②-15
025
「―――――――――鬼ノ頚斬り」
甚六が重々しくその呪文を唱えた。その重さは覚悟の重さであった。
「…月島学園では学園長と教師2名の意志があれば生徒の使い魔の契約を解くことができる」
笹島教員の言葉であった。
「もう一度、もう一度同じことを繰り返せば今言ったことを実際に行う、いいね」
その笹島教員は今、この演習を見ている。
息を大きく吐き出した、呪文が発動された。
重たい門が開くような音とともにそれは現れた。ジークの頭上その中空から突如として赤紫色の両腕が現れた。
その大きさは巨人の腕と形容してよいほどであり、掌だけで3mほどであり、その両手にはジークと同じ日本刀が握られていた。
その腕には肉はほとんど付いておらず、肌の色と合わせ、不吉な雰囲気であった。
「…馬鹿な」
観覧席、大きな部屋であったが、そこにいるのは笹島教員と古海教員であった、そして笹島教員は声を荒あげ、立ち上がった。
「笹島先生、あれは、なんです?」
古海の問いに笹島は立ち尽くすばかりであった。
「見た目ばかりであまり魔力を感じませんが」
「いや、おそらくここからです…!」
古海の二度目の問いに笹島は冷や汗を流しながら答えた。
「………なッ!?」
桐島は瞠目していた、もう相手に手はないはずだと思い込んでいた。動揺があったが、すぐにそれを押し込め、冷静に相手を見る、魔力知覚は得意ではなかったが。
「…え?」
それでも見てみればその巨大な剣にも手にもほとんど魔力が感じられなかった。
……ハリボテ?そう思わせるほどに甚六の術は魔力を感じさせなかった。
『やっぱりあんな顔をされるんだなぁ』
ジークはそう言いながら剣を中段で固定していた、現在ジークと巨大な腕の動きはリンクされているからだ。
『まあ、それでもいいだろう、度肝を抜こうか』
ジークの言葉に甚六は少し笑み、そして。
心臓の魔力を滾らせた。心臓から一気に魔力を作る、いつもならそれが体内に溜まっていくが今は。
「―――――――くッ」
生成した魔力を一気に引き抜かれる感触、それは苦痛そのものであった。が、それによって代償は払われた。
急激あった、急激に巨腕と刃がその存在感を増した、それはつまり魔力の膨張、威力の増加であった。
「…来たか」
そしてそれはそこで止まらない、甚六の心臓が狂ったように脈を打つ、狂ったように魔力を生成する。そしてそれは全て“鬼ノ頚斬り”の威力に充てられる。
その魔力生成はもう甚六の意志ではなかった、術が、術そのものが魔力を欲し、甚六の鼓動を速くさせているのだ。
空気を震わす叫びのような音が聞こえる。それは巨腕と刃から放たれる魔力の奔流であった。
「「「「!!?」」」」
桐島が、笹島が、古海が、月島が、驚愕していた。その術の威力に。
桐島は感じ取っていた、アレがすでに自分の術の威力に迫りつつあるのを。
桐島は思う、冗談じゃない、準備を重ねて手間を掛けて撃つ連携。それに一つの術で迫られるなんて、冗談じゃない…!
分不相応な術を撃つには代償が必要である。
甚六の意志を離れ、心臓が、身体が、際限なく魔力を吐き出していた。そしてそれの行き着く先を甚六は知っていた。
初めてこの術を撃ったとき、瞬く間にすべての魔力を持っていかれ、そしてそれが尽きると体力すら術に注がれ、意識を失った。ジークが機転を利かせ、術を使わなければ気を失うで済まなかったかもしれない。
危険な術であった。が、危険は大きいが使いこなせれば報酬は大きい…!
魔力のイメージは個人によって違う、甚六にとって魔力は心臓から湧くもの。その心臓に栓をするイメージ。
イメージは鮮明に、強く…
「はぁッはッ」
甚六の息が切れていた、すでに魔力は尽き、体力が奪われていた、が。
「ま、間に合ったな、本番には強いんだ…」
もう、体力は一滴ほどしか残っていなかったが、それでも。
それでも魔術は甚六の制御下にあった。
すでに意識は朦朧としていた、身体が、足が倒れたがっていたが。それを強烈な意識が支えていた。
「やれ、ジーク…」
甚六の言葉にジークは柄を握り直し、大きく刀を振り上げた。それに合わせ、巨腕が大剣を振り上げる。
桐島が応じるように鋼鉄の竜巻を構える、すでに桐島の魔力知覚では双方のどちらが強いか測ることはできていなかった。
第三者の教員たちだけがそれを知っていた。
桐島が先に動いた、手に携えた竜巻、それを甚六に叩きつけるように放った。
『――――応ッ!!』
竜巻が動いた刹那、ジークの上段からの唐竹割が走った。
巨腕の一閃、それが巨大な鉄を含んだ竜巻、それを真っ向から断ち切った。
鋼鉄が裂かれ、風が凪いだ、竜巻は二つに割れ、散った。そして巨大な斬撃、その切っ先が桐島に届いていた。
「……………」
鋭利な太刀の一撃、それは上質であればあるほど受けたものに痛みを与えないもの。桐島はただ、自分の最大の術が破られたことで敗北を知った。
そして、敗北を知ったとき、自分の肩から腰にかけてに赤い一線が咲いていることに気づく。それを認識してしまえば最後、傷口の熱さを知り、痛みを知り、そして失われる血液によって死の寒さを知るのである。
斬撃は桐島の心臓に届いていた、桐島は倒れこむとすぐに絶命した。そしてそれと同時に。
“終焉回帰”
月島学園長の先述魔術が発動する。演習室の四隅には月島の魔術によって生成された魔術物質が埋め込まれている、それらに囲まれている状況下限定で発動するのが“終焉回帰”であった。医療魔術の中でも希少価値の高い蘇生魔術であった。
その効能は被魔術者が絶命した場合、術を掛けたときの状態に回帰するというものであった。
術は正常に作用し、桐島の身体から傷が消え、煤けた服や髪も元の煌びやかものに戻っていた。
それと対比するように甚六は満身創痍であった、攻撃はほとんど受けていない、ただ自分の術、鬼ノ頚斬りを撃つための代償が大きすぎたのだ。
息も切れ切れであり、そして敵が倒れた、その安堵もあったのだろう。
甚六がゆっくりと倒れ、
『…甚六!!』
リリィが叫んだ、後ろから見ていたリリィだけが知っていた、甚六が限界であること、戦いが終わり、気が抜けてしまっていること。そして倒れてしまえばジークは学園に回収されてしまうこと。
昏い感情はあった。
ジークがいなくなれば自分が捨てられることはなくなる。そんなことも考えていた。
それでもリリィが叫んでしまった、そして倒れ込む甚六を支えに行ってしまった。
しかし、リリィは実体を持たない使い魔、リリィは甚六に触れることは出来なかった。
が、甚六が感じたのは地面の感覚ではなく、人の感触であった、ゴツゴツとした厳つい身体であったが、どこか優しさを感じさせる温かみがあった。
「……ふ、るみ」
「古海先生、だ」
すでに決着のブザーは鳴っていた、それは即ち教員の立ち入りを許可するものであった。
「…よく、頑張った」
古海の小さな賛辞に甚六は力なく笑った、そして甚六は桐島の方に確認にいった笹島を見た。
笹島と目が合った。
「難しい術だが、よく制御した」
古海がいつもより大きな声でそう言った。きっとそれは笹島にも届いていたのだろう。笹島は少し苦笑したのち、桐島の看病にあたった。
「もう気張らなくていい、少し休め」
古海のその言葉が最後の一押しとなった、一か月の弛まぬ鍛錬、そして全てを振り絞った戦い、その全てから解放された甚六は抵抗もできぬ睡魔とともに瞼を落とした。




