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ファミリアコネクト!  作者: AtoZ
第三章 避けられない戦い/魔術世界
36/40

③-7

035

「井藤奈桐ではないのか」


 初老の落ち着いた男、メンヒアがベッドに腰を降ろしそう言った。彼は枯れ木のように細かったが、ベッドは軋みを上げた。


「俺じゃ不満かい?」


 リコイルが丸椅子に座った。結果ネーハは座る場所をなくし、仏頂面でリコイルの後ろに立った。


「いいや、会話は知能が寄っている者同士でこそ楽しめるもの。君は聡明そうだ、退屈しのぎにはなるだろう」


 メンヒアがニヤリと笑うと同時に。


「――――――――百目(ブック)監視人(タルトルト)


ネーハが使い魔を出した。餓鬼のように痩せ細った裸体に檻のような兜を被せられた使い魔。そして、その檻の網目全てから眼光を感じれた。まるでその兜の中には幾百の眼球があるかのように。


「お前はWWUの質疑に答えなかった」

  

 リコイルは机の上の数枚の紙を取り上げた。そこにはいくつかの質問事項とその空欄があった。


「答えなかったのではない、紙面上の会話が苦手なのだ、私の仕事は“言葉”を使うものだからね」

「…話してもらうぜ、それに監視(センサー)もつける」


 リコイルの親指がネーハの使い魔を指していた。


「嘘つけば俺が罰する、いいな」

「…構わないさ」


 メンヒアがベッドを軋ませ、座り直した。


「…スーリア、あれは大きな仕事だった」

「……」

「ああ、君たちが知りたいのは非正規魔術師、いや魔術傭兵のことか」

「そうだ、何故あれほどの数の魔術師が危険な傭兵なんぞに手を染めているのか」


 リコイルとメンヒアの視線が絡む。メンヒアは目を伏せ笑った。


「その理由はお前らのせいでもあるんだがな」

「…何?」

「魔術傭兵、その誕生には大きく分けて二つの理由がある」


「一つ、先進国や発展途上国ではない、末端の国々、そこにはまだWWUの管理が及んでいない、つまり」

「使い魔の現界が管理されていない、誰もが使い魔を得て魔術師になれる可能性がある」


 リコイルの言葉にメンヒアは満足そうに首肯した。


「そうだ、誰もが魔術師になれる、だがその魔術師になるものたちはなんだ?いまや極貧国では紛争、内戦、テロ、革命が目白押しだ」

「鉄火場には事欠かない…戦争孤児か」


「うむ、いまや中東、アフリカでは戦争孤児を見ないことの方が難しい、あとはそれを操る者、そしてさらにそれを操る者、そのどれもが戦場での生き方しか知らない奴らばかりだ。そんな奴らが使い魔という兵器を知ればどうなる?」


「ふん、それを束ね、斡旋したのはお前だろう?」


「否定はしない、それにそうやって傭兵になった魔術師たちはまだ未熟だった」


 リコイルの垂れた眉が少し動いた。ネーハはただ冷めた目で二人の会話を聞いていた。


「今回の件で世界中に広まったことがある。魔術と軍事の戦力差(パワーバランス)だ。世界が思うほど魔術は弱くなく、軍事は強くなかった。二つは拮抗している」


「穿った見方だな」

「偏っている思想に思えるかね?そうWWUが捉えている、それが問題なのだ。魔術に造詣が深いであれば皆気づく、魔術は軍事に対抗し得ると、そして魔術は軍事力と違い個人が持つことのできる力だ」


「強力な力を個人が所持出来る。その魅力、まさに魔力に人は憑りつかれるのだ」


「だというのに世界最高峰の魔術師組織はただの国連の狗になっている。それが堪らないのだ、自身の力を不当に評価されたくないのだ、だから彼らは国連からもWWUからも支配が及ばない組織を望んだ、そしてそれが傭兵稼業だ」


「…………それを集めて、お前が火を点けた、大火は多くの命を奪い、悲劇を生んだ。お前の目的はなんだったんだ?金であるならやることがデカすぎる、革命であるなら」


「もっと静かにやる、正論だな。だがな、この戦争(しごと)は私の本意ではなかったんだよ」


「…なに?」


 メンヒアの目元から笑みが消えた。ゆっくりと前かがみになり、上目にリコイルとネーハを睨んだ。


「教えてやるよ、全て」


 リコイルは一度ネーハの方を振り返った。が、ネーハは首を横に振った。魔術探知ではメンヒアは嘘をついていないとしていた。


「まず、反政府軍の武装を見たか?」

「いや?」

「反政府側が私から買い、使用した武装は合衆国製(フロムアメリカ)だ」


「!」


「元々合衆国(アメリカ)陸軍の将校と話が着いていた。私が戦争を煽り、始まれば合衆国が反政府組織に火器を売る、そしてその仲介役が私だ」


出来試合(マッチポンプ)…!合衆国(ホワイトハウス)の常套手段だな…」


「ふむ、ここまではそうであろう、だがここからの最高機密(トップシークレット)は私の利と君たちの存亡が同じくしている、だからこそ話してやろう」


「………」


 リコイルの頬に冷や汗が浮かんでいた。それをメンヒアはジッと見ていた。


「耐えきれないかね?煙草をやるんだろう?気を紛らわすなら吸うといい」


「私は、喋るのをやめないよ。私は私の目的があるからね」


「まず、陸軍将校に話を持ちかけたのは私だった、元々そういった密約もあったから、すんなりと話は通った」


 リコイルが懐から煙草を出し、咥えた。


「もうその時点でこの計画の制御(コントロール)は合衆国のものではなかった、無論、私でもない」


「私に戦争を起こし、アメリカと連携しろ、と促した人間がいる」


 メンヒアの言葉とともにネーハは使い魔越しに波長を感じた。だが、それは嘘による波ではなかった。


「火は、いいのかね」


 メンヒアに促され、リコイルは安物のライターで火を点けた。吐き出された紫煙が対流した。


「私は、そいつの、いや個人ではないのかもしれない、そいつらの記憶を引き出すことが出来ない」

 

 メンヒアが、こめかみを指した。そして、その所作だけでリコイルの表情は明らかに険しくなった。


「記憶操作の魔術か…」

「だろうな、慎重なことだ、これほど強い魔術を持ちながら身を隠そうとしているのだ。だが、脳が覚えていなくとも身体が覚えていることがある」


「私は奴らと相対しているとき、根源的な屈服をした。私に利がなくとも、やつらの望み通りに動いてしまっていた」


「…太陽に挑む者はいない。大きすぎる力はそれがなければ生きてはいけないものだ。陽光も大地も、重力も全て必要不可欠な力だ」


「やつらの指示は二つ、戦争(キルゾーン)を作ること、そして魔術傭兵を集め、戦場に放つこと」


「…なんのために?」

「いまや世界はやつらの制御下にある、やつらの思い通りに動いている」

「なんの話だ?」


「戦場に魔術が現れた。軍魔分離の規約を超え、一度できた流れは決して止められない、もう軍事産業に魔術が流れ込むことは確定している。そして、新たな流れ魔術による軍事力、それに先んじようとした国があった」


合衆国(アメリカ)…!」


 リコイルの脳内で一つ、点と点が繋がった。


「そうだ、合衆国はどこよりも早く魔術の重要性に気づいていた」


「今回のスーリア紛争、魔術要素を含んだ人間の人数を知っているか?」

「国連の発表では、24人だ」

「ああ、井藤奈桐は戦場で何を見たかな?」


 井藤奈桐、スーリア紛争終戦の立役者であるWWUのウィッチャー。彼女とその補佐官が作成したファイルは今回の尋問にあたってリコイルも目を通していた。そのファイルにはこう記されていた。


“使い魔を用いずに魔術的行為を行う存在”


 大原則魔術師は使い魔がいなければ魔術を使えない。例外として魔眼、魔手などの魔体を有する者、もしくは魔具を所有する者がいる。そこに新たな体系が加わったのだ。


「既存の魔術師ではない、いわば魔術兵器。その存在を含めれば魔術要素を含んだ人間は公式の五倍は戦場にいた」


「そして、合衆国の新兵器は回収されていない。全て消失(ロスト)した」


「なん…だと」


「やつらの狙いはそれだったのだ、戦争を起こし、軍魔分離の戒律を破壊し、合衆国の魔術新兵器の実戦演習を誘発させる。そして合衆国の技術を奪取する」


「それがやつらの狙いの一つ」


 メンヒアが指を一本立てた。その語り口は冷静であり、無機質であったが、それはメンヒアが努めてそれを保とうとしているからである。まだ彼の臓腑には、恐怖が忍んでいた。


「やつらの狙い、二つ目は……灰落ちるよ」


 メンヒアの指摘でリコイルは煙草が燃え尽きていることに気づいた。携帯灰皿に乱雑に吸殻を放り込み、大きく息を吐いた。


「……悪いな、続きを聞こうか」


「宜しい、これは確証に近い憶測だ、事実ではない。だが、君たちはこれを信じるべきだと私は思う」


「私は支配されたくない。自身を制御していたい。それを乱す者を排除したい。だから君らに伝える」


「―――――やつらの目的はWWUを打ち砕くことだ」


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