②-17
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月島学園、そこは魔術師育成に於ける日本最高峰の学園と呼ばれている。その学園も完全下校時刻を過ぎれば静かになり、耳を澄ませば緑園からの虫の音と学園寮から僅かの生活音だけが聞こえてきた。
学園内は消灯が済み、見回りの教員もすでに退勤済みであった、ただ一人学園長室にて月島が禿頭を撫でながら、報告書を書き上げていた。
国連より発足された魔術的均衡を保つための組織、WWU(World Witcher Union/世界魔術師連合)、そして日本国内にて唯一の国家魔術組織である京都六花、それらと提携している月島学園は未来の組織員たちの情報を提供する義務があった。
そして月島が頭を悩ませているのは“井藤甚六”の項目であった。もとより2年という学年は目を引く集団であったが、甚六の台頭により台風の目は出来上がり、勢力は増すばかりであった。
息抜きに淹れたインスタントコーヒーを口に運ぶ、10分前に淹れたそれは飲みやすい温度にまで冷めていた。
一息着くと、自然と視線がTVに向いた。
TVの内容は国際情勢であった。
“中東スーリア紛争”
スーリア国政府側と反政府組織による抗争。政府側にはロシア、アメリカ合衆国の関与もあり、勝敗は見えていた。
しかし、完全鎮圧寸前まで追い込まれた反政府側が突如魔術師を前線に投入、これが世界を激震させた。
軍事力による抗争に魔術師は関与しない、“軍魔分離の規定”があった。
正規の魔術師ではない、非正規の魔術師、言わば傭兵稼業のような魔術師の存在がその時初めて明るみに出たのだ。
事態を重く見た国連はすぐにWWUに戦場の魔術浄化、及び原因の究明、排除を依頼。ウィッチャーが初めて軍事範囲に介入したのだ。
ウィッチャー、世間的には白頭巾を被る契約魔術師もそう呼ばれているが実際の規定はそうではない、素顔を隠さず、胸元にエンブレムを携え、それに恥じない実力を持つ者のみが正式に“ウィッチャー”と呼ばれるのだ。
そのウィッチャーがスーリアの紛争地域に現地入りした、結果一か月のうちに軍事介入した不正規の魔術師が30名捕縛され、そして反政府組織に不正規魔術師を斡旋し、紛争の長期化を図っていた扇動家も捕縛を完了した。
真のウィッチャーは素顔を隠さない、ニュースでもそのウィッチャーの実名と顔が公開されていた。
「やはり、血は争えんな」
月島は苦笑しながらコーヒーを飲み干した。PC画面には完成寸前の報告書があった、月島は一度伸びをするとそれに取り掛かった。
月島が苦笑の対象としていた問題児、井藤甚六、彼は彼でいつものように鍛錬を終え、ベッドで泥のように眠っていた、それがいつもの習慣になっていた。
しかし、主が寝たからといってそれに従する使い魔たちが寝ているとは限らない。
『まだ、起きてる?』
夜も更けはじめジークが眠りに着こうと考えていたころ、少し低めの声が聞こえてきた。リリィの声は主に向けたものではなく同じ使い魔であるジークに向けたものだった。
『ああ、起きているぞ』
『……そう』
『んあ、なんだ?話があるから呼んだんじゃないのか?』
『そう、そうなんだけど、ちょっと待って』
リリィは自分の胸中を外に出さなくていいと、そう思っていた、それでも事無く日々が続いていくと思ったから。
でも、自分の主が言っていたことを思い出す。
“俺が嫌いなのは犯した間違いに気づかない奴と直さない奴だ”
その言葉が堰切になり、自分の暗胆とした想いを晒すことを決意していた。
『あんたに、謝んないといけないの』
『謝るぅ?何をだ?』
『……その、なんていうか、あんたに、嫉妬!してたの』
『…?』
『私たちは戦う使い魔、強くないと価値はない、弱ければ捨てられる、そういうもの』
『だから、わたしよりも強いあんたに嫉妬してたの!それこそ、教師と揉めてるときも心のどこかで喜んでいた』
『強いあんたがどっかいけば私はまだここにいれるなんて考えてた、それが恥ずかしくて、悔しくて、だから謝りたいの』
『ふっ、いつかの夜を思い出すな』
『……?』
『お前もまた、“入れ込んでいる”だな』
ジークの言葉でハッとした、自分が甚六の使い魔となっていいと思った日、あいつと初めて話した日、自分がまだ熱を持っていなかった日の夜。
『いつの間にか、ね』
『悪い気分じゃないだろ?』
『うん』
『それに覚悟ができた、私もこいつの使い魔としてこいつに尽くそうと思う、だから求められれば全力を出すし、甚六があたしを不要と考えるなら、身を引ける、今ならそう思えるわ』
『ふむ、まあそうは考えんだろうがな、なあ甚六』
と、ジークは急に寝てるはずの甚六に話しかけた、そして当の甚六も。
「ん、ん、まあな」
と、平然に答えていた。現界していないリリィの表情は見ることはできなかったが、そのときばかりは簡単に想像できてしまった。
『ちょ、っと、待って、い、いつから起きてた?』
いつもより声高なリリィの声に甚六は少し悪いことをしたような気になった。
「まあ、最初からだけど、真面目な話だったし、邪魔したら悪いかなってな」
甚六は言いながら思っていた、嗚呼、頭の中に響く声にも耳を塞ぐことができたならな、と。リリィは聞かれてないことをいいことにかなりのことを言っていたことを思い出していた、そして
『いいなさいよ!!!!!!!!!』
予想通り、いや予想以上のリリィの声量が甚六とジークの耳をつんざいた。
『いいなさいよ!いいなさいよ!いいなさいよぉぉ…』
秘密の話が聞かれていたことはリリィにとってかなりショックだったようだった、そしてそれを楽しそうに笑っているジークもまた図太いな、と甚六は思った。
「まあ、あれだよリリィ、ジークもだけど」
まだまだか細く悲鳴を上げるリリィとけらけら笑うジークに甚六は真面目なトーンで話しかけた。
「俺はお前らを使い魔って感じに見れないよ」
甚六の言葉にリリィとジークは見えない表情を固めた。
「ジークとリリィ、お前らと力を合わせて戦った、ジークには背中を押してもらったし、リリィには背中を支えてもらった」
『あれは…』
リリィは桐島との戦いの最後を思い出した、死力を尽くした甚六が倒れそうになったとき、その背を支えようとしたときだった、しかし。
「触れはしなかったけどさ、でも確かに支えてもらったんだ、俺がそう感じたんだ」
『……』
「それに銃雷で仕留めそこなったとき、お前がすごい表情してただろ?あれ見て俺が思ったのが救済してやろうって思った」
「お互いに助け助けられ、支え合いながら戦ったことに俺は主従関係を持ち込みたくないんだ」
「…まあ、これは俺が勝手に思ってるだけだから、お前らが嫌ってんならそれでもいいけどさ」
「俺はジークとリリィのことを“仲間”だと思ってるよ」
夜は静かで、風の音だけが少し聞こえていた、彼の声を聞き逃すこともなく二人の使い魔はしかと彼の言葉を手に入れた。
現界していない二人の表情は見ることができなかったが、それでも二人は。
『やっぱ、アンタ、変!』
『酔狂な奴のところにきてしまったな』
それでも二人はこの日の夜を忘れないだろう。
第二章 雷乙女と鋼の女王の章 完
これにて二章完結です。次章はコメディ色強めでいきます。




