表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

side-A 4 決戦

 勇者が城内に足を踏み入れた瞬間、俺の心臓は大きく脈を打った。

 目には見えなくても、気配を感じ取ることができた。息づかい……匂い……体温……そのどれもがしっかりとした輪郭を伴って、俺の五感をダイレクトに刺激する。

 勇者は仲間を一人引き連れて、真っ直ぐにこちらへ向かっているようだ。たった二人で俺に挑むとは、気が違ったのだろうか、それとも余裕の現れなのだろうか。どちらにしろ、俺は全力で奴らを叩き潰すだけだ。

 今、階段を上がって二階の踊り場に足をかけているらしい。俺と勇者の距離が縮まり、彼らの周りを漂う空気をありありと感じることが出来る。勇者が足を一歩踏み出すたびに風の流れが変わり、空気の擦り合う音すら聞こえてきそうだ。

 俺は玉座に座りながら、得も言われぬ愉悦を味わっていた。それは小動物が(わな)にかかるのをじっと眺めている捕食者の気持ちに似ていた。勇者たちは慎重な足取りで、こちらに近づいている。しかし、既にここは俺の城の中なのだ。飢えた狼の巣に、好奇心で侵入してきた兎……。巣穴の奥で息を殺し、獲物(えもの)を待ち構える(おおかみ)は、おそらくこんな心持ちなのだろう。俺は痙攣(けいれん)のようにこみ上げてくる笑いを必死に堪え、陶酔(とうすい)感を味わうように唇を舌で舐めた。

 勇者がこちらに向かって歩くたび、床と靴が擦れて音が鳴っている。その足音と共鳴するように、俺の鼓動音も激しくなり、血流が加速していく。身体は熱を帯びていき、興奮が火花になって目の裏側でちらついている。

 俺は椅子から立ち上がると、大理石の階段を降りてどっしりとした姿勢で立った。勇者を迎え入れるのに、座ったままでは無礼だと思ったからだ。魔王には魔王なりの、闘いの哲学というものがある。不意打ちや奇襲、あまりに人を見下すような下品な行動は、俺のプライドが許さなかった。殺し合いというのは、紳士的でなければならないと俺は思う。正々堂々と戦うからこそ、勝負というのは気品があり、美しいのだ。

 勇者の到来を待っている俺の目の前に突然、生き残っていた部下の悪魔たちが音もなく現れた。定規で線を引いたように横一列に立ち、こちらに背中を向けている。

「どうした、(じき)に勇者がこちらへ来るぞ」

「魔王さま、我々に奴の相手をさせてはもらえないでしょうか」列の真ん中で立っているベルゼブブが言った。その背中はぴんと張り、覚悟を決めた者特有の威厳が感じられた。

「……止めても聞かぬだろう、お前たちは」

 申し訳ありませんと言って、部下は攻撃の体勢に入った。きかん坊な部下ばかりで、俺は思わずやれやれと呟いてしまう。しかし、彼らと共に勇者と戦える喜びが、胸の内に広がっていくのが分かり、俺は声を殺して笑った。

 勇者がドアの前にいる気配を察知して、俺は大きく息を吐いた。奴らの汗の臭いが鼻孔(びこう)をくすぐり、緊張が弦になってきつく張り詰めていく。床を見ると、月明かりによって作られた俺の影が、絨毯の上で揺れていた。それは俺の中の邪悪な心が形になって、この世に現出しているかのようだった。開け放った窓からは木々の葉と葉が擦れ合う音が聞こえ、ねっとりとした熱い風が吹き込んでいる。勇者と魔王の決戦の舞台として、この王の間ほどふさわしいものはないだろう。

 ドアが少しずつ動き始めた。ドアは首を絞められた鶏の鳴き声のような音を立てながら開き、やがて勇者とその仲間が姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ