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ファミリアコネクト!  作者: AtoZ
第二章 雷乙女と鋼の女王の章
26/40

②-16

026

 その日、甚六と桐島の実戦演習は終わった。たった10分ほどの戦闘であったが、死力を尽くした二人は完全下校時刻を過ぎるまで医務室で眠っていた。


 それゆえその演習の当事者のみが勝敗を知り、そのほかの人間はどちらが勝ったか知らなかった、が。


「まあそうだな、とりあえずジュース買ってこい」


 翌日の朝、甚六が教室につくとすぐに桐島の元に向かった、周りは何事がと様子を伺った瞬間、甚六がそう言ったのだ。


「………」


 周りは凍りつき、桐島は今にも噛みつかんとする表情で甚六を睨んだ。


 甚六は意に介さず、ポケットから財布を取り出し、桐島の机に放り投げた。桐島はとんでもない表情をしながらそれを拾い上げると、ドスドスと足音を立てて教室を出て行った。


 甚六がいつもの表情で席に着く。クラス中が聞きたいことがあった。そして、風間と綾部にはその勇気は出なかった。


「甚六くんもしかして勝ったの?」

「「…!!」」


 興味津々な静寂をダンジが破った。


「まあな」

「…おお!」

「…井藤君!」


 甚六の返事にダンジが歓声を上げ、綾部が堪えきれず振り返った。綾部の胸中に言いたいことが沢山があったが、それを上手く出せなかった、が甚六はそれをくみ取った。


「これでパシリ卒業だな」


 ニヤリと甚六が笑い、それにつられダンジも綾部も笑った。その笑顔を見て甚六は身体に残る疲労感が報われたと思った。


 そしてすぐに、教室の扉が乱暴に開け放たれる、桐島であった。綾部とダンジはそそくさと自分の席に戻る。

 桐島が足音を鳴らし、甚六の前に、ドンと飲み物を置いた。その品名に甚六が目を通した。


「…ゴーヤ・ピーマンジュース?」

「そ、モノ指定しなかったアンタが悪いのよ」

「忠誠心のない奴隷だ」


 甚六の言葉に桐島は鼻を鳴らし、席に着いた。

 甚六は恐る恐る“ゴーヤ・ピーマンジュース”を開封した、中には深緑のどろりとした液体が満たされていた。そしてそれを一口、飲んだ。


「お、美味いな!」


 甚六が大きい声でそう言うと桐島が驚きとともに振り返った。


「………ホント?」

「おう」


 論より証拠、と甚六は緑の液体で満たされたペットボトルを桐島に手渡した。甚六は無表情であった。


 桐島が恐る恐る飲み口を口に運ぶ。甚六は無表情であった。


 グビリと桐島がそれを飲む、それと同時に桐島の顔色はジュースのそれと同じになった。


「まっっっず!!!」


 桐島の絶叫とともに甚六もまた口の端から緑の液体をこぼし、ガクリと項垂れた。


「あ、アンタねぇ…!」

「因果応報という言葉知ってるか…?」


 共に目つきの悪い二人が口の端から緑の液体を垂らしながら、いがみあっている、そんな状況は古海が教室に現れるまで続いた。


 ついでに“ゴーヤ・ピーマンジュース”は甚六が全て飲み切った。


 

 勝負は終わったというのに張りつめた雰囲気は抜けないまま、というより強まったまま昼休みを迎えた。


「美味い飯を買ってこい」


 甚六は財布を放り投げ、そう言った。


「俺は校内緑園にいるから、そこまで届けてくれ」


 桐島が言い返す暇もなく、甚六は教室を後にした。壮絶に張りつめた空気を教室に残して。




 校内緑園、夏に入り陽射しが強くなってきたが、緑園内は緑のカーテンのお蔭で過ごしやすい気温となっていた。そんな快適な空間で、草木を布団に甚六は横になっていた。


 甚六がうとうとし始めたころ、彼の頭の横に買い物袋が落とされた。


「見つけにくいところにいんじゃないわよ…」


 甚六が目を開けると仏頂面の桐島がいた。


「それに弁当あんじゃない」


 甚六の横にはすでに空の弁当があった。それを足どかし、そこに桐島が座ろうとした。


「帰んのメンドイしここで食べるわよ」

「…おう」


 二人は目を合わせずに会話していた。教室のときほど険悪な雰囲気を放っていなかったが。そして桐島が座ろうとしたとき。


「涼香ちゃん!」


  綾部の普段より大きな声が響いた。綾部は池を挟んで反対側にいた。そして甚六は草陰に隠れており綾部からは見えていなかった。


「井藤くん見なかった?」


 綾部の問いに足元の甚六に目線を投げかけた。が甚六は首を横に振った。


「ここにはいないみたい!」


 桐島がそう返す、綾部は


「わかった!ありがとう!」


 と返した、その返答に桐島は無意識に手を握っていた。桐島は目を逸らしそうになっていた、綾部のその笑顔に、自分を責めようとしない屈託のない笑みに。


「…桐島」


 それを見ていた甚六は綾部に聞こえない程度の声を出した。


「綾部に謝っておけ、命令だ」


 そう言い、甚六は目を瞑った。桐島は甚六の言葉に自身を見透かされた気がした、そしてそれが自分の背中を押していることも自覚した、だから。


 爪が食い込むほど手を握りしめた。


「……あゆみ!!!」


 その場を去ろうとした綾部を桐島の言葉が止めた。綾部は振り返るが桐島は言葉を続けられなかった、その様子を綾部はきょとんとした表情で見つめていた。


「その…………!!」


 桐島の手から血が滲んでいた、さまざまな思いがあった、自尊心(プライド)が言葉を発するのを邪魔していた。が、頭では分かっていた、ここで言えない方が自分の価値を下げることを。


「こんなんになってから言うのなんてダサくて、調子いいかもしんないけど…!!」


「でも今言わないのは…もっとダサいから………」


「ごめんなさい、今までの私のしたこと、全部謝る、あゆみがしてほしいこと全部してあげるから、だから私を許してほしい、あゆみと対等な関係になりたいの…!」


 桐島は深々と頭を下げていた、綾部から見えないその表情はただただ重々しく許容を望み、拒絶を恐れる表情であった。


「…大丈夫!」


 綾部のその声に桐島は閉じていた目を開けた。


「私気にしてないから大丈夫!」


 桐島が顔を上げる、そこには眩しく微笑む綾部がいた。


「だから、私のしてほしいこと言うね!!」


 池の向こうの綾部が手を上げる、二本の指が立てられていた。


「私と友達になって!!」

「それと、井藤君と!仲良くしてあげて!井藤君は素直じゃないけど、友達欲しがりだからぁ!!」


 綾部のささやかな願い、それに桐島は少し口元を緩め、拳を掲げた、血が付いてない方の手だった。


「りょーかい!よろしくね、あゆみ!」

「よろしく!涼香ちゃん!」


 二人はしっかりと目を合わせ、微笑み合った。綾部は満面の笑みであり、桐島ははにかむ様に笑っていた。


「…ありがと」


 桐島の本音は音としては綾部には届いていなかった、が。


「じゃあ私井藤君探してくるね!!」


 綾部は気にせず手を振って去ってっ言った。


「…んで友達欲しがりのアンタは会いに行かなくていいワケ?」

「…別に友達欲しがってるわけじゃねえよ」

「ふーん、あっそ」


 桐島はニヤつきながら甚六の横に座り込んだ。甚六も身体を起こし、桐島の持ってきたパンを手に取った。


「…ありがと」

「何が?」

「謝る機会くれて」

「別に俺は謝らせたいから言っただけだぞ」

「それでも、よ」


 甚六がペロリと菓子パンを平らげ、二個目に手を付け始めた。


「アンタに負けて、頭の血が抜けて、やっと気づいた、私が最低なことしてんのに」


「…試験終わって、成績でんじゃん、それで風間の方が成績よかったの」


「うち結構厳しいから、使い魔の相続んときとか愚痴言われまくってさ」


「ちょっとイライラしてた、親にも、自分にも、ギリギリで引っかかって楽しそうにしてる奴らにも…」


「あゆみがなんも言わないのいいことに、ホント馬鹿なことしてた、んでその目を覚ましてくれたのがアンタ、自覚がなくても勝手に感謝するから」

 

 そう言い、桐島は一息ついた、その身体は軽く、憑き物が落ちたようだった。


「…ホント、悪いことしたあゆみにもアンタにも…」


 そして、そうなって初めて気づくこともある、桐島は自分のしたことをやっと認識できていた。


「…間違いを犯さない人間なんていない」


「俺が嫌いなのは犯した間違いに気づかない奴と直さない奴だ」


 甚六の胸の内にあったのは、停滞し、歩みを止めた1年間であった。


「お前は自分で気づいて、自分で直し始めたんだ…お前は立派だよ」


 風が吹いていた、初夏に相応しい乾いた心地のいい風であった。


「アンタ、変ね」


 桐島は、眉を曲げて笑っていた。


「そうか、ていうかスカートめくれてんぞ」


 初夏の風が桐島のスカートを捲っていた。桐島はバッとスカートを押さえ、甚六を睨んだ。


「アンタねぇ…!」

「大丈夫だ、戦ってる時にもう見飽きたっての」

「~~~~~~!!」


 桐島の声が学園中に響いていた、桐島の買ったパンは6個あったが、その内訳は甚六が5個の桐島1個となっていた。


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