③-3
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現在、状況は切迫していた。場所は寮内 桐島宅。人物は甚六と桐島のみ。甚六の状態は睡眠、桐島はやや混乱状態であった。
そして、甚六の携帯には甚六の親父から電話が来ていた。桐島は少々茹った頭で電話に出ることを決意した。
「……………………もしもし!!」
出てから数秒電話越しに声は聞こえなかった、井藤家では出た側から話す習慣があるのかもしれない、それとも甚六の父がそういった性格なのか、桐島にはわからなかった。だからこその先攻を選んだ。そして、その攻撃に。
「――――あれ、甚六の友達?」
甚六の父、井藤 甚悟は冷静に答えてた。
「は、はい、友達っていうかクラスメイトっていうか、その、今なんか変な状況にあって!」
甚悟の助け舟に乗り損ねた桐島は一人、混乱の海にいた。
「――――んん?変な状況?どういうことかな?」
「いや、あのですね、まったくやましい気持ちなんてなんてないんですけど、でもなんかこうなっちゃって!!」
もがけばもがくほど、という言葉がとても似合う喋りであった。それでも焦らず温厚な甚悟の話術により、粘ること数分。
「――――そうか、ごめんねうちの子が迷惑かけてしまって」
「い、いえ、迷惑だなんて」
全ての事情を伝えることに成功した桐島はホッと一息ついていた。
「――――甚六が起きたら、そのまま帰しちゃってもいいからね」
「っ、はい、起きたらそうしますね」
桐島はそう返事しながらも甚六の寝顔を見て考えた。門が閉まっている時間に守衛さんにお願いして出してもらうことは出来るだろう、しかしその話は絶対に教師陣に届く、そして閉門に間に合わなかったとなれば甚六には罰が課せられるだろう。
「…………」
というか、自分だってこいつを泊めてることがばれたら怒られるんだから、そうするしかないじゃん!、体のいい言い訳を見つけたところで桐島は甚六の頬を抓った。
「明日が休みでよかったね…」
悪運の強いやつ、そう思いながら立ち上がる。その理由は甚悟から授かった甚六を目覚めさせる方法を試すためであった。
21時、夏と言えど日はとっぷりと浸かり、学生寮に数少ない寮生たちが全員部屋にいる時間、耳を澄ませば寮生たちの生活音が聞こえてくる。そんな音の中、食欲をそそる肉と野菜たちが焼ける音が聞こえてきた。
(ホントにこんなんで起きんのかしら…)
フライを返しながら桐島は思う。キャベツと人参にしっかり火が通ったのを確認し、ソースをサッと回し掛けする。ソースが焦げる香ばしい香りが部屋中に広がった。
どれだけ疲れていようと、深い眠りについていようと食事を準備すると甚六は起きてくる、父、甚悟の体験談であった。つまり匂いで釣ることこそが甚六を起こす秘策であったのだ。
桐島の料理大作戦によって、甚六の鼻には香ばしい香りが届いていた。そして、日々の習慣とは恐ろしいもので、食事の匂いを嗅いだ途端、まどろみながらであるが、覚醒を果たしたのだ。
そして、様子がおかしいことに気づいた、目を開くとそこは自分が住み慣れた家ではないということに。
ガバリと起き上がる、辺りを見渡すと台所でオレンジ髪をおろした少女がエプロン姿で料理をしていた。
「!!???」
「あ、ホントに起きた、もうご飯出来るからそこで待ってなさい」
「!!!?????」
全く理解できなかった。何故が頭を埋め尽くしていた。何故自分は桐島の家にいるのか、何故桐島は平然と飯を作っているのか、何故机にどんどん料理に運ばれてくるのか。
甚六は知る由もなかった、現在の桐島の平静が一周回って出来上がったものだということを。
配膳はすでに完了し、桐島は平然と食事を始めた。甚六も腹は減っていたので箸を手に取った。
「な、なあ桐島、この状況はなんなんだ?」
「アンタがここで寝こけて、門が閉まっちゃったの」
「……すまん」
ようやく記憶が繋がってきた甚六は妙に平然としている桐島に謝り、味噌汁に手を付けた。
「あ、美味い」
「そう、よかったわ」
「ああ、あとこれ食ったらさっさと出てくな、悪かった」
「今日は泊まりなさいよ」
「…ん?」
甚六の箸が止まっていた。パジャマ姿で髪をおろした桐島はお澄まし顔で食事を続けている。
「……なんで?」
「――――――――――――――――」
桐島は現在、甚六が外に出るのは大変不味い状況であり、甚六が見つかれば桐島も罰を受けてしまうということを説明しきった。
「なんか、本当に悪かったな」
「まあ、いいわ。それよりご飯は美味しい?」
「ん、ああ、めちゃくちゃ美味いよ」
「そう、よかった」
混乱を経て、平静を手に入れた桐島、そして甚六も桐島の状態に呑まれ、変な落ち着き方をしてきた。
「まあ、泊まることになったんだから、やれるところまで勉強を進めましょう」
「…おう、そうだな。よろしく頼む」
二人は食事を済まし、片付けを終えると無表情のままに勉強道具を広げた。そして、そのまま勉強を始めた。
高校二年という多感な時期、男女が同じ屋根の下にいた。そんな青春要素がふんだんに盛り込まれた状況であった。
が、甚六と桐島にとって、それは脳の処理能力を超えた出来事であり、今、二人は学習を進める機械となった。
自分たちがどんなことを成し遂げたのか、それを本当の意味で理解するにはきっともう少し時間がかかるのだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――
明け方、5時。桐島はうとうとし始めていたが、甚六はもくもくと暗記を続けていた。風間がマークした部分をひたすら書き出し、記憶する。そんな作業をずっと繰り返していた。そして、甚六はポロリと手のシャーペンを落とした。
その音で桐島はハッとし、目をこすった。
「なに、ぜんぶおぼえたの?」
桐島の問いに甚六は首を横に振った。
「俺は重要なことに気づいた」
「…なによ」
甚六の深刻な顔に桐島は姿勢を正した。
「最初は分からない部分が分からない状況だった」
「だが、今は基礎が頭に入って自分がどこをわかってないか理解できる」
「―――――――――死ぬ気で勉強してもテストに間に合わない」
桐島はその言葉を聞いて、どっと眠気が込み上げてきたのを感じた。
「……で、どうすんの?赤点切ったら鍛錬できないし、そもそも指標成績に届かないってなったら退学よ」
「…………………テスト用紙は、一週間前にデータとしてできている」
「古海は機械に弱い、PCにパスワードを付けてない、もしくは自分の誕生日に設定してる可能性が高い」
甚六は据わった目で、つらつらと言葉を連ねる。
「…………アンタ、まさか」
「これしかない、俺は悪に染まる覚悟をした……!」




