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ファミリアコネクト!  作者: AtoZ
第三章 避けられない戦い/魔術世界
39/40

③-10

038

 中東―スーリア。紛争の傷口がまだ生々しく残るその国では国連の支援もほぼ無いまま自力で立ち直ることを要求されていた。無政府に近い現状ではそれは夢のまた夢、残された人民たちは緩やかに死に向かっていた。


 絶望だけが残されたその土地と金網の国境を挟み存在する国がある。レンド小国と呼ばれる国。そこもまた不確かな国であり、確かなものは暴力だけであった。


 レンド小国の首都、レムナントを一台のワゴン車が走っていた。スモークガラスが張られたその車、車体にペイントされたある組織のエンブレム、それを見て全ての車両が道を譲っていた。


 その組織は国の実権を握っていた。警察との癒着、そして現最高権力者の軟禁を完了しており、他国からの介入に対して武力行使を行う組織。

 ガウトファミリー、実直に言えば麻薬組織(カルテル)であった。


 ワゴン車がレンガ造りの家々が立ち並ぶ通りで止まる。スーツを着た浅黒い肌の男たちがまず降り、周りを確認したのち、スーツの男の一人が扉を開け、その男を迎えた。


 恰幅のいい男であった。浅黒い肌にハーフパンツとアロハが似合っていた。がサングラスの奥の眼光は昏く粘度を持った眼光をしていた。


 スーツの男が二人、サングラスの男に追従する。一人が残り、車に戻った。


 三人は変哲のない建物の外付けの階段を登り、扉を叩いた。


 数秒後、その扉の鍵の開く音とともに開いた。アジアン系の二十代の女性が覗いていた。


 警戒、それをありありと滲ませた視線を三人に浴びせたあと


「…入って」


 そう消え入りそうな声で呟いた。スーツ二人が指示を乞うようにサングラスの男を見た。


「気を引き締めていこうか」


 男はニヤリと笑い、部屋へと入った。空調の利いたエスニック調の部屋であった。家というより事務所といった部屋であった。


 中央にテーブルがあり、それを囲うようにソファが置かれていた。客人を迎えるように正面に黒人の女性が、その左右に北欧系の男とラテン系の少年が座っていた。


 その全ての視線を受けたサングラスの男は彼らを一瞥し、笑った。


「人種のサラダボウルだな!」


「マスタ・ジャンク…カルテルのNO.2が直接顔を出すのかい?」


 黒人の女はサングラスの男をそう呼んだ。男は笑みを強めてソファに深く腰掛けた。


「俺を知ってるのか、なら話が早くて助かる」

「知ってるも何もこの国の首相よりも有名な人間じゃない」


 黒人の女が座る後ろには扉があった。その奥からは微かに水音が聞こえていた。


「お前たちと、あとは…」

「…アタシはマムと呼ばれている、あの子が“(クー)”」


 マムはアジアン系の小柄な少女を指した。少女はジャンクの視線を受けても全く表情を崩さなかった。


「彼が“(スーロン)”」


 北欧系の男が指される。その男は、男は傷だらけであった。


「………」


 異様な雰囲気であった。褪せた金の短髪、その下の顔には、そして長袖の下から見える手にも、無数の古傷が残されていた。眼光は重たく、ただ冷徹にジャンクを覗いていた。


「この餓鬼が“(エン)”」


 最後に紹介された少年は、不機嫌そうにジャンクを睨んでいた。名の通り炎のようなその髪を逆立たせて。


「マフィアがうちに何の用だよ?」


 炎はまるで野犬のような子供であった。その険の強い顔でジャンクを睨んだ、が。ジャンクもまた、踏んできた場数が違う。こういう手合いの人間に絡まれたときの対処も心得ていた。


「ここにいる人間だけか?お前らだけで、魔術傭兵団“ヴァローナ”でいいのか?」


 ジャンクは主格であろうマムだけを見て話していた。そして、それを見てマムは目を細めた。


「あと一人いる、うちの団長(リーダー)だ」

「ほう、あと一人、ではたった5人でスーリアであれほどの戦果を挙げたのか」

「…もとは7人、一人は捕まった、一人は殺された」

「…あの戦場の真っただ中にいて損失は二人か、強いな」


 ジャンクは笑いながら、胸ポケットから煙草を取り出し、咥えた。後ろで控えるスーツが火を寄越そうとしたその時。


 一瞬の火花が散ったのち、紫煙が中空に舞った。


「マフィアがうちになんの用だ?」


 炎の言葉が静寂に響いた。その炎の後ろには微かに残る影のような存在があった。魔術を知らない者にとってはそれは幻に見えるだろう、知る者にとってはその速度の使い魔の取り扱いに驚愕を隠せないだろう。


「火、ありがとな坊主」


 ジャンクは動じず、煙を吐き出す。空調に揉まれ、紫煙が乱舞していた。


「勿論仕事の話をしに来たんだが、あんたがたのボスは誰だい?」


 ジャンクの言葉、その直後にマムの後方の水音に一つの音が混じった。それは。


「オエエエエエッ!!」


 紛れもない吐瀉音であった。その音ともにマムは肩を竦めた。


「悪いね、団長は今二日酔いさ、話はアタシを通して伝えておくよ」

「…そうだな、そうするほかぁないみたいだな」


 マムの言葉にジャンクは苦笑を重ね、返した。


「ただねぇ、話を聞くのはいいけど、多分あんたの仕事は受けないよ」

 

 ジャンクの表情が僅かに動き、マムもそれを見ていた。


「団長の意向でね、うちは仕事を選んでる」

「…仕事を選んでる、当然だな、で、それがうちの仕事を受けないのと何の関係がある?」


 空気というものの流れが見えるのであれば、今現在それは歪み、その屈曲ははち切れんばかりであっただろう。


 その部屋にいる者全てが暴力に敏い者であった。全員が、すでに暴力の香りに気づいていた。


 そして、その引き金を持つ者同士の視線が絡む。


 マムとジャンク。双方が引き金に指を掛けていた。


「鈍い男だねぇ、気ぃ遣って遠回し言っちゃ伝わんないのね」


「――――三下の仕事なんざ受ける気はないって言ってんだよ」


 ジャンクの周りの空気が、膨れ上がるのを感じた。ジャンクは言葉を発さずに部下を動かした。ジャンクのその意思に呼応するよう懐から小銃(サブマシンガン)を取り出し、躊躇なく銃口をマムへと向けた。


「ぽっと出のド素人どもが商売を選ぶか、滑稽だな」


「俺はどっちでもよかったんだぜ、温厚に、ビジネスパートナーとしてお前らを扱うのも、力で抑えて従わせるのも」


 ジャンクが煙草を握りつぶした。そして、それが合図となり、引き金が、


 引かれるはずだった。


 事は一瞬であった。それを察知させる前に済んでいた。


「…………」


 小銃を持った男2人の顔面から黒煙が立ち込めていた。数秒遅れて二人は棒のように床に倒れた。


 ソファから立ち上がり、冷めた目でそれを見ていた炎、背後には燃え盛る炎があった。

「二連・紅玉(こうぎょく)


そして、その炎を纏う動物がいた。背中を丸めていたが、その大きさは2m余りはあった。毛皮を炎にくべた巨大な猿であった。その火猿は酸素を失った炎のように消えていった。


 顔を焼かれた二人には何が起きたか分かっていなかった。魔術傭兵の者たちには、炎の魔術“二連・紅玉”が飛び、それがさく裂したのを認識していた。


「三下のチンピラ連中、まだなにかあるかい?」


「……………」


 マムは抑揚もなくそう告げた。彼女たちにとってジャンクはすでにどうとでも出来る存在であったから。


 交渉のテーブルに着くには持ち寄らねばならないものがある。それは相手と同等、もしくはそれ以上の武力である。それを持たぬ者に交渉は出来えない。


 この国に、極貧の国にいる者なら誰でも知っている。マムも、そしてジャンクもまた知っているのだ。


「…俺はどっちでもよかったんだがな」


 知る者は焦ることなく煙草を投げ捨てた。


「対等に仕事として雇うのも」


「力で捻じ伏せることも、どっちでも」


 ジャンクもまた知っているのだ。


 制することには力が必要だと。そして、今この世界で最も強力な力とは魔術であるということも。


「「「!!?」」」


 傭兵集団の全員が異変に気付いた。自身の魔力知覚が総毛立つのを感じた。強力な力が迫っている、ジャンクから発せられるものではない、その力はどこからか。


 最も優れた魔力知覚を持つマムが、最初に気づいた。その突如認識に入ってきた強大な力、その出所を。


 ―――――――真上。


 マムが天井を仰いだ、そしてそれに遅れ、塔も傷も炎も上を見上げる。それと同時に。


 無音、音を全く発さずにそれは起きた。天井が円状にくり抜かれていた。くり抜かれたその質量はどこにも存在せず、そして。


 交渉の場、そのテーブルには、光の両翼を生やしたそれがいた。


 それはマントに身を包んでいた。フードの奥から伺える顔はまだ幼い少年のようであった。浅黒い肌、それに幼い表情、艶のある黒髪。それらは美しかったが、それでもそれに目を止める者はいなかった。


 異形の羽、青白い双子葉のような光翼を三対背負っていた。それらが全て高密度の魔力を宿していた。


 明らかに魔術の所業であった。そして、突如現れた少年、彼が従える使い魔は、現在彼の上方1000m先であった。


「お前らが利口であればこうはならなかった、まあそんな話をしてもなんの意味もないんだがな」


 交渉のテーブルに着くには、同等かそれ以上の力が必要である。


 そして、今、マムたちその権利を失ったのだ。


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