②-5
015
「おあああああアアアアァァァ!!!!!!!」
『うむ! 30』
甚六が絶叫に近い声を響かせているのは自室であった。そしてその絶叫は父まで届いてることを甚六知らない。
『もうちょっとなんとかなんないわけ?』
使い魔二人に呆れながらも全力で甚六が挑んでいたのは筋トレであった。器具なんてものは勿論ない甚六の自室、まずは自重トレーニングということでスクワットを50回腹筋背筋を30回ずつ、そしてちょうど今腕立て伏せを30回終え、息も絶え絶えに床に突っ伏しているのであった。
『体力ないのぉ、インテリ小僧め』
『これはただのモヤシでしょ?』
「お前らな…」
何か言い返そうと思ったが、喋るのも億劫になるほどの疲労感に襲われ、そのまま床に寝っ転がる。学校で古海に言われたことを思い出してた。
「成る程ね、体力面の伸び代はいくらでもありそうだ」
『少し休憩したらもう一回だな』
「……………………分かった」
体力付けに対してジークは大賛成であった。数日ともにしてわかったことだがこいつは肉体も思考も見事に脳筋である。よくも悪くも現状のトレーニングに対してはかなりこいつの助言が入っている。
対してリリィは打てば返すと称していたが、打たずとも返ってくるということが分かった。あまりトレーニング内容には口出しはしないが、彼女が満足する回数までいかないとすぐに文句を垂れてくるのだ。
まあなんとも騒がしくなったものだ、だがそれも悪くない。
『さあ休憩終わりだ、続きをやろうか』
………悪くないはずだ。
結局のところ、3セット分のトレーニングを終えたところで梃子でも身体が動かなくなり、ベッドに上がれずにそのまま寝ていた。
「…」
勿論それは朝になっても変わっていない。蝉が鳴き始める季節、少し汗が滲む朝を床で迎えた。
「身体が痛すぎて動けないんだが」
それはもう全身であった。誇張でもなんでもなく全身くまなく筋肉痛が発生しており、誇張でもなんでもなく指一本動かすこともできそうになかった。
『頑張りゃどうにか動くだろうに』
『あたし引きこもりの使い魔なんていやよ』
スパルタコーチと我儘お嬢様の有難い御言葉を頂き、先日の筋トレ以上に踏ん張り、体を起こした。
「………………はぁ」
月島学園の生徒として恥ずかしくないよう、とは言われたが今の自分の産まれたての小鹿のような姿ははたして月島学園に相応しいのだろうか。自問自答しながらバッジを胸ポケットに止める。
その後、一階に降り父から「昨日の絶叫は何事か?」と聞かれたこともあり、本日の登校はかなり辛いものになると予想された。
『おい、老婆に抜かされているがいいのか?』
登校時、全力で自転車を漕いでいる。漕いでいるのにもかかわらず自転車は牛歩の如き速度で走っていた。
『にしてもすごいな、歩くのもやっとだというのにチャリンコを漕げるとは』
「…父さんが整備してくれてるからな、そりゃ軽いよ」
『ほう』
「父さんは修理屋をやってんだ、魔術を使ってね」
『なるほどな、両親揃って魔術家系なわけだ』
「そ、だから俺にはこんな肉体労働は似合わ……ない!」
漕げども漕げども自転車は進まず、学校へ向かう徒歩の中学生たちがするりと自分を抜かしていく。
『なんでもいいけど急がないと遅刻するわよ』
「…」
風間との戦い、そのときの覚悟と同等の意志で自転車を漕ぎ、どうにか始業前に席へと着く、というより突っ伏す。
「どうした甚六くん、体調悪いんか?」
「…大丈夫だ、すこぶる健康だ」
ダンジと話しながら顔を上げる、自分の前の綾部はまだいなかった、しかし鞄はすでに置いてあった。そして、綾部の横、桐島涼香は携帯を弄りながら、綾部の席の方に膝を向けていた。桐島は橙色の明るい髪の毛をサイドテールで纏めていた。釣り目がちな目元が苛立ちからかさらに吊り上っていた。そして分かりやすいほどに貧乏ゆすりをしていた。
なんだ?と思ったが、答えはすぐに出た。綾部が息も切れ切れに教室に入ってきた。その手には紙パックのジュースが抱えられていた。
「あゆみ、遅い!」
「ご、ごめんね」
平謝りする綾部からジュースをひったくる桐島。桐島はそれでも溜飲が下がらないのか綾部に小言を垂れている。その光景にとても腹が立った。が
「甚六くん、トイレ行こうぜ」
ダンジの言葉に遮られた。
「…なんで?」
「いいじゃん、連れション行こうぜ」
「…」
断るのも面倒だったのでダンジとともに教室を出る。しかし、ダンジはトイレには向かわず、廊下で立ち止まった。ダンジがこちらを向き、いつもどこかフニャっとした顔を引き締めていた。
五反田ダンジ、元1組の生徒だそうだ。彼の印象で言えばおしゃべりとしか言い様がないが、その喋る内容には少し影あるように思えた。
「…桐島さんと綾部さんのこと、気にしない方がいいよ」
「…なんで」
「なんでって、分かるだろ?」
ダンジの表情は心配というより怯えているといった方が似合う表情であった。それにまた腹が立った。
「気に入らない」
「…え?」
「お前の言う理由も、それに納得してる綾部も気に入らない」
沸点は高い方と思ってはいた、だがそれは間違いで自分の足はすぐさま教室に向かう。
「ちょ、ちょっと待てって」
それをダンジが止める。
「お前が首突っ込んでどうすんだよ!?状況を悪くするだけだぜ!?」
「…見下す奴も見下されてもどうにもしない奴もそれを見て見ぬふりする奴も月島学園に相応しいのか?胸張ってそのバッジ付けれんのか?」
ダンジの胸にも自分の胸にも、同じく月島学園の生徒たるバッジがある。
「俺はなんの負い目もなく毎朝このバッジを付けたい」
そう言い、再び踵を返す、もうダンジから呼び止める言葉はなかった。すぐさま教室の扉を開け放つ。教卓の真ん前、桐島の席まで一直線に進む。
携帯を弄る桐島の席前まで行くと桐島は顔を上げた。
「…何?」
「お前、綾部パシんのやめろ」
言うや否、始業のベルが鳴った。甚六を追って教室に戻ってきたダンジにとってそれは開戦のベルのように聞こえていた。
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そのうちイメージ画を上げます、たぶん