②-2
012
一夜明け、甚六は目覚ましよりも早く起きていた。顔に残る火傷の跡が痛み、それで目が覚めたのだ。早く目覚めた分の時間を二人分の朝食の準備に費やし、やや早い時間に甚六は家を出た。
ニュースでは昨日よりも蒸し暑いと言われていた今日は確かに暑く、自然自転車を漕ぐ足に力が入った。
校内の駐輪場で日陰を見つけ、そこに自転車を止め、校門から流れてくるまばらな生徒の波に合流する。
この月島学園は校舎こそ大きいが抱える生徒数は多くはない。1年ではクラスが4つから5つほどであり一クラス18~17人と決められている。しかし、2年の春の終わりに多くの人間が去ることになる。昨日の実戦試験であった。前例で言えば自分の一つ上の学年はクラスが一つになり、そのクラスにも7人しか残れなかった。どの代もその程度の人数しか残れなかったらしい。
人の流れの前で少し立ち止まる。自分は残れたのだと実感が湧いてくる。グッと拳を握りしめた。
『何?いかないの?』
そんな感傷にはお構いなしのリリィの声が響く。フッと笑いが込み上げてくる、人によっては頭の中から喋りかけられるなんて煩わしいと思うかもしれない。それでも、その声があったからこそ自分はこの学び舎に残れた、それが奇妙でくすぐたかった。
「行くさ」
ゆっくりと人の流れに乗り、校舎を目指す、すると下駄箱前で小さな人だかりが出来ていた。一年生が人を囲っているようであった、囲まれているのは一人であり、背の高い厳しい顔をした男であった。男は周りからいろいろなことを聞かれ、顔をしかめている、そして自分を見つけると人ごみをかき分け、こちらにやってきた。
「教室に行こう」
男は短くそう言った、状況はだいたいわかったのでその男の後に続き、校舎に入った。男を囲っていた団体から離れると男は振り返った。
「悪い、囲まれてうんざりしてた、利用させてもらった」
振り返り、整った固い顔で礼を言う、その額にはガーゼが貼られていた、おそらくその下には深い切り傷が残っているのだろう。
「…」
その男は風間廉太郎であった。学年一位の成績であり月島学園に残れた、魔術師としてのノウハウを学ぶためにいくらでも後輩は寄ってくるだろう。
「構わない」
少し間を空けて返す、昨日死力を尽くし戦った者同士である、そしてそれ以上に意識していた存在でもある、自然に話すとはいかなかった。
「試験、受かったのか」
「どうにかな」
『なんつー会話だ、おかゆのようだぞ』
『もっと気の利いた返しをしなさいよ』
使い魔二人がなにやらうるさいが、気にしない。というより気の利いた会話というのであれば風間には勝ってると思う。
「そうか」
自然に話そうと努めていたのは甚六だけではなかった、風間もまた言葉を紡ぐことに悪戦していた。そして、それを振り切るように速足で歩き、甚六を置いて教室に向かっていった。
「…俺の方が愛想あっただろ?」
『どっこいだな』
『ドローね』