②-6
016
「…いまなんて言った?」
始業の鐘が鳴り終わり、静寂が訪れると桐島はあからさまに怒りの表情を作った、キツイ視線を向けられるが、それに怯んでもしょうがない。
「綾部をパシリに使うのをやめろって言ったんだ」
「…は?別にそんなことしてないけど」
甚六と桐島の視線がぶつかっていた。そして、その間で綾部は声も出せずにその様子を見ていた。
「じゃあお前は綾部がジュース買ってこいっつたら買ってくるのか?早く鍛錬したいのに小用を預けられたら引き受けるのか?」
甚六の言葉に桐島はその目を細めた。その目は雄弁に語っていた。
「ここは天下の月島学園よ、仲良しごっこをするとこじゃない、弱いやつが強いやつの言うこと聞くのは当然でしょ?」
雄弁に語っていた。お前は、お前らは私より下だと。
「それともあんたが私のパシリになってくれるの?」
「…俺が、お前より弱いって言い切れんのか」
甚六の言葉にクラスは静まる。が、
「あっっは!」
桐島の感情を隠さぬ嘲笑が響いた。桐島はゆっくりと立ち上がり、甚六を睨みつけた。
「ここが月島学園でよかったね、どっちが強いかちゃんと測れる」
桐島の言うことは分かっていた。“実戦演習”、これで優劣を決めよう、そう提案しているのである。
「私が勝ったらアンタ、私の奴隷ね。今謝ればパシリで許してあげるケド」
「…上等だよ、一度言葉にしたんだ、もう取り消すなよ」
「…ハンッ」
今にも戦闘が始まりそうな雰囲気の中、教室の扉が開いた。始業のベルが鳴り、二分が経過し、古海が来たのだった。
「なんだ?何をしている?」
「…今、この井藤くんと実戦演習の約束をしてたところです」
古海の問いに桐島がすぐに答えていた。そして、その答えが古海の表情をしかめさせた。
「実戦演習は一か月のインターバルが必要だ」
「はい、分かっています」
「……ならいい、席に着け」
一触即発の雰囲気であったが、桐島の受け答えに不備はなかったため何も起こらずにそのままホームルームが始まった。
『売り言葉に買い言葉、だったな』
放課後、魔術鍛錬場にて実体化したジークはぽつりとそう言った。
魔術鍛錬場は校内緑園の中心にあり、巨大な平地をテニスコート大に八等分した場所であり、その区切りもフェンスとなっている。そして、申請を出すと笹島教員の魔術によって1つ分のコートが深緑の植物によって覆い包まれる。これは魔術師にとって魔術は安易にさらすべきものではない、という基礎を守るための配慮であった。実際、自分横のコートでも同じく訓練をしている生徒はいるだろうが、その分厚い木々たちは物音ひとつ通していなかった。
「ダメだったか?」
『駄目とは言わんさ、俺は戦えて嬉しいさ』
『そうじゃなくて勝手に条件つけられんなって話!』
現界し、自分の頭上をふわふわと漂う金髪の少女、リリィの顔は不機嫌そうだった。リリィとの契約から4日、彼女と手に入れた呪文は多くなかったが、それでもその性能は戦闘のはばを広げるものであった。
『奴隷が自分の主人なんてまっぴらよ』
リリィの言葉ももっともであったが、自分は今それどころではなかった。魔術鍛錬場にて自分の魔力限界を知るため、ジークとリリィ、二人の魔術を限界まで撃った直後なのだ。結果は二人分の起動魔術2回、ジークの魔術2回、リリィの魔術2回、そこで魔力の底は尽きた。
「負けなきゃいいだけの話だろ?」
『そうだけどさ…』
「魔力は少しだが増えてる、こっから1か月ガンガン身体鍛えて、魔術練習すればもっと伸びるはずだ」
グッと拳を握りしめる。ただ単純に嬉しかった。自分の能力が少しでも伸びていること、まだ伸び代が見えていること。努力が実るとはこんなにも嬉しいのか、そう実感していた。
『嬉しそうだな、甚六』
「…強くなるのは楽しいよな」
自分の言葉にジークは言葉ではなく、満足げな表情で答えた。
『甚六は、強くなりたいの?』
ジークの表情とは相対的にリリィがそう言った。
「そりゃ俺の目標はWWU、ウィッチャーだからな」
『…あっそ!』
そう言い、リリィはそっぽ向いてしまった。その態度に少し突っかかったが、それよりも先に鍛錬場入口に設置してあったタイマーが鳴った。鍛錬場の利用時間、それが終わったことを告げるものだった。
生徒の鍛錬場の利用時間は1時間、それは長時間の利用で無理に魔力を捻出させ、肉体を損傷させないための配慮であった。
「時間だ、出よう」
荷物を回収し、植物に覆われたコートを出ようとする、振り返れば魔術の威力で的用となっている案山子はズタボロになっており、植物たちも焦げていた。そういったことをしてもよい、というだけでも月島学園の魔術師育成の質は高いと言えた。
鍛錬場を出ると意外な人物が待っていた。
「…風間」
鍛錬場の受付、そこで待ち構えていたかのように佇んでいたのは、ただの学友とは呼べない間柄の人間、風間廉太郎であった。
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