②-11
021
教室のドアを開けると、いつもより教室の雰囲気が張り詰めているのを感じた。それもそうであるその原因は自分と。
『目立つ頭をしてるのぉ』
教室の最前列に座るオレンジ色の髪、サイドアップの少女、桐島涼香なのだから。
「おはよっす」
明るい茶髪、快活そうな男、ダンジがやや緊張気味な声であいさつをしてきた。
「おう」
ダンジのあまりの緊張ぶりに逆に自分の緊張が抜けた。ダンジに言葉にしない感謝を告げ、席に着く。
すると、ななめ前の日本人形のような風体の女子、綾部が恐る恐ると振り返ってきた。
「あの、おはよ」
「おう」
綾部もまた緊張した様子であった、それも無理はない、自分と桐島の板挟みになっている張本人なのだから。
綾部の横のオレンジ頭が勢いよく回転し、こちらを向いた。端正ではあるが愛嬌に欠ける鋭い目つき、不機嫌そうな表情も相まって、甚六は桐島の顔にいい印象を持てなかった。
「来たの、逃げずに」
「言っとくけど手加減しないし、アンタが負けたら容赦なくコキ使うから」
桐島の声と表情は明らかに威嚇を意としていた。
しかし、甚六は臆さない、元々見栄と度胸だけは持っていたからである。
「挑発のつもりか、ヘタクソだな」
甚六の言葉に教室が凍りつく、綾部とダンジは勿論、我関せずと授業準備をしていた風間もその言葉には手を止めてしまった。
皆一様に見ようとはしなかったが、それでも気にはなっていた。怖いもの見たさである。それを拝んでいたのは甚六だけであった。桐島の青筋が立たんばかりに顔色を赤くし、体を震わしているのを拝んだのは甚六だけであった。
「…ぶっ殺すから、奴隷になったらポチかミケかどっちがいいかだけ選ばせてあげる」
「…お前はどっちがいいんだ?」
甚六のこの一言で、誰もが横目で二人の様子を伺ってしまった。そして、そこにあったのは予想通りの光景、怒りの頂点である桐島とそれをぶすっとした顔で受けている甚六の姿。桐島の口元に笑みが浮かび、そして机を叩いた。その笑みは威嚇を意味する笑みであった。
「上ッッ等!やっとあんたと戦うのが楽しみになってきたわ」
その後、すぐに古海教員が来なければその場で戦いが始まっていたのではないか、と周りの人間は思った、そしてそれはあながち間違いでないほどに桐島の頭には血が昇っていた。
それこそ、勝負の放課後まで熱が冷めないほど。
桐島はその激情を秘め、不気味なほど静かに放課後までの時が過ぎた。
『人の神経を逆撫でるのが上手いのぉ』
実戦絵演習場控室。控室に設けられた長椅子に座り、集中を高めていると邪魔が入った。
「ありゃ演技だって、作戦のうち」
『演技でもあそこまでホイホイ煽りが出るとな、お前の将来が心配になってくるわ』
「あっそ」
集中も妨げられたので、椅子から立ち上がり、軽くストレッチを始める。
「作戦は頭に入ってんなリリィ」
『ガキじゃないんだから言われなくても分かってる!』
「分かってんならいいさ、最初はお前頼みだからな、頼むぜ」
『…分かってる!』
控室の扉が開き、笹島教員が入ってきた。今回の実戦演習では教員二名の立ち会いのみでWWUは介在しないと聞いていた。
「学園長の準備が完了した、行けるかい?」
「…はい」
笹島と視線を絡ませる。
「僕の言ったこと、忘れてないね」
「あれは脅しじゃないよ」
視線を逸らさず首肯で答える。それに満足すると笹島は踵を返し、扉を開けた。自分もそれに着いていく。
あのときと同じく、笹島は観覧席に向かうため途中で別れる。そして戦う者は薄暗い長い廊下、そしてその先の両開きの扉へと進む。
固い廊下を進みながら思う、桐島との試合、最初こそ戦う動機は感情的なものであった、もちろん今もそれは消えてない。だが、綾部とダンジには悪いが、今は試合が楽しみという念の方が強かった。それほどこの一か月は自身の成長を実感できる日々であった。
風間が言っていた、桐島は風間より強い。ならばその桐島こそ試金石としての価値がある。綾部とダンジはきっと演習場の外で待ってくれているだろう。あいつらから受け取った想いは大きな励みとなった。笹島教員との約束もある、自身を顧みろ、演習ではなく、救助のない実戦と思え。それは自分にとって避けられぬ課題でもあった。
『ちょっと』
最後の扉に手を掛けたところで、鈴のような声色が頭に響く。
「どうした?」
『…なんでもない』
「? なんでもなくはないだろ?」
『…私も頑張るから…あんたも…』
「おう、奴隷はまっぴらだからな」
『…そうよ!絶対に勝ちなさいよ!じゃないと----』
小うるさいリリィの言葉を聞き流しつつ扉を開ける、演習場の高い天井、そこから強い光が射し込んでいる。
前と同じく、相手は先に入場していた。視線は合わせないまま中央まで足を運ぶ。桐島の顔を見ていないが、それでもこちらを睨みつけていることだけは分かった。気圧されぬよう気を引き締めて顔を上げる。
桐島の鋭い眼光に晒される。怒り心頭と顔に書いてあるような分かりやすさである。
「秒殺でいくから」
「あっそ、期待してる」
ピシリと空気の軋む音を聞いた月島学園長は手短に要綱を説明し
「終焉回帰」
すぐさま蘇生魔術を両者に唱えた。
「遺恨なきよう全力を尽くすこと」
それだけ言うと月島は退場した、桐島も踵を返し、開始位置に着く。しばらくしてテンカウントが鳴る。
「さて」
試験のときよりも心に余裕があるのを感じていた。思考が順調に巡り、身体から力が湧いてきていた。体内の魔力も心臓が疼くほど高まっていた。
…3、2、1
魔術師は精神、身体ともに強靭でなくてはならない。
肉体が気力を高め、精神が肉体を高揚させていた。
「試合開始」
待ち望んだ開戦のベルが鳴った。




