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七話 3

 レジスタンスが殲滅させられるのは、おおよそ、感染者か民間人に被害が大きくなりすぎているかのどちらかにケースが分類される。「セフェ・フィーも感染者が激増して、ほとんど狂戦士ばっかりだった」

 人間としては使い物にならない。その言葉がいったいどんな意味を込めて使われたものなのか、一宇には知るよしもない。

「ランゼル、さっきの話が全然わからなかったんだが」

 憂乃がクマを見つめて問う。クマは砂漠の中に佇み、夕日を浴びて橙色に染まっていた。

「たとえば、ケテルからティファレトへとエネルギーが流れる、という高位と低位の考え方があるんだ。13番目のパス。3番目の文字。ギメル、G、駱駝、月。グランが……グラン・シェルスがティファレト・アマスを直接的には殺している。面白いことをするな、韻を踏んでやがる」

 やっぱいいや。憂乃は問題を放棄した。彼女が戦闘で必要としているのは、敵方の信仰ではない。

 あとで誰かにきいとこうっと。一宇は他人を頼る気まんまんで、判断を一時中断させた。

 彼にとって、誰のどんな考え方も、変化に富む世界の行動に関係あるように思われる。レジスタンスだって戦争が好きなわけではない。信仰を、土地を、命を、食料を、守るために争うのだ。甘っちょろい、と笑われても、まだ、理想は捨て切れていない。

「なんで、それはそれ、これはこれ、とかできないんですかね」

 呟いた一宇に、

「現実にだけ対処しててどうするんだ。理論も組み立てないとこれっぽっちもすすめやしないぞ」

 と、大佐が投げやりないい方で答えた。クマはまだ砂に埋もれている。

「やっぱ、爆発しねえな」

 ちゃんと見れば分かったことなのだが、クマはどうも、作りが完全ではなかったらしい。高性能新型の爆弾が開発されたという情報や、爆弾の作りにだまされたのだ。つまり、

「爆弾じゃないのか」

 地上戦の名手は、疑わしいものはすべて疑う。憂乃が茫洋と呟いた。

「一日、無駄にしたな……」

「減給ですかね……」

 内田が夕日にむかって何か言いたげな顔をしている。

「叫んで良いぞ、内田」

 かくいう大佐も、なんだか生気のない顔をしていた。一宇はクマを眺めながら、真剣にあることを考えていた。なんだか、晩ご飯の献立が思い浮かばない。これは困った。別に、食堂で食べればすむのだが、それでは意味がないのだ。なんだか腑に落ちないことが起きると料理をする、というパターンが、彼の中ではできあがってしまっていた。

「あー、大尉、何か食べたいものないですか」

「食べたい?」

 お前のバカに真剣な頭とかな。ぼんやりと考え、憂乃はおしるこ、と答えた。

「甘……ッ」

「うるさいな、こんな時間までつまらんことに頭も身体も使ったんだ。疲労して当然だっ」

「じゃーいいですよ、今晩持ってきますんで」

「夜はヤメロ! 胃にもたれる」

 必死の形相で言われ、一瞬、太るから、という乙女らしいセリフを想像した一宇は、あははそうですよねーと、どこか乾いた笑いを返した。

 

「もー帰るかぁ」

 大佐が帰還命令を出した。日が沈みきるぎりぎりのところで、クマを置き去り、並んで戻る。基地の建物に入るところで、ふと、きぃん、というハウリングに似た音が聞こえた。

「なん」

 だ、と言う前に、クマめがけて爆撃機が突撃してきた。

「お、おち……!」

 一宇の頭を地面に叩き伏せ、憂乃がポケットから通信機のインカムを引きずり出す。

「第七処理班! 緊急配備!」

「大尉、そんな便利なもの持ってたんですね。ていうか今、鼻、はな……」

 地面に押しつけられ、(したた)か顔を打ち付けた一宇は、鼻を手で押さえながら立ち上がる。

 一方、

「ポインターかよ」

 呟いた大佐は、屋内の壁に背をつけてぼやいた。

「アルフォンス、てーめえ、またか」

 アルフォンス・ネオ大佐が帰ってくると、ろくなことがない。勝手に彼の所為にして、がしがしと頭をかき、廊下を去る。

 レジスタンス要員のやることは無茶苦茶だが、それでも、アルフォンスはまだ交渉の矢面(やおもて)に立ち、ランゼルたちは交渉さえつぶれるほどの戦闘を繰り広げる。それが、今の時代だった。かつてと変わらぬ、それは、誰かが言い出した夢のためでもあり、また切実な願いさえ地へと落とす、危険なままの、争いの形。

それでもなお、この大地にとどまる。いくど希望を奪われても、復讐という泥にまみれても、死の底に沈もうとはしないのか。底を踏み越えてまで、走ろうと願うのか。

 そのギフトは、一宇の心に再び影を落とした。それはもう、ただ仲間だけの幸福を願ってはいられないという気持ちを引き起こさせた。画一化は気持ちが悪い、けれども、自分だけという見方は、きっと、このままでは滅ぶ原因にしかならない。怖い。歩く道が見えない。それでもなお行く。愚かだと、知りながら。いつか、その大地に、受け入れられることを望みながら。生きる。

 後日、クマは一宇によって補修された(幸いなことに、損壊はしていたが原型はとどめていたのでなおせた)。

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