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ファミリアコネクト!  作者: AtoZ
第三章 避けられない戦い/魔術世界
37/40

③-8

更新遅れてまことに申し訳ない、頑張ります。

036

「目的はWWUを打ち砕くことだ」


 無音の監獄にその言葉が響いていた。それはリコイルに、そしてネーハに、確かに届いていた。


「戦力の増強」


「敵戦力の削減」


 メンヒアは静寂によく響く、低く、澄んだ声でそう続けた。


WWU(うち)の戦力を削る?どうやって?」


「もう気づいているだろう?やつらが世界に魔術の脅威を教えたことを、そしてその結果何が齎されるか」


「……査察か」


「そう、国連の査察が決まっているはずだ、おそらく私の引き渡しと同日に行われるだろう。新聞など見なくとも分かるさ、そしてその査察の意味も簡単だ、予想以上の脅威を持つ組織、それを査察するということは勿論目的はその組織の収縮だ」


 メンヒアの言葉、そこに矛盾はなく、彼の供述に疑問も猜疑もなかった。だからこそ、リコイルは努めて冷静に煙草を取り出し、火を点けた。


「ネーハ、質疑は仕舞いだ」


 リコイルは煙を吐き出しながら、無造作に魔術を使った。起動魔術である。煙にまみれながら、リコイルの使い魔が姿を現す。


 ネーハはその様子を見飽きたのか、それとも見たくないのか、目を伏せながら使い魔を消し、手元の録音機を切った。


「…ほう」


 メンヒアが感嘆の声を上げた。幾つもの戦場を渡り歩いてきた彼でさえ、その使い魔の姿は気圧されるほどの悍ましさがあった。


 女性の首であった、口がだらしなく開けられており、目には黒い目隠しが巻かれていた。痛んだブロンドを下げている。首が途中で途切れている、その先には脊髄が生えているのみ、その骨もまた数センチ先で無くなっている。


 リコイル・ヨアヒムの使い魔であった。そして彼の使い魔が現れた瞬間、メンヒアの両手首に黒い、入れ墨のような跡が浮かんだ。


「…む」

「戦場で、奈桐に黒いナイフで刺されただろう、それ、俺の魔術」


「ウィッチャーは全てのことに対して高水準な能力を求められる、がそれ以上に何かの最高峰(プロフェッショナル)でなくてはならない。俺の場合はそれがそうだ」


 リコイルの使い魔から高濃度の魔力が発せられる、それは確かなエネルギーとなり、部屋を満たした。


「魔力の封印か、確かに特異的で希少な能力だ」


「だが、わかるなウィッチャー、国連が引き渡せと言ってるのは魔術が使える私だ、だから今私の封印を解くのだろう」


 メンヒアは嗤う。全て想定内であるからだ。今回のスーリア紛争、WWUによる捕縛、そして国連への引き渡し、その全てが予想通りであった。


 国連は魔術に対しての知識も戦力も浅い。だからこそ、メンヒアのような人材を放っておく訳にはいかないのだ。


「さあ、私の封印を解いてくれ」


 全てを悟っているメンヒアの嗤い。そして、それを見つめるリコイル、その青い瞳には昏い覚悟が灯っていた。


「――――――ああ」


 高濃度の魔力の発散、それののちメンヒアの両手首の黒い文様が液体のように空中に飛び出し、そして消えた。


「ふむ、これで私は魔術師に戻ったわけだ」


 メンヒアが手首を回し、具合を確かめる。


「随分調子がよくなっただろう?今まで施していた封印は魔力の対外噴出を押し留めるものだから長期的にやると失調が出る」


 紫煙は揺蕩う。リコイルはそれを見つめ、思う。自分が所属する組織、その先を。そして、揺蕩わぬ断固たる自らの意志を。


「縛法・黒槍――斑留」


 生首の使い魔が呪文に呼応し、口を開く。そこから吐き出される黒い靄が、ゆっくりと槍の形を成す。


「こっちは魔力の発生源の活動を封印するものだ、高くつくぜ」


 リコイルの笑みにメンヒアは目を細めた。


「いいのか?国連の意に沿わなくて、査察も近い、正しい選択とは程遠い」


「お前は一つ勘違いをしているからな、それを正しといてやる」


 リコイルが軽々と槍を持ち上げ、その切っ先をメンヒアの胸元に突き付ける。


「WWUは国連の狗じゃない。ウィッチャーは世界の魔術的均衡を監視する天秤の担い手(バランサー)だ」


 ズクっと肉を掻き分け、槍が押し込まれる。そこに痛みはない。ただ、黒いそれが肉に浸みこんでいき、自らの活力、魔力の根源を包み込む、そんな感覚があるのみだ。

 黒き槍が液状化し、メンヒアの身体に巻きつく、封印完了の合図である。そしてその封印はリコイルの了承なしでは外すことはほぼ不可能である。


「行くぞ、ネーハ」


 リコイルは踵を返し、ネーハもそれに続く。


『二壁開けます』


 インカムの音声ののち、監獄の壁が上がる。二人がその奥へ進むと、二壁は閉じ始める。そのわずかな間、リコイルは昏い目で振り返り、メンヒアを見た。


「じゃあな、元魔術師」


 すぐに壁は落ち、メンヒアの表情を見ることは叶わなかったが、リコイルは気にしてない様子であった。


「………お疲れ様でした」

「ああ、お互いにな」


 二人は監獄内を上へと昇る。上とはすなわちWWUの本拠地である。監獄は構造上エレベーターの直通が存在せず、ワンフロアごとに逆端に行かなければ昇降機が存在しない造りである。


 二人はその間も口数は減らない。と言っても世間話などではないが。


「どうだ?あいつに掛けられた記憶保護の魔術は」

「んー、正直凄いもんですよあれ」


「私一人じゃ無理ですね、専門外れてますし。早矢子さんと組んでも三日ぐらい掛かりそうですねぇ」

「…そんなにか、分かった早矢子には俺から話つけとくから、お前は一旦休んでろ」

「…リコさんもそろそろ休まないと死にますよ」

「ああ?俺も早矢子に話通したら寝るよ」

「そうですか、まあ貴方が早く死ぬことはいいことですけど」

「は、そうだな。早く重傷負ってお前に使い魔託して余生を過ごしたいね」

「…意識の低い人ですね」

「馬鹿言え、こんな仕事はのらりくらりやんねえと持たねえよ」


 リコイルがそう言い、力なく笑うと二人の目の前のエレベーターのドアが開いた。


 監獄とは全く様式の違う煌びやかなオフィス。三階まで吹き抜けのエントランスでは多くの職員が忙しなく行きかっている。


「忙しいのは誰も一緒ですね」


 スーリア紛争、それが齎した波紋は確かに世界を、WWUを揺らしていた。







 WWUは魔術的均衡を保つ組織である。それゆえ魔術に対しての情報には常にアンテナを張っていなければならない。集った情報を人の目で確かめなければならない。


 WWU情報処理部はムッとした雰囲気に包まれていた。そしてそれがその場所の常であった。蠢く職員たちは全て生きた屍のようであった。


そして、その様子を一段高いデスクで見守っている女性がいた。名前を月島早矢子といった。

 日本人である彼女もまた眼鏡の奥のその目は淀んだ池のようであった。それもそのはず。


「――――さん!」


 彼女もまた黒い長髪のキューティクルが痛むほど長い時間作業を続け、心身ともにボロボロのぼろかすになっていたのだから。


「早矢子さん!」


 早矢子は呼びかけにハッとし、数回瞬きをした。口の端から落ちたよだれを話しかけた職員は見て見ぬ振りをした。


「ああ、ごめん、今めっちゃ気持ちよかった」

「でしょうね、僕も今なら睡眠一分に金払えますよ」


 職員はそう言いながら早矢子のデスクに資料を置いた。


「ああ、李くん。少し仮眠とってきな。昨日から寝てないでしょ?」

「…僕は昨日からですけど早矢子さんはいつからっすか?」


 李と呼ばれた職員はそう言い、力なく笑うと自分のデスクに戻って行った。それを見送った早矢子は肩を回しながら資料の山に手を伸ばした。


 ゴンゴンと、荒々しく情報部の扉がノックされた。が、誰も気づかない振りをして作業を続ける。


 しかしノックは鳴りやまず、ノックの主は痺れを切らしたのか、扉を開け放った。


「邪魔する、早矢子はいるか?」


 ノックの主は黒髪を後ろに流したヨーロッパ系の男―――リコイルであった。


「リコさん、入るときはノックしてくださいね」

「おいおい、一生分のノックはしたぜ」


 リコイルはそう言いながら早矢子のデスクに腰を降ろした。


「もう仕事を増やさないでください!!」

「あー、仕事だ。ネーハと組んでメンヒアの記憶プロテクトを解いてこい」


 リコイルはそう言い、缶コーヒーを差し出した。


「プロテクト?ネーハ一人じゃダメなんですか?」

「お前と組んで三日掛かるそうだ」

「にわかに信じがたいんですけど…」

「まあ、文句は垂れてもいいけどやってくれよ」

「分かって…ますよ」


 早矢子が言葉に詰まった。それはリコイルとの会話の間に職員がおずぞずと近づいてきたからだ。


「…厄介ごと?」

「厄介ですぅ…」


 カナディアンのまだ若い女は泣きそうになりながらも資料を差し出した。そして早矢子はスッと目を通し、眉をひそめた。


「ごめんなさいぃ、気づいちゃってぇ」

「いえ、優秀よ、ホント素敵。泣きそうだわ」


 早矢子は泣きそうな職員を抱きしめ、慰めた。それを見ていたリコイルは


「あー、うちの用事はどうなりそうだ?」

「…これの次になるわ」

「そんなにか」

「ええ、極東、私の故郷、それも私の母校で見つかったらしいわ」


「――――指定使い魔が」


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