姉と妹とチチバンド
表に裏に、多くの画期的な発明に転生者の活躍がある中、乳房帯と呼ばれるそれはある商家の作が発祥なのだが、それをさらに発展させた貴族家の長女が居た。彼女は完全な記憶を継承はしていなかったものの、機能としてはサラシ布とどっこいであったそれまでの乳房帯を、周囲の悪評を厭わずに研究を重ね、潰し整える既存の物から、支え守る物へと変えたのだ。
魔王軍との戦役が集結して暫くの世界。誕生してより100年程が経ったというが、その貴族の長女が開発に邁進した話は各所の記録や書籍に残っている。
長女は流行り病で父母を早くに亡くしていたため、唯一残された妹を溺愛しており、妹の幸せの為ならばと家を盛り立て女だてらに王国筆頭騎士にまで上り詰めて地位を盤石にした。
問題は当時まだ御歳10歳であった妹君である。
歳の割に豊かに育った胸は、支えが無いままでは軽い運動ですら痛みが走るため潰し整える必要があった。胸部が圧迫されれば息も血の巡りも悪くなり、庭園の散歩すら苦手となっていく。結果、運動不足のせいで体重に悩む事となる。
長女は父方の血が強かった為に、長身の美人で体型は可もなく不可もなしと言った所だった。
妹は母方の血が美人と言うより愛くるしい容貌が占め、身長の割に大きな胸を持っていた。
だが未発達な下着技術の影響で、歳を経て早くに垂れてしまう事が運命づけられており、体型の崩れを悲観して自殺してしまったご先祖も多く居たという。亡くなった母君も、出産後の体型の崩れを気にし、夜会への出席を拒否し続けていた事を長女は覚えていたのだ。
「我が妹のロリ巨乳、なんとしても守らねば!」
…。
長女は妹の為だけに周囲の反対を押し切って王国筆頭騎士の座を辞し、艷街を渡り歩いて娼婦やホステス達から胸に関する悩みや体型に関する情報を集め、試作しては各所の協力者に試し、新型乳房帯を開発したのだ。
かつての筆頭騎士が女遊びに興じ、下着ごときに散財を繰り返すという外聞からして問題のある行動。一分の宮廷保守過激派は暗殺者さえ送り込んだ。しかし腐っても筆頭騎士、それも近衛すら寄せ付けぬ強さを持った彼女の強さは送り込まれた刺客、その尽くを生きたまま返り討ちにした。
刺客なぞ国が不安定な時期にはよくあったものとからからと彼女は笑っていたという。そして彼女には妹の未来しか関心は無かった。殆どの刺客は失敗を報告した上で自主廃業したという。
「苦しくないです、軽いです、支えられています、お姉様!」
数年の歳月を経て、妹のデビュタントに間に合ったそれは、身体に合わぬ乳房帯とコルセット、その両方に苦しむ彼女を大いに喜ばせた。
既存の下着類が華美なだけで身体に合わず半ば太めに見られがちであった体型が、豊かな胸にくびれた腰、引き締まった尻と綺麗に整えられ、その日から妹御には縁談がひっきりなしに申し込まれたという。
ただ、この話には少し続きがある。
「妹を娶りたいなら武勇を見せよ!」
繰り返して言うが、腐っても元王国筆頭騎士。婚約の権利をかけた試合ではドレス姿のまま連戦連勝、高位貴族達は本気を出すまでもなく軽くあしらわれた事に意気消沈。腕に覚えのある騎士達相手には流石に鎧を纏っていたが、これも数合の手合わせで撃破。
下着の件で乱心したかとせせら笑っていた連中は総じて面目丸潰れである。
自国の主だった貴族や騎士が惨敗した為、今度は下級貴族や貧乏貴族の三男坊以下がここぞとばかり元王国筆頭騎士の血筋を取り込まんと、あるいは姉妹の美しさに憧れ次々と挑戦するも、一部はかなり良い所までは行くが本気を出した彼女には勝てなかった。
「将軍、お話がございます」
「…わかっておる」
宰相は戦から遠ざかった自国の武人の低レベルさに頭痛を覚えつつ、密かに訓練過程の見直しを将軍に提言していた。尚、貴族としての位階が低くとも良い所まで言った面々は、王国騎士団へ密かにリクルートされたという。
ついに他国から試合の申し込みがされ始め、いい加減長女が世間では行き遅れになりそうな所で、王位継承権を持つ王子が修行の旅から帰った。
「姉妹揃って我がもとへ来て欲しい」
その宣言の後、朝から夕方までかかった丸一日の激戦の末、権利を勝ちとったという。
「うちの騎士団に欲しかった…!」
同盟を結んでいた隣国の王女こと姫騎士、祝福を授かった英雄の一人であるその王女は、試合申し込みが間に合わなかった事を地団駄を踏んで悔しがった。
まあ後は、その王国が今でも続いている事からして話す事も少ないだろう。
紡績産業の盛んであった王国は衣類の生産にも力を入れるようになり、特に女性用下着の開発に今も熱心だ。
身体の線を整えつつも動きを阻害しないそれは、各国の上流階級は元より市井の者達、そして騎士や兵士どころか傭兵や探索者にとって重要な位置を占めている。