②-13
023
小鉄球の礫、それら全てをジークが防いでいた。
「悪いな、ジーク」
謝りつつも、甚六は目で合図を送る、ジークもそれをくみ取る。
「覆・旋風」
桐島が先ほど甚六とリリィを弾いてみせた先述魔術を張り直した、そしてそこからもう一度、範囲攻撃を繰り出そうとするが、それを甚六は許さない。
「鬼斬・迅足ノ型」
唱えた魔術は鬼斬の強化力、そのパラメータを変動させるものであった、そして今回使う型は甚六の目論見に沿うものである。
雷行の効力はまだ消えていない、そしてジークの迅足型とは読んで字の如く。
甚六の目論見とは、最初の一合目から変わらない。
言わずとも伝わり、ジークが右にリリィが左へと別れる、その速度は目で追うのが精一杯である。
甚六の目論見は魔力勝負ではなく、手数と速度での勝負に引きずり込むこと。兵は神速を尊ぶ、その事心に寄った戦術。
桐島のコンボ魔術は強力であるが、コンボであるが故に時間を掛かってしまう、だからこその速攻の戦略であった。
事実、桐島は相手の動きを見て次弾発射をやめ、ほかの選択肢を取った。
「跳・旋風」
桐島の足元につむじが発生し、ふわりと浮かんだ、そして勢いよく空中へ飛び出した。
それは雷行によく似た術であった。
「--------------!!」
空中にいる桐島に甚六が襲い掛かる、逃げる桐島。しかし、“雷行”と“跳・旋風”二つの似た術、速度の軍配は“雷行”に挙がった。
リリィの起動魔術の射程、それに桐島が入る、それと同時に雷撃が放たれる。
が、すんでのところで桐島はそれを逃れる、重力に任せて下へ避けたのが功を奏したのだ。
だが、それも甚六の想定の内、下へ逃れれば。
「----------------!」
桐島は驚きとともに気づいた、自分が誘われたことに、実体化した使い魔、ジークのいる地面へ誘われたことに。
無駄なきジークの動きに桐島は目で追うことしかできなかった。
ズン、と刃が首元へ飛ぶが。先述魔術により爆風が発生、刃を食い止め、ジークを吹き飛ばす。
ここまで、ここまでが甚六の目論見であった。先述魔術、それを消費させる、そして防護風が止むその瞬間、リリィとともに距離を詰め二段目の攻撃で仕留める。そこまでが甚六の目論見であった。
甚六はすでに急降下を始めている、そしてその真下には桐島がいる。
……喰らえ…!
リリィの起動魔術、その発生よりも早くことは起きた。ジークを吹き飛ばした先述魔術“覆・旋風”、発生する風、それをジークだけに向けず、桐島自らに充て、一気に後方へ跳んだ。
「…ぐッ」
桐島は完全に甚六の意図を読み切っていた、起動魔術、その射程外へと脱出を果たした。
リリィはそれでも桐島に手を向ける。甚六もその意図に気づいたが。
「……!」
遠ざかる桐島の目を見て、甚六はそれを押し留めた。その直感の正誤は確かでないが。
『…なんで!?』
甚六の直感など知るはずもないリリィが甚六へ振り返るが、甚六に弁明の時間はなかった。
「マスオーダー・コモンサイズ!アイアンヘッド」
桐島が次なる攻撃を準備していた。用意された攻撃は先ほどの鉄球の雨より大粒な、まさに破壊力の雨。
「ジーク!」
ジークと言えども、鬼斬で強化されたジークと言えどもそれは脅威であった。
桐島の周りに野球ボールほどの鉄球が展開される。ジークが迅足型による加速ですぐさま甚六の前に来る。
「豪・旋風!」
「鬼斬・甲衣ノ型!」
二人の魔術師が同時に魔術を行使する。放たれる鉄塊たち、そのどれもが人に当たれば重傷、もしくは致死レベルの攻撃。それに対して唱えられた呪文は。
甲衣ノ型、それは防護に力を注ぐ魔術。ジークの白と黒の羽織が質量を増し、意志を持ったようにうねる。実際それはジークの意志で動かしており、そしてそれは弾丸さえも止める強度を誇っていた。
二つの魔術がぶつかり合う。材質は鉄と布、激しい音はしなかった、ただ甲衣ノ型がいくつもの鉄球を受け止め、回転する鉄球との衣擦れの音だけが聞こえていた。
よし、と甚六は拳を握った。ただ嬉しかった、自分の意図とは違い、速攻での勝負はつけれなかった、そして正面からの魔術勝負になりつつあった、が。それでも相手------桐島涼香と対等に渡り合えていることが嬉しかった。自分のやってきた鍛錬が実を結んでいることが嬉しかった。
「ナマ…イキ…!!」
甚六とは対照的に桐島は苛立っていた。当然である。彼女が思い描いていた勝負ならばすでに勝敗が決し、相手は自分に跪いてるはずなのだから。それが現実は未だ敵は健在、それも自分と互角のつもりで戦っているのだ。腹が立たないわけがない。
二人の思考は共に勝つために動いていた。相手の強さ、出来ること、出来ないこと、自分の切れるカード。すべてを把握し、相手に致命の一撃を入れるために思考する。
二人は思考する。共に誤りがあることを知らずに自らの勝ちを夢想する。
お互い、その間違いに気づかない。それは互いに致命となりうる。お互いが喉元に刃があることを知らずに勝ちを夢想する。二人が刃に気づくときが来るとすれば、それは喉元に食い込むとき、食い込むときは手遅れの時である。
「雷行!」
「覆・旋風!」
両者が術を撃つ。持続時間の切れた術を、自らを守る術を。
「鬼斬!」
そして時間切れすれすれだったジークの強化もかけ直す。そして、その間に桐島が取る行動は。
「マスオーダー・コモンサイズ、アイアンヘッド」
桐島の周りに再び鉄球の群れが現れる。彼女の目はまさしく鋼鉄の女王、冷ややかな温度をしていた。そしてその目を甚六はどんな目で見ていただろう。
『…甚六』
ジークが声を掛ける、甚六が何を考えているのか分かったから。
「リリィ、頼んだ」
「―――――――――――鬼斬・迅足ノ型」
「跳・旋風」
甚六の選択に桐島は冷たくそう唱えた。甚六の選択にリリィは冷たい汗を流した。
甚六の選択、迅足ノ型を選んだ、ということは、鉄球を防ぐことのできる甲衣ノ型選ばなかったということは。
「一発ぐらいなら耐えて見せるからさ、頼むぜリリィ」
甚六は攻めることを選んだ、そしてリリィに信頼を寄せることを選んだ。リリィの背中が冷たく濡れていた。
リリィは思い出していた。昔、覚えていないほど昔、自分が捨てられたときのことを。思い返していた。今までの一か月を。夏の日差しのように痛烈で眩しかった一か月を。
『…一発喰らっていいなら気が楽ね』
リリィは自らの内にあった弱さを隠し、虚勢を張った。見栄と度胸だけはある契約主のように。
甚六はリリィの言葉を聞き、歯を見せて笑った。桐島は静かに敵の出方を伺う、迎撃で相手を倒すために。
甚六と桐島、二人の喉元には認識できていない刃がある。
刃は二つ、それは鉄塊でも剣でもない。旋風と雷撃が二人の喉元に添えられているのだ。




