③-2
029
放課後、1組の全員、つまり5人は月島学園内にある学生寮、その一部屋に集まっていた。寮室は全て1DKで統一であったが、狭さを感じさせない部屋だった。
「…………」
ダンジは横目で部屋を見る。簡素な箪笥と収納付のベッド、冷蔵庫、それぐらいしか目に入らなかった。ダンジは「色気がないなぁ」と言いたかった、だが殺されるのが目に見えていたのでやめた。
そして、何より皆自分の勉強に集中しているのだ、ダンジも気を引き締めて目の前の教材に取り掛かった。
しばらくペンがノートの上を走る音しか聞こえない時間があった、が。
急に「ゴンッ!」と硬いものがぶつかる音が聞こえ、そして桐島のため息が聞こえてきた。
「ど、どうしたの、涼香ちゃん」
机に突っ伏した甚六を気にせずに綾部が訪ねた。
「……無理かも」
桐島がポロリと零した言葉に甚六はむくりと起き上がった。
「無理じゃないって言わなかったか!?」
「やってみて無理って気づいたの!!」
二人が取っ組み合いにならんばかりに睨み合っているところ、風間は冷ややかな目で甚六の回答を見ていた。
「どうにかしてくれ、いやしてください!」
「無・理!人類の英知では出来ないわ!!」
「俺の頭脳はオーパーツだってか!?」
二人がヒートアップしていく中、風間は淡々と甚六の教材にマーカーを走らせていた。そして、その様子に二人が気づいた。
「何してんのアンタ?」
桐島の問いに答えず、風間はマークを完成させた。
「とりあえず、マークしたところを覚えれば赤点は回避出来る、覚えろ」
「俺に借りを作るのが癪とか思う前に、補習で鍛錬出来ないせいで俺に負けましたなんて言う方がずっとダサいからな、いいな」
風間は有無を言わさず、甚六に教材を突き付けた。
「おおぉ……風間、お前いい奴なのか?」
「いいからさっさと覚えろ、ただ覚えるんじゃなくて意味を考えながら覚えるんだ」
「了解した!ありがとう!」
『勉学に対しちゃ腰が低いの』
使い魔にそう言われながらも甚六は藁にすがる思いで、マーカーを追い始めた。その集中が伝染し、また桐島の部屋に静寂が訪れた。
そうしてまたかなりの時間が経った、そしてその時間を短いと感じれるのは彼らが集中していた証拠だろう。が、時間は有限であるのだ。
「あ、もうすぐ八時か」
ダンジがふと時計を見るとすでに八時五分前であった。
「あー、急いだ方がいいよ守衛の人は一秒たりとも待ってくんないから」
桐島の言葉によって、全員が帰り支度を早めた、一人を除いて。
「井藤くん、寝てる?」
帰り支度をしながら綾部が甚六を見た、甚六は教科書と睨めっこをしながら微動だにしていなかった。
「わー、電池切れるまで集中するってこういう感じなんだ」
ダンジはそう言いながら、鞄を持ち立ち上がった、すでに風間は帰れる状態になっていた。
「………ちょっと」
不穏な雰囲気を察知し、桐島は甚六を揺するが彼は揺らされるままに身体を動かすだけで全く起きようとしなかった。
「じゃ、じゃあ門閉まっちゃうから行くね、ありがとね涼香ちゃん」
綾部はそう言うと素早く玄関まで移動した。
「い、井藤くんは一回寝るとなかなか起きないから…」
桐島にとって綾部の言葉が残酷に聞こえた。
「ちょっと、ちょっと」
「僕たちまで出れなくなって5人で寝るよりはいいでしょ?」
ダンジの言葉も残酷に聞こえた。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!」
甚六を揺すりまくるが、甚六は床に倒れ、全く起きない、そしてそんなことをしている間に薄情な3人は帰っていた。
その後、桐島は甚六に殴る蹴るの暴行を加えたが、彼は安らかに眠っていた。
時計の針が八時を指し、遠くで門の閉まる音が聞こえた。
その音ですべての諦めがついた桐島はどっかりと腰を降ろした。横を見ればすやすやと心地よさそうに眠りについている甚六がいた。
羨ましい、とため息を吐いたが怒りはさして込み上げてこなかった。一度本気で戦った仲だからか、それとも自分と戦うまで死ぬほど鍛錬し、戦いが終わってもそれを続けていることを知っているからかなのか。
代々の伝統で魔術師になることを決めた桐島にとって甚六の情熱は異様であった。
「なんで、そんなに頑張るのかねぇ…」
甚六にタオルケットを掛け、箪笥を開いた。そして、そこで止まった。桐島は夏場は家に帰ったらすぐにシャワーを浴びるという習慣があった。皆帰ったし、そろそろ入ろうかな、とも思った。しかしだ。
「…………」
すやすやと眠る甚六を凝視する、汗ばんでべた付く制服を見る。羞恥や倫理や、甚六の性格やら、それらがぐるぐると桐島の頭の中を回ったが、結局。
桐島涼香は自分の日課を止めることなく風呂に入ることにした。
20分後、桐島はそろりと風呂場から上がった、いつもなら扇風機へとダッシュしているところであるが、扇風機付近では大柄な男がピクリとも動かず寝ていていた。
「よくこんだけ眠れるわね、人んちで」
ベッドに腰掛け、髪をときながら足で甚六を押してみる。甚六は依然変わりなく寝続けている。
(ホント起きないのね、女子の部屋に上がり込んでんだからちょっとは緊張しなさいっての…………って、あれ?)
桐島はハッとして口元に手を当てた。気づいてしまったのだ。自分の置かれている状況に。
桐島の頬が桃色に染まった。それは湯上りだからという理由だけではなかった。意味もなくきょろきょろと部屋を見渡すが、勿論甚六と桐島しか部屋にいない。
そろりと甚六から足を離し、ベッドに体操座りとなる。しかし視線は落ち着かない。
(あー!なんで私が緊張してんの、フツー緊張される側でしょ!?)
羞恥を怒りに変換し、枕の鉄槌を落とさんとしたとき。
―――――リリリリリ、と音が鳴った。一人その音に盛大にビビった桐島はベッドから転げ落ちたが、すぐにその音源を見つけた。
みんなで勉強するために広げた机、その上に乗っていた甚六の携帯電話であった。
誰からか電話が来ていた。そろりとその画面を覗いてみると、電話の相手の名前が見えた。
【親父】
そう記されていた、変に緊張していた桐島の頭は素早く働いていた。そして働いてしまった結果、桐島は電話に出ることにした。




