砂の中、人々は列をなして立ちすくんでいた。少女は真っすぐな黒髪を指でさばきながら背伸びをする。背伸びをしてはまた前に進むが、それも微々たる距離だった。列の先にいる者の数は一向に減る様子がない。
はやる気をおさえきれずにその少女はまえのめりになる。周りから苦笑いが飛んだが、少女は爪先立ったまま順番を待っていた。
ここには雨の匂いがしない。地平線が砂に隠れ、風は常に湿気をはらまない。慣れてはいるが、彼女はぐっと眉をひそめた。黒髪に同色の目が彩る顔は、綺麗にして化粧をすればいくばくかの求愛をうけるのに相応しいものに思われる。けれど少女は剣呑な表情のまま、薄汚れた格好で群れの中に立ちつくしている。
「次、」
事務的な声。
難民のビザを出すためにテントをはった軍人たちが、機械的に人の群れをさばいていく。
ビザを待つこちらは人だが、向こうはまるで別の世界の生きもののようだった。
どこかで赤ん坊の泣き声がする。
人をかきわけてきた母親が転んだ。
しかし少女はその手から転がり落ちた子供の頭を平気でまたいだ。誰かの命より、目指すものがあるのだ。
やがて順番が回ってきた。ぼろきれをまきつけたきりの体に、なけなしの誇りをつぎこんでこうべをあげる。兵士は全く構う事無く、資料から目もあげようとしない。
「出身は」
「白紙地帯」
「の、どこ」
「分かりません、流れてきたので」
兵士がうろんげに顔をあげた。
「身分と両親」
「母はルーディ、父はジーク……」
「名無しか」
名字を持たないということは、身分から逸脱した証拠。
蔑む眼差しに、少女はぐっと拳を握った。
「でも……父は、竜でした」
兵士の目が見開かれる、驚きと疑いで表情がくるくると変わった。
「いや……しかし、ロンは子をなせないのではなかったか」
それなりに知識はあるらしい。少女は兵士に軽く笑んだ。
「ウィルスは常に変異するものです」
その笑みに、兵士は彼女の存在に初めて気が付いたような顔をした。
「名前は」
「フェイ。フェイ・ジーク・クロイツ」
「名字があるじゃないか」
急に我に返ったのか、兵士が不機嫌そうにペンを走らせる。少女は再び、その手をとめさせた。
「軍に入りたいの」
少女は至極真面目だった。
「竜だから、一般人より役に立つはずよ」
そうして、彼女は軍の保護下におかれることとなる。