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003
月島学園の構造は校内緑園を囲むように校舎が出来ている、そして校舎の北に総合館、北西にグラウンド、西に学生寮、東に校門がある。全寮制ではない月島学園の寮生は少ない、甚六も寮生ではなく実家から通っている。
階段を下った集団に追いつくと、彼らは一階の廊下の突き当たりで止まっていた。
突き当りには教員室の扉があり、その前には二人の白装束が立っていた。
『なんだ?あの二人は』
ローブをかぶり、顔を完全に隠している二人にジークは怪訝そうな声を出した。
「WWUのウィッチャーだ」
白装束の胸元の刺繍を見てそう言う。
「世界中の魔術師を管理している団体だ」
『ほう』
説明をしている間に、古海が最後の人数確認を終え、それを彼らに伝えていた。
『んで、これから何が始まるんだ?』
確認作業が終わると白装束が低い声で何かを囁く。それと同時に白装束の頭上に光が差した。いやただの光でなく光を纏う甲冑が現れた。そしてその甲冑には純白の翼が生えていた。
『使い魔か』
白装束の詠唱により、教務室の扉は青白く光り、そして霧散した。
『そして魔術で作った扉か、堅牢だな』
見惚れてる生徒たちであるが、白装束はすぐに踵を返し、室内に入っていった。そしてそれに古海、生徒たちと続く。
「さっきの質問に答えるぜ、これからここの生徒らは、魔術師になりにいくんだ」
そう言い、最後尾に続いた。
教務室は別段変わっているわけではなかった。だが、壁の一つがエレベーターとなっており、全員が室内に入ると扉がもう一度生成され、エレベーターの扉が開いた。
全員が乗り込んでも有り余るエレベーターはゆっくりと動き出した。
『これだけしっかり管理されとるのだな、使い魔は』
『というかなんで俺はあんなとこに出てきたんだ?』
知るか、と言いたかったがエレベーター内では聞かれる可能性もあるので口を閉じた。
少しして一瞬の体の重みを感じ、エレベーターは止まった。ドアは開いたが、降りることは許されず、古海の指示でさきに言い渡された成績順に並ばされる。
チラリと視線をドアの外に向けると白装束が遮るように目の前に立った。
「生徒の皆様、これより一人ずつ降魔の階に案内させてもらいます」
低い、掠れた声でそう告げると、すぐさま主席である風間廉太郎が連れて行かれた。しばらく時間のかかるものと思っていたが、風間は数分で戻ってきた。
狭いエレベータの中、空いているスペースは自分の横だけであった。風間は堂として甚六の横で壁にもたれ掛った。甚六と風間が並ぶとクラスメイトたちはその様子をジッと見ていた。そこには嘲りの感情が含まれていた。しかしそれは劣等生と優等生が並んでいるというだけではなく明日の行事、それにも関係しているのだろう。
「井藤」
風間の呼びかけに甚六は少々驚いた。声を掛けられることすらないと思っていたから。ただ友愛も敵意もないただ無機質な声であったが。
「明日のことだが、怖ければ逃げてもいいぞ」
風間の言葉に周りはクスリと笑った。
甚六は自身の胸中がカッと熱くなるのを感じた。それは風間の発言が挑発ではなかったからだ。ただ思ったことをそのまま告げた言葉であったからこそ性根の底の部分を熱くさせたのだ。
「…考えておく」
ただ、そう返す。羞恥に声が震えないように。甚六の返答に風間は無言で返し、一位と最下位の会話は終わった。
だが、甚六の中にある熱は未だ消えてはいなかった。
そのまま二番手の者が連れて行かれた。
数十分ほどし、甚六が呼ばれた。白装束に追従し、エレベータのドアの外へ出る。
暗い小さな一室であった、打ちっぱなしのコンクリートの簡素な部屋であったが、奥が厚手のカーテンで区切られ、その隙間から淡い光が漏れていた。
「奥に行くのは一人でです」
白装束はそれだけ告げ、それ以上は語ることなしと一歩下がってしまった。
「…」
視線をカーテンに戻し、恐る恐るカーテンをくぐる。
『…ほう』
幻想的な景色に思わず目を細めた。部屋中を埋め尽くすように青い蛍のような光が舞っていた。それは濃い魔力を帯びており、体内の自分の魔力が呼応するように熱くなった。
そして、その光の出所は床にあった。同じく青い光を放つそれは円を基調とする紋章。召喚陣であった。人が一人入れそうな大きさの円、それは合計で18個あった。
『そうか、一番の者から順に良い使い魔を選べるというわけか』
「そういうこと」
『なに、余りものにはなんとやらだ』
「どうだろうな」
視線を巡らす。しかし、どの召喚陣にも使い魔の影は見当たらなかった。
「……?」
しっかりと室内を見渡すため目の前を舞う青い光球を払う。すると、部屋の隅も隅にそれはいた。壁に寄りかかり、伺うようにこちらを見ているものは場所が場所であれば人と見間違うこともあるほどであった。
小躯の少女であった。端正であるが棘とも言える切れ味を感じさせる目元であった。また目尻に引かれた赤いラインがそれを増長させたのかもしれない。長髪は淡く光を放つ金髪であった。丁度ジークの銀のような白髪と対になっているように見える。真中で分けられたその髪は薄く開かれた目元に掛かっていた。服装は黒一色であり、それがより髪色を際立たせていた。浅手のパーカーにショートパンツという出で立ちが少女を幼く見せていた。
『戦える使い魔、という風ではなさそうだな』
「…そんなことはないさ、ここに召喚される使い魔たちは全員戦うことのできる使い魔だけだ」
少女の使い魔は一瞥もくれることなくどこかを見つめていた。
「さて、契約を結ぶとしよう」
そう言い、少女の使い魔に近づくが思うところは別にあった。
言葉は伝わっているのか?
尋常では有り得ない使い魔との会話、それはどこに原因があるのか?それを確かめたかった。
「……俺の言葉は聞こえている?」
この声が届くのなら自分に原因があるはずである。が、少女はまるで甚六が存在しないかのように無反応であった。
「喋れてしまう原因はお前だとよ」
少女に手をかざし、自分の内側に意識を向ける。
『ふむ、おかしいな』
魔力のイメージは人それぞれであるが、自分のイメージはいつだって心臓から湧き上がってくる血潮、それをイメージすることによって魔力が体内から湧いてくる。
「・・・魔術創始者ゲーテル・リヒトの福音にてここに契約を」
かざした手のひらから自分の魔力が流れていくのを感じる。それがこの少女に打ち込まることによって使い魔との契約は完了する。
「まさか日に二回も使い魔と契約をするとはな」
契約の最終段階に入り、少女は光化しはじめる。青の光の粒子となった彼女はゆっくりと自分の体内へと浸化していく。そして、最後に契約を交わした使い魔の名が頭の中に刻まれる。それは使い魔を使役するにあたっての最も重要なことであった。
魔術師が使い魔を使役するとき、まずは体内の使い魔を呼び出す必要がある、そのときに使い魔の名を呼ぶのである。それは起動魔術と呼ばれ、使い魔を体内より召喚する術であり、最初の呪文である。
契約は無事終了し、体内に存在するものが増えたことをしっかりと感じれた。
「……」
『どうした?出ないのか?』
契約を終えたあとはすみやかに退室と指示は受けていた。
「そうだな」
そのことはわかってはいたが、気になることが一つあった。
契約、一度目のジークと契約を成すときのジークの表情はどうであったか、そして二度目、彼女----------リリィとの契約を成すとき、その表情はどうであったか。