②-14
024
甚六の足元で電光がバチバチと嘶く。ジークもまたいつでも走り出せるように備えている。
対する桐島は風に乗り、浮遊しながら自身の周りにいくつもの鉄球を回転させている。鉄を生み出す使い魔、クレイ、風を操る使い魔、フープによる力であった。
桐島は自分から動かない、甚六がジークと離れた瞬間、鉄球を打ち出すと決めているから。そして甚六もそれに気づいている。
「…上等だぜ」
甚六が不敵に笑った。
『なーにが上等よ、結局やるのは私じゃない!』
「はは、まあ、そうなるな」
『…いいの?』
「いいさ、俺が思う最良だ」
『……』
リリィは何も言えなかった、ただ極度の緊張が全身に張り付いているのを感じていた。
『準備はいいわけ?ジーク』
『待ちくたびれておるわ』
信頼されるという緊張、それを裏切れないという緊張。リリィは頭の裏にチラつく過去に少し顔を歪めていた。
『じゃあ行こうか』
リリィは過去を振り切るように飛び出す、それに引っ張られ、雷行を纏う甚六が飛び出す。
ジークはそれに合わせ、リリィたちと反対側へと飛び出す。
…来た!、と思うや否、桐島はぐるりと身体の向きを変え標的を甚六に絞る。禍根はあるが、努めて冷静に、正確に狙いを定める。魔術師の基礎として手をかざし、使い魔に正確な照準をつけさせる。
…これで終わり。
「―――――――豪・旋風」
暴風は放たれた。暴風に乗り、いくつもの鉄球たちが散るように飛んでいく。その暴力の雨の中心には魔術師と使い魔。
鉄球に晒され魔術師は引き攣った笑いを浮かべ、使い魔は、
「頼むぜ」
雷撃の使い魔はかつてないほどの集中をしていた。
鉄球たちは受けた風の向きや強さによって少しずつ、方向や速度が違う、それゆえばらけ、避け難い、しかし、ばらけているからこそ。
――――――――隙間は、ある…!
まさに稲妻のように、リリィと甚六は舞った。リリィはほぼ無意識にどこに避ければ次の鉄球を避けれるかまでを思考し、それを実行していた。
窮地に於ける、極度の緊張による、産物であった。
が、ほぼ避け切ったと思ったそのとき、リリィは鉄球を避け気づいた。こちら側に逃げると…
残り二つの鉄球が迫っていた。ターンして避けることは出来ずそのまま直進して避けるしかない。しかし、それをすれば最後の一個は不可避のものとなってしまう。
リリィは、
『甚六!一個、来る!』
リリィは信頼した。自分を信じてくれた契約主を。直進のスピードを殺さずそのまま加速する。ギリギリのところで一個目を避ける。だが。
最後の一個、それが甚六の頭部に迫る。もうリリィに出来ることはない、信じることだけだった。
鉄球は甚六の頭を正確に捉えていた、が。日々の鍛練の賜物、身体を思い通りに動かすための訓練が、実を結んだ。雷行による高速移動中にも関わらず甚六は頭部に向かってくる鉄球を素手で掴んだ。
勿論無傷ではなかった、甚六の手に激痛が走っていた、骨が折れていることも考えられた。それでもリリィと甚六は鉄の暴風雨を防いだのだ。
「おうけい、宣言通りだな」
そして、桐島は完全に甚六に気を取られていた、故に下から接近していたジークに気づいていなかった。
『色気のない下着だ』
ジークは跳びあがり、桐島に斬りかかる、その目的は攻撃ではなく防御を剥がす、つまり先述詠唱を使わせることであった。
そしてそれは成功する、覆・旋風は発動し、ジークを吹き飛ばす、そしてそれと同時に迫ってきている甚六と逆の方向へと桐島を運んだ。
雷の使い魔の射程外に出た…!桐島はほくそ笑み、次弾を準備しようとする。
桐島の喉元に刃が食い込んだ。
今までの攻防で甚六は一つの勝利法を考えいた。
二度目の攻防のときである。ジークが先述魔術を解き、リリィが止めを刺さんとするとき、桐島は起動魔術の射程外に出た。実は甚六とリリィはその射程外に攻撃を届かせる魔術を持っていた。が、甚六は気づいた、桐島もその可能性を疑っているということに。だからこそあのとき、魔術を撃たなかったのだ。疑う者は備える者、備える者にとってこの魔術は止めに成り得ないこともあるからだ。
あえて撃たないことで桐島の疑いを拭い、そして手に入れた。千載一遇の好機を。
甚六の右手に激痛が走っていた、しかし、気にしなかった。代償の代わりに手に入れたもの、その大きさが痛みを消していた。
リリィが掌をかざす。甚六は照準補助をしない、リリィへの信頼であった。
桐島は気づかずにクレイの魔術を唱えようとする。まだ喉元の刃は見えていない。
甚六が唱える、温存し、秘匿された一撃を。
「――――――――銃雷」
リリィの指先から蒼い雷撃が飛ぶ、それは空中で直角に何度も折れながらも標的目掛けて飛んでいく。
「……!?」
ようやく桐島が自らの過ちに気づく。が、気づくのはいつでもことが手遅れのときである。今回もまたそうであるように。
雷撃は桐島にぶつかると弾け、桐島の身体中に走った。桐島の身体が大きく一度痙攣し、そのまま地面に倒れこんだ。
それを確認し、リリィはゆっくりと甚六を地面に降ろした。
「リリィ、ナイスアタック」
甚六の声がリリィの耳に届いてた。甚六からはリリィの背中しか見えなかった。しかしリリィの耳が微かに赤くなっていた。リリィの胸の中に言い様もない達成感があった。そしてそれを逃さないようにギュッと胸を抱きしめた。
『…甚六』
リリィが振り返ろうとした、その瞬間だった。
ダンッ、と音がした。その音は桐島が手を着いた音だった。
甚六とリリィが目を見開いた。
桐島の制服は所々焦げていた、オレンジの髪が煤けていた。ダメージがあるのは明らかであった。 が、桐島は憤怒の表情で立ち上がった。
「……ブッ…殺す」
何が要因だったのか、そんなことを甚六は考えていなかった、次の策を練り始めていた。
しかし、リリィはそうではなかった。
頭の中が真っ白になるを感じる。ただ分かることは、“私のせいだ”ということ。私の魔術が弱かったから、威力が足りなかったから、私が弱いから、弱い使い魔は要らないから……
振り返ることが出来なかった、今甚六の顔を見てしまえば私は、きっと。
「――――――豪巡・巨旋風」
怒りと羞恥で満たされた桐島が、最後の術を撃った。
それは演習場全体に影響を及ぼしていた。部屋にそのまま台風が入れられたように風が吹き荒れていた。
「………!」
そして、甚六は気づく。桐島の最後の術に、自らの喉元にある刃に。
部屋中に桐島が今まで射出してきた鉄球がある。それは消えずに演習場に転がっている。それが全て風によって動き出す、それは規則性を持っていた。
風の出所は桐島の横いる使い魔、フープ、フープの掌からつむじが発生していた。演習室全体を巻き込んだ台風は徐々に窄まり、そしてフープの手から7mほどの大きさの竜巻へと姿を変えた。そしてそれはただの竜巻ではない。百数十個にも及ぶ大小の鉄球たちを存分に含んだ凶悪な致死竜巻であった。
これこそが桐島の最後の手であった。
「まったくアンタなんかに奥の手使うなんてホント心外だけど」
桐島がそう言い、フープから旋風を手渡される、そしてそれを大きく掲げた。
「思ってたより強かったから、一応褒めてあげる!」
「降参するなら許してあげるわよ!」
桐島の勝ち誇った顔に甚六のこめかみがピクリと動いた。
「上等だっての、むかつく顔に一撃くれてやる」
甚六の言葉とともにジークが甚六の前に飛び降りる。
『まったく負けず嫌いな主だ』
「意地は張るもんだろ」
そう言い、甚六は笑う。
「“アレ”を撃つ」
甚六の言葉にリリィは思わず振り返った。甚六の言ったアレとは笹島教員から厳重注意を受けたあの術のことであった。
『だ、ダメだってッ!』
リリィは叫ぶ、自身の羞恥や後悔で泣きそうになりながらも声を上げる。何故ならその術を撃ち、制御できなければ。
『ジークがいなくなっちゃうんだよ…?』
リリィは自分の中にあった昏い感情を恥じながら俯いた。
「…綾部に謝らせんだ、それをしないといけないんだ」
リリィの言葉の真剣さに甚六は表情を引き締めていた。リリィの言葉に理があることもわかっていた。
「俺は我儘だからさ、アイツを倒したいし、ジークと離れたくない」
「で、それを両立できる方法があるんだったらさ」
ジークが剣を中段に構える。“アレ”を撃つための構えであった。
「挑むしかないだろ?」
甚六の笑み、それを見てリリィは退いた。彼の意志の強さは思い知らされてきた、だからもう反論する力もなくリリィは甚六とジークの後ろに退いた。
「悪いな、リリィ」
リリィの中に形容できない感情が渦巻いていた、それは確かにリリィを蝕んだが戦場はそれを意に介さず、最終局面を迎える。
ジークが構えたのを見て桐島は目を細めた。少しではあったが甚六の努力を認めていた、が、もうこれは努力ではなく自棄だ、そう桐島は思う。
「…残念ね」
桐島は嘆息ののち、巨大な旋風を放とうとした、そのとき。
「――――――――――鬼ノ頚斬り」
運命の魔術が放たれた。




