②-3
横書きのときいかほど改行すればいいのか模索中です。
013
月島学園の校舎、その三階が自分の教室である。4クラスあった教室のうち3つの標識が外されており、1組だけが残っている。それが自分の新しい教室になる。
教室のドアの前、それを開ければ新しく組み直されたクラスが待っている。さて、何人いるんだろうか?
グッと扉を開けるとその光景に気圧された。慣れた広さの教室が大きく見えた。教卓の前に並んだ席は5つであった。そして、そのうち4つは埋まっていた。そして、その4人には知っている顔が二人いた。
一人は風間廉太郎、そしてもう一人は。
「…井藤くん」
自分を見つけるや、よろよろと立ち上がり駆け寄ってくる。その姿は小動物のようで、真っ黒なおかっぱは日本人形のようだった。
そして彼女がこの学園に残れたこと、その事実に口元が綻んだ。
「…どうした、幽霊を見たような顔して」
「ふふ、井藤くんがユウレイだったら私だってユウレイだよ」
そう言って、綾部あゆみは涙目ながら微笑んだ。つられて自分を笑ってしまう、が綾部の後ろに人影を見つける。
「君らおんなじクラスでしょ?」
影の正体は男だった、月島学園の制服、中肉中背、明るい茶の髪色をした快活そうな男であった。
「いいなぁ、おれんとこのクラスはみーんな落ちちゃってさ、今急いで友達作ろうとしてるところ」
ニカっと男は自分と綾部の返事を待たず、次々と話してくる。
「あゆみぃ!!」
しかし、その連言は教室中に響く声で止まった。教室の前、席に座っていた少女が綾部を呼んだのだ。
「ご、ごめんね、呼ばれてるみたいだから」
呼ばれている声の怒気があったからか、目の前の男の話が長いからか綾部はそそくさと席に戻っていった。
「あの子知り合い多いの」
そして、男は何事もなく会話を続けてきた。
「さあな」
「ああ、俺の名前ダンジね、これからよろしく」
「…井藤甚六だ、よろしく」
『愛想悪ッ!』
リリィの悪態を無視し、ダンジとともに席に座る。自分の席は前から二番目であり、一番後ろでもあった。自分の右にダンジ、左に風間、前に綾部、綾部の右に先ほどの女子という席配置であった。
「にしてもすごいよねぇ、一クラスで3人も残るなんて」
どうやら席についてもダンジの話は止まらないらしい。
「てか、甚六の横って風間くんだよね?」
反応しない自分を見かねたのか標的を風間に代えていた。
「だよねだよね?うちの学年で一番強いって有名だし、試験の相手には同情するよ」
風間は無表情でダンジの言葉を聞いていたが、最後の言葉を聞くと無言で自分を指していた。
「可哀想な相手はここだ」
風間の淡泊な紹介に一瞬教室が静まり、そして驚愕の声が
「-----ッッええぇ!!!」
教室中に声が響いた。そして驚いていたのはダンジだけではなかった。ダンジの前に座る女子もまたその明るい橙の髪を振り回し振り返った。
「え、ちょ、ま」
「何?あんたドンケツに負けたの?」
言葉に詰まるダンジより先に女が声を上げた。
「負けてねえよ」
風間がかなり不機嫌そうな声で答えた。
「はぁ?じゃあなんでこいつが残れてんの?コネ?」
女は無遠慮に自分を指差した。
「コネじゃねえ」
自分の反論に女は顔をしかめた。吊り上った目つきと高い鼻筋が彼女を高圧的に見せていた、しかしそれは甚六にも言えることで大人びた面長な顔であるが、どこか目にはギラギラとしたものを感じさせる甚六の面構えは穏和とは少し遠く見えた。
が、女は言い返すことなく席に座ると、となりの綾部との会話に戻った。
もともとの発端であったダンジは女の迫力に負けたのか口数は少なかった。
『躾のなってない女ね』
『んん、だいたいお前さんと一緒な気がするけどなぁ』
『ハァ!?』
「…」
まあしかし教室が多少静かになろうと頭の中でおしゃべりたちがずっと話しているのではあんまり意味がないなとは思う。
結局クラスのざわめきも頭のざわめきも古海教員が入ってくるまで続いた。古海教員は審議の結果このクラスへ着任が決まったことを告げると、全員にバッジを配った。
バッジは淡い金色を放ち、光っていた、六角形の中央には校章が刻まれていた。
「それは君たちが月島学園の試験を乗り越え、在校を成し遂げた証だ」
古海の言葉にみな少し頬が緩んだ。
「そしてそれがあればこの学園の施設をすべて使うことが許可される」
古海が指を校内緑園に向けた。
「魔術鍛錬場の利用」
そして次は下、階下を指した。
「使い魔の相続申請及び新規獲得申請」
最後に総合館を指し
「実戦演習の申し込み、ああ、これだけはひと月のインターバルが必要だから仮に申し込むなら一か月後となるな」
「…」
古海はひとしきりの説明を終えると教卓に手を着いた。
「さて今までの話だけを聞けばそのバッジは便利ですごいものとしか捉えられないだろう、だがそれは間違いだ」
「そのバッジは月島学園に残れたものにのみ渡されるもの、それには残れなかったものの想いが宿り、そしてそれを見れば大衆は君たちを月島学園の者と認識するだろう、残れなかったもの、そして世間、そのすべてに対して月島学園の生徒として恥ずかしくない振る舞いが要求されるのだ」
「そして君たちは生徒であることと同時に魔術師でもある。“魔術師、魔に染まるべからず”、魔術師の信条は常々頭の真ん中に置いておけ、もし魔術師として道を逸らすようなことがあれば…俺が直々に使い魔を滅ぼしこの学園を追い出す、それが俺のこのクラスを受け持つ責任だ」
古海の言葉に生徒たちは誰一人身じろぎすらしなかった。その一言一句を胸に刻んだ。
緩みがあったと、誰もが感じていただろう。それは難関と呼ばれた月島学園に入学し、そこからさらに厳しい試験を経て、この学園に残れた。まるで自分の未来がすでに安全な道となっており、そこを歩くだけと勘違いしていた。
今まさにスタートラインに立ったのだ。そして、その両肩には去って行ったものたちの想いが、世間からの期待が乗っている。それらは決して振り払うことは許されない。
そして、そういったものたちのために、そしてなにより自分のためにここからまたすべての時間を惜しみ、切磋琢磨すべきなのだと強く実感した。
古海はそのあと、いくつかの定期連絡をしたのち、ホームルームを終了し、教室を去って行った。
『良い師だな』
「…」
ジークの言うとおり、古海の言葉は自分の心を引き締めていた。しかし、気になることもあった。
古海教員は話すとき、目線はいつも教室の後黒板に向けられ、目が合うことはほとんどないと記憶していた。
が、話をしていたときふいに古海と目があったような気がした。が、古海はすぐに目を離した、ような気がした。
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