②-4
014
授業を終え、すぐさまでも魔術鍛錬場を使ってみたかったが、それよりも先にしなければならないことがあった。
使い魔の相続申請及び新規獲得申請、これは新たに使い魔手に入れる又は親族等から使い魔を相続した場合に学校側に対して申請しなければならないという規則であった。自分の場合、本来はジークを新規獲得として申請しなければならないのだが、そうすると前の実戦演習のときを考えると辻褄が合わなくなるためリリィを新規獲得として申請しようとしていたのだ。
校舎一階の職員室前、長机の上には就職先のパンフレットや申請書等が並んでいた。面倒な書類なんてとっとと済ませようと思っていたが、その長机の前には門番のような人物がいた。
甚六よりも高く分厚い体つきをした茶の短髪の男。古海教員であった。古海の強面に少し離れて立ち止まると古海がこちらに気づいた。
意を決し古海の元に行く。
「どうした?」
「使い魔の新規獲得申請書ってどれですかね」
自分の質問に古海は少し驚いた。
「んん、新規獲得?親から相続という話ではなくか?」
「はい」
「新規獲得というのは誰とも契約していない使い魔と契約を結ぶことだが、間違いないな」
「はい、間違いないです」
まずいな、と思った。自分の中で少し嫌な予感が首をもたげる。
「どういった経緯で新たな使い魔を得たんだ?」
「…」
「校内緑園で野良使い魔を見つけました、すぐに契約しないと消滅しそうな状態だったので止む得ず契約しました」
偽れば危険な部分は偽らずに事実を告げる。
「…野良使い魔か」
古海は少し顎を引き、何かを思索しているようであった。
「その野良使い魔は実戦演習のときに使用した使い魔か?」
「…!」
ほぼ確信していなければ出ない言葉に瞠目する。
「そうです」
「……」
自分の答えに古海は再び思考に耽った。
まずいと強く感じる、最悪の場合野良使い魔であったジークは学校側に回収されるかもしれない。
「…」
そうなったとき自分はどういった行動をするのだろう。
答えはでなかった。
「わかった、申請書を出せばなにも問題ない」
「…!」
「ただ野良使い魔というのは特別な例だ、もし仮にまた野良使い魔と遭遇したら教員にしっかりと報告をしろ」
「…はい!」
古海の予想外の言葉に動揺しながらも申請書を受け取る。すぐにその場を去ろうとしたが
「井藤」
古海の言葉が呼び止めた。
「…お前の魔力不足は体力面によるものだ、体力をつければ魔力は伸びるはずだ、日頃の鍛錬を怠るな」
古海が目を合わせてそう言った。何故か言葉は出ず、ただ頷くことだけで精一杯だった。
古海はそれを言うと職員室に戻っていった。自分は何故か動けずに立ち尽くしていた。
「……」
そのままの状態でどれほど経っただろうか。
「…井藤くん?」
その声でハッと我に返った。
「綾部か」
振り返ると綾部が心配そうにこちらを見ていた。
「どうした?」
「うん、えと相続申請書っていうのを取りに来たんだけど」
「…相続?綾部がか?」
「ううん、私じゃなくて涼香ちゃんが」
涼香という名前に聞き覚えはなかったが、クラスには5人しかおらず、そのうち女子は二人である。すぐさま今朝の声のでかい女が思い浮かんだ。
「なんでお前が取りに来てんだよ」
「涼香ちゃん、すぐに魔術鍛錬場を使いたいって言ってたから…」
「なんだそりゃ、綾部だって使いたかっただろ?」
「…うん、だけど涼香ちゃんの方がすごいから」
綾部の言葉には諦めの念が見えた。そして、それに妙に苛立ちを覚えた。
「お前だってあいつだって同じ月島学園の生徒だ、嫌だったら嫌って言えよ」
苛立ちからか語意が強くなってしまったことを口にした後に気づいた。
「…うん、ごめんね、でも大丈夫だから」
綾部は俯いて、ただそう言った。ジワリと胸に後悔が滲んだ。動かない綾部に変わり、相続申請書を取り、渡す。
『オンナの扱いがなってないのぉ』
『なんかフォローしなさいよ』
そのままその場を去ろうと思ったが、内部の外野がそうさせなかった。何か言おうと綾部の目の前でいくらか思巡する。
「あー、綾部」
自分の言葉に綾部は少し潤んだ瞳をこちらに向けた。しかし、彼女に慰めの言葉を掛けるつもりはなかった、そうではないと思ったから。
「さっきのは無しだ、お前の好きにすればいい」
「…ただ俺が気に入らなかったら俺は勝手に首突っ込むからな」
少し間を開けて綾部はくすりと笑った。
「なんかすごく井藤くんっぽいね、それ」
綾部はそう言って歩き出す、行く先は同じであったので自然綾部に着いていく形になる。
「どーゆう意味だ、それは」
「ううん、褒めてるよ」
「あっ そ」
二人して下駄箱に行く、今日の魔術鍛錬の申請時間はすでに過ぎていた。空は雲をも染める鮮やかなオレンジ色であった。
「井藤くん」
「ありがと」
登場人物のイラストを描くことを決意しました、なんらかの方法で上げようとは思ってます