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初投稿です。
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人類がコミュニティというものを成しはじめた黎明期、火を恐れ、星を崇めた原初の時代。
特異点が誕生した。特異点は世界の理を解し、それを曲げた。その者の名はゲーテル・リヒト。最初に名前を手に入れた男であり、最初の魔術師である。彼は後世に多くのものを残した。
仮想現代、リヒトの力の残滓が魔術と呼ばれた時代。それがこの物語の始まりである。
第一章 刃と魔術師の章
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緑が芽吹く初夏、井藤甚六が高校二年への進学を果たしいくらか経った。魔術を専門とした日本の中でも有数の名門校、月島学園。
広い敷地を持つ学園には校内緑園があった。
校舎から見れば生い茂る背の高い木々によって死角となるこの校内緑園は恰好のサボり場であった。無論本来の使用用途は使い魔の使役の練習場となっているが、使い魔を持つ5人の3年生は現地実習で不在。この長閑で平和な場所を甚六は独り占めしていた。
ゴロリと原っぱに寝転がる。新緑を通り抜けた微かな陽光が心地いい。風が抜けると青い葉の香りがする、葉っぱたちが静かな音を立てる。
午後一時二十分、昼下がりの気候はあまりにも穏やかであるが、学び舎では今も授業が続いている。無論、井藤甚六もその授業に出ていなければいけないのだが。
身を起こし、両手を着いた。見上げた空は目に痛いほどに青かった。その下にある池もまた同じであった。
携帯の振動を感じ、ポケットに手を突っ込む。
メッセージは同級生の綾部からのものだった。
授業でないと古海先生に怒られるよ、との旨が書かれたメッセージをぱたんと閉じる。
甚六はきっとこの月島学園を卒業できない。これから行われる2つの学校行事、その篩にかけられ、弾き出されるだろう。
「……んー」
悔しい、という気持ちが出涸らしのようにやんわりと広がる。だけど、抗おうとしない、するほどの気力も才能もなかったから。
目の前の池と同じ気分であった。静かではあるが僅かに波紋を打つ。
そろそろ戻られねばなと膝を立てる。それと同時に自分の心が水飛沫を上げた。いや、回りくどい言い方であった。簡単に言えば、池が爆発したかのように水飛沫を上げたのだ。
そのとき甚六は情けなくも腰を抜かし、立ち上がれずにいた。爆発の中心は熱を持っているようで、舞い上がり降り注いだ水滴は暖かかった。
「---------!!」
水飛沫が晴れ爆発の中心が明らかとなる、池の真ん中に新緑よりも眩い緑の光が走る。それは曲線となり、円を基調とする紋章になる。教科書の挿絵で何度も見たその紋章。
「……召喚陣」
授業をサボリがちな甚六でも知っていた。そして、そこから召喚されるものの正体も知っている。
それは魔術師が魔術を使うために必要不可欠なものである。それは異界より不規則にこちらに呼び起され力を授けるものたちである。
それは井藤甚六が担う道を決めるもの。
同年代よりも大人めいた風貌の甚六は普段は全てを伺うように細められた目を見開き、年相応の好奇心でそれを見つめていた。
それとは、この世に不規則に現れるもの、使い魔の降臨であった。紋章はゆっくりと上昇していき、足元から使い魔の正体を現していく。
黒い靴が現れる、その大きさから巨体だということが分かる。黒の斑が入った白い袴が見える、腰には1mと50cmもある大太刀が真紅の鞘に納められている。着流しの白い着物にまた黒斑の羽織。現れた諸手は巨大で骨張っている、そしてさらに骨のように白い。しかし、体つきは逞しく、肩が現れるとそれはさらに顕著になる。
最後に白い顔をしながらそれでいて強い芯を感じさせる深い色をした眼、そして長髪は肌の色よりも白く、新雪のようであった。それが後ろで真紅のひも止めに結ばれていた。
使い魔は異界より突発的に来る。それは知っていることである。だが、それともう一つ知っていることがある。使い魔は魔術師に行使されることによって大きな力を発揮する。単純に言ってしまえば危険である。それゆえ、先進国全てが使い魔の召喚場所を魔術にて制限していることも甚六の知っているところだった。
つまり、現在自分の目の前に使い魔が召喚されたことは有り得ないことであった。
池はさきほどの爆発の衝撃がなかったかのように平静を取り戻すが甚六の心はそうはいかない。
(--------野良使い魔? どうする?)
甚六があれこれを考え、立ち上がろうとすると、使い魔は池の真ん中から一歩踏み出した。使い魔には実体はない、それゆえ出来ることであった。
そして、白い武士のような野良使い魔はジッと甚六を見つめ、言葉を発した。
『ここは現界か?』
野良使い魔はそう言った。その発言は甚六に対しての疑問というより独り言に近かった。だが、それが問題ではなかった。
「?!!!!?」
全くもって意味が分からなかった。
『…ふー、ついに来てしまったか』
野良使い魔は頭を掻きながらそう言う。
「こ、声……なんで???」
甚六は片言で告げる。それもそうである。これもまた常識の一つであるが、使い魔と意思疎通は出来ない。これは大原則であった。魔術師と使い魔は言葉を介さずに共に生きる。それは魔術師の技量によって使い魔を御することで成立するのだ。
『ん~?どうした?というかこの状態はかなり居心地が悪いんだな』
使い魔の声が聞こえる、そんな素っ頓狂なことは誰も聞いたことがない。聞こえたとしても何の意味もないのだ。
野良使い魔が手で触れられる距離まで来る。その長躯を屈め、目線を合わせてくる。
『なあ良ければ俺と契約せんか?俺の名はジーク、かなり強いぞ、損はさせん』
だから使い魔の声を聞いた井藤甚六は特出ではない。特出ではないが、彼はきっと特別な存在と成り得るのだろう。
ジークと名乗るその野良使い魔は快活に笑った。
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