
夜が明けていた、いつ寝たのか定かではなかったし、身体の重さからしてあまり眠りは深くなかったことがわかった。
二階にある自室から一階のリビングへと降りる、頭は少し重いようにも感じた。今日が試験日ということは分かっていたのに体調管理ができていないとはどうしたものか。
リビングでは父が朝食を作ってくれていた。二人とも朝は軽めなので野菜スープとトーストだけである。
スープをよそっていた父が振り返った、自分と同じ長身で面長である、その顔には穏和そうな顔つきがあり、そこに丸渕のメガネを掛ければ父である。
父は自分を見て、少し目を見開いた。
「元気そうだな」
ニッと笑う父の顔、見ると顔が綻ぶ、そんな笑顔であった。
「うん、元気かもしれない」
そう返すと父は冷蔵庫からミルクを出した。
「そうか、元気が一番だ」
「父さん」
声を掛けると、父は動きを止めた。
「今まで心配、かけたかもしれない・・・・ごめん」
「大丈夫、全然平気だ」
「あと・・・頑張るから」
父が口を開け、少し思巡した。
「ああ、頑張れ」
そう言い、親指を突き出す父を見て、やはり父は親父なんだなと思ってしまった。
いつものように自転車で学校へ向かった。校門から教室までの道のりでいくらかの生徒とすれ違ったが、その表情は厳しく、張りつめていた。
当然である。今日を境にこの学び舎を去ることになるかもしれないのだから。それにただの学び舎ではない、この世で最も高等な職である魔術師、それを育成する国内指折りの学校の存続権を賭けた戦いが始まるのだ。自然、表情は引き締まるもの。
教室の扉を開ける。数名のクラスメイトの視線が刺さる、がすぐにその視線は逸らされる。そんな中、一人、自分と目を合わせたものがいた。
風間廉太郎。このクラスでトップを取った男、つまりはこの日本で数番目に強い魔術学生だ。
目が合っていた。大きな眼であった。そこに掛からないように髪は中分けされている。言葉は交わさないが、目は逸らさない。胸の中に熱が生まれるのを感じた。
「いいよなぁ、風間は」
目線の交差はクラスメイトの声で途切れた。風間の前の席に座る吉本が振り返ったのだ。それに合わせ、藤沢などいつもつるんでいる面子が風間の周りに集まった。それはきっと緊張をほぐすためだろう。
「相手が井藤とか勝ち確じゃん」
吉本の言葉に周りは火が着いたように乗りだす。
「万年ビリ対一位っていじめじゃん」
「あーあ、俺も井藤とやりたいわ」
『言われたい放題だな』
罵倒の言葉を聞きながら席に座りこもうとすると頭の中に声が響く。ジークである。返事をしようとする直前、荒ただしい音が聞こえた。
風間が乱暴に椅子を引いた音だった。その行動に周りの人間は静まった。
「お前らはそうやって下ばかり見ているからこの学園を去ることになるんだ」
風間は今まで接してきたクラスメイトに鋭い一瞥と言葉を喰らわせた。
「試験が始まるまで集中したい、誰も着いてくるなよ」
風間はそう言い、教室を去った。その歩みがいつもと同じく堂々した速度であったのが印象的だった
風間の一連の行動が教室に静寂を与えた。が、それも少しずつ平常に戻る。何か変化があるとすれば先ほどまで風間を取り囲んでいた集団の的が自分から風間に移っていることぐらいであった。
『手強そうな相手だな』
「ああ」
相手は一位、慢心もなくそれゆえ油断もない。まさに超えること不可能な壁と思えた。
『だが勝つぞ』
気力は衰えない。この心臓にはまだ炎が灯っているのだから。
校内アナウンスが鳴り響く、それは学内の校内緑園にいてもしっかりと聞き取れた。施設中に設置されたスピーカーから出る音はこの学校の教員、針葉教員の声であった。内容は呼び出し、呼ばれる人数は二人ずつである。そしてこの呼び出し放送は7回目であった。
呼ばれた人数は14人、1組のクラスは合計18人、自分は2組であった。
『次の次か、そろそろ休憩して魔力を回復するか』
実体化し、地に足を着けているジークがこちらを振り返った。ジークの前の地面には深々と鋭い亀裂が走っていた。大太刀の一撃によるものだった。
「おうけい、ただしその穴を埋めてからにしよう、バレたら殺される」
そう言い、ゴロリと大の字になる。その様子を見ていたジークは抜いた刀の峰で肩をポンポンと叩いた。
『俺が?埋めるのか?これを?』
「誰がその溝を作ったんだ?」
『そりゃお前さんの命令だ』
「…」
諦めて立ち上がる、初夏前だというのに額には汗が浮かぶ。それは運動による汗ではなく、集中による、つまり魔術行使による発汗であった。
自分がジークと契約し、これまで過ごし手に入れた呪文は一つであった。それは明らかに少ないものであるが、もとから予想はついていた。問題はそこではなく、この配られたカードの全容知ることであった。魔術師は使い魔から呪文を授かるとその魔術の効力を知ることが出来る。が、それは何が起こるか、というだけであり、どの程度かまではわからない。
それを把握する必要があった。自分の持つ少ないカード、それがどういったものでどのタイミングで切るべきなのか、それを知ることは格上相手と戦う場合絶対条件となる、とジークが教えてくれた。
なんだかんだで二人で穴を埋めていると、ジークがふと顔を上げた。
「どうした?」
『誰かくるぞ』
ジークの声に咄嗟に起動魔術を解く。
『まだ遠いとこにいる、ばれてはないぞ』
その言葉通り急いでジークの実体化を解き、戻したが、たっぷり時間をかけてその人影はきた。
「井藤くん?」
木陰から遠慮がちに覗く影は知っている顔であった。こじんまりした小動物のような知人。綾部あゆみであった。
「どうした?」
「うん、教室にいなかったからここにいるかなって」
彼女はそう言いながら、木陰から出ようとしなかった。こちらは疲労もあったため近くの具合のよい場所に座った。
「教室、雰囲気悪かったしな」
腰を降ろして一息つくと体内の失われた魔力がじわじわと戻っていくのを感じる。
綾部が次の言葉を発そうとした、がそれと同時に校内アナウンスが始まった。1組の最後のペアが試験に呼ばれていた。
綾部はそのアナウンスが終わるまで待つと
「次、だね」
両手を胸の前で組み、そう言った。その顔には心配と書いてあるかのようだった。以前ならその思いやりさえ迷惑と感じていただろう。だが今は心配させて申し訳ないとさえ思える。だから、その思いを言葉にする。
「大丈夫・・・・頑張るから」
「死にもの狂いで戦って、それできっと勝つから」
意外であっただろう、綾部はいつも下がり気味な視線を上げた。
久しぶりにしっかりと目があった気がする。
「だから、お前も頑張れよ」
その目はすぐに逸らされそうになったが、自分の言葉がそれを繋ぎ止めた。数秒か十数秒か視線は繋がっていた。
「うん!」
1年半の中で一番大きな綾部の声を聞いた。それがなぜか嬉しかった。
その想いも熱となり、また自分の胸に込められていくのを感じていた。
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