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四話

四話

 大佐は風に吹かれていた。とても格好をつけていた。本人にその気はなくとも、グレイ色をした空のもと、黒の軍服(平素用)の裾を風にはためかせている姿は、とてもサマになっていた。

 佐倉はくしゃみをこらえた。先日の任務中、妙な伝染病を拾って帰ったらしい九条の見舞いに行ったらば、どうも移されたらしい。

 風邪だと思うのだが、それこそ万病の元、とのたまう軍医が嬉々として九条をベッドに押し込んでいたことを思い出すと、おいそれとは言い出せない。参ったな。大佐は相変わらず悩んでいるらしい。後ろ姿は飄々として見えるが、彼はうだうだと悩んでいた。屋上の風はやたら強い。それこそ離陸基地とも隣接しているため、宿舎は攻撃の的になりやすすぎるほど見晴らしのよいところに突っ立っていた。遮るものがないために、風は猛然と、どこか遠くの土埃を含んだままやってくる。

「大佐、いい加減戻りませんか」

 口元を袖口でおさえているため、声がくぐもって「はいは、ひいはへんいほおおいまへんは」としか聞こえなかった。

「どうしようか、本当に」

 途方に暮れた大佐の口調に、佐倉はよっぽど、いってやろうかなああと思ったが、口を開けて砂を入れるのもイヤだった。

 大佐は珍しく悩んでいた。こういっては何だが、彼は佐倉から見て、どう考えても何も考えていないとしか思えない男だった。

 戦闘の技術とセンスは一流だが、真剣みにおいては三流落ちでいいところである。真面目なばかりが能ではない。が、部下を苛立たせるのはやめてほしい。無論、任務中にはそれなりに部下を扱う技量も見せるが。

「エリカちゃんに会ってあげたらいいじゃないですか」

 面倒くさくなり、佐倉は言って、きびすを返した。だめだ、さむい、これ以上ここにいたら、本当に風邪を引いてしまう。明後日は航空隊のみで演習があるのだ。アタマが風邪でつぶれてしまっていては、話にならない。

 大佐は振り返らず、屋上から落ちるぎりぎりのところでしゃがみ込んだ。

「ああ、いっそ飛び降りてしまいたい」

 そんなことをしたら、あのマッドな軍医に、足りない設備分をこえた不可解な手術をされ、挙げ句、もれなく何か怪しげなオプションがついてくるに違いない。この間、右腕を骨折して運び込まれた隊員が、どう考えても三センチ身長が伸びていたことは怪異である。成長期でもないのに一週間で三センチ伸びるだろうか。彼女は背が低いことを気にしていたが、さすがに泣き笑いだった。

 サイボーグになってなかっただけましかもな。とは、そのころエスエフ小説にはまっていた大佐の弁だ。さておき、

「うだうだうだうだ……まったく、娘に会うぐらいで」

 ぼそっと呟いたら、突然両肩をつかまれた。どん、と突き飛ばすように飛びつかれ、佐倉は危うく、開けたばかりのドアから非常階段を二十段ほどつき転がされるところだった。

「わかるか!? お前に俺の苦しみが分かるか!?」

 今のところ独身の佐倉には分かりようもない。十歳の娘に面会日ごとにいびられる父親の気苦労など。

「あいつ、ママが行けって言うから仕方なく来たのよ、から始まって、あれを買えだの、向こうにいこうだのと」

「嬉しそうじゃないですか」

 顔がにやけている。佐倉は自慢話につきあわされるのはまっぴらだとばかりに逃げ出そうとしたが、地上戦の名手はそれを許そうとはしなかった。部下を羽交い締めにしたまま、上司は言う。

「マリアンなんか夜しか会ってくれないんだぞ」

「というか、大佐の家庭が『パパ』とか『ママ』の呼び名で動いていることが何となく気恥ずかしいです」

 奥さんは昼間は仕事でしょうが。近くの喫茶店で働いているマリアンは、大佐の妻であり、なぜかとても女性らしい女性である。どこがどう大佐と彼女を結びつけたのか分からないカップルだった。

「何が悪い」

「なんとな~く、大佐は古風な環境で暮らしていそうで」

 佐倉は逃げ道を探しながら、平静を装った。

「ああ、大佐。明後日、出られるんでしたよね。しかも俺とは別隊で」

「ん? なんだ、いきなり」

「今、体調不良になりかけているんです。もしも完全に調子が悪くなったら、本気でいきますから。何が起きても恨まないでください」

 

 屋上で、一人佇(たたず)み男は言う。

「どいつもこいつも……俺の苦悩なんか分かっちゃくれないんだ。ふう……まぁ当然だがしかし上司に対して」

 ぶつぶつ言いつつ、彼は地平の果てを見る。

 風のさかまく平地の向こうに、一筋の光がひらめいた。そうして今日も、新たな夜が明けるのだ。

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