放課後の梅ちゃん(8)
毎週金曜深夜0時に次話投稿します。感想等もよろしくお願いします。
「やべ、随分遅くなっちまった……」
東雲学園の正門前には、もうすでに巻が、薄い月明かりに照らされて、儚げに立っていた。
「遅いぃ~~~~~!」
すっかり待ちぼうけを食らわされた巻は、形のいい眉を逆ハの字にして、すっかりお怒りのようだ。
「こんな夜中に、こんな美少女を、こんな物騒な所に、一人ぼっちで待たせるなんて、何考えているのよ!」
いやいや、いくらなんでも自分の事を美少女って……。
否定はしないけれど……。
「悪い、悪い。出てくる時に、ちょっと妹に捕まっちゃって」
乗ってきた自転車を停めながら、飛ばしてきたせいであがった息を整えつつ、僕は巻に謝る。
「へえ~、禰々宮くんって妹がいるんだ。きっと可愛い妹さんなんだろうね」
「何を根拠にそう言っているのかは分からないけれど、妹なんてものは実際にいれば、鬱陶しいだけだぞ。いつも生意気な口をきかれて、喧嘩してるし」
「ふぅん、そうなんだ。あたし、一人っ子だから、ちょっと羨ましいなって思って」
そう言って、穏やかに微笑む巻。ほのかな月明かりに、彼女の真っ白いワンピースが、青白く光って、まるでこの世のものではないかのような美しさだった。
「ん?何?どうしたの?」
その美しさに僕は、思わず巻に見とれてしまっていたようだ。
「い、いや、何でもないけど……その…なんか私服って珍しいっていうか、まあ、良く似合っているよ……」
などと、ドギマギする僕に、
「ウフフ、ありがとう。褒めてくれて嬉しい」
と、月に照らされた青白い頬を、少しだけ紅潮させて、巻は嬉しそうにはにかんで見せた。
その表情が一段と魅力的で、僕は心のハードディスクの容量がいっぱいになるまで、その笑顔を見つめていたかったのだけれど、
「じゃあ、行こうか?禰々宮くん」
と、ひらりと身を翻して、暗がりの方へと歩き出したので、僕はその後ろをとりあえずついていくことにする。
どうやってそれを知っていたのか分からないけれど、巻は夜間緊急用の入り口の鍵(ランダムに位置の変わる番号を押すタイプのもの)を開けて、僕と校内に侵入した。正直言うと、そこで阻まれて、僕たちのこの深夜のデートはお開きになるものだと思っていたので、驚きと共に嬉しい反面、戸惑いもあった。
だって、これって完璧に犯罪だよな?
でも、まあ、もし仮に捕まったとしても、イタズラですむ……のかな?
「何してるの?禰々宮くん?」
僕の戸惑いとは裏腹に、巻はスタスタと行ってしまう。
「いや、だってよ……さすがに、不法侵入だからさあ……」
「だからって、そんな腰を下ろして滑稽な格好で進んでも、捕まる時は捕まるよ」
少しでも見つかりにくいかと、腰を下ろして、ジェームズボンドばりの格好で侵入しているのだけれど、それに対して巻はというと、まるで自分には銃弾が当たらない事を確信している歴戦の英雄のように、堂々と校舎の方へと歩いていく。
「ちょ、さすがに、もう少し隠れないと……」
「大丈夫だって!」
巻は自信たっぷりにそう宣言する。
「いや、何でそう言いきれるんだよ?」
「だって、侵入警報とか、監視カメラとか、そういうの全部切ってあるから」
「え?」
何だって?
「うちの学校って、夜には用務員のおじさんも帰ってしまって、警備を外部の警備会社に委託しているのよ。だから、昼間のうちにその端末を切っておいたの」
偉いでしょと、とても得意げな巻なのだった。
「お前……何者なんだよ……」
さすがにちょっと怖いような気もする……。
「ウフフ、秘密~」
深夜のせいなのか、いつもよりもテンションが高い巻がおどけて答える。
「ね、早く行こうよ」
そう言うと、巻はまるで踊るような足取りで、校舎の方へと急ぐ。
「お、おう……」
その高すぎるテンションにも、置いてけぼりをくわないように、僕は急いで巻の後を追った。
校舎の入り口も、さっきと同じように、ナンバー式の電子ロックがかけられていたのだけれど、そんなものでは巻の勢いを止める事は到底出来るわけも無く、ランダムに表示された番号を難なく押して、巻は校舎の入り口を開ける。
「おじゃましま~す……」
さっさと校舎内に入っていった巻に続いて、真っ暗な校舎内に足を踏み入れた僕は、おずおずと、進んでいく。
「お邪魔しますって、誰かの家に入るわけでもないのに、一体誰に言っているのよ?誰もいないんだよ?」
「いや、まあ……」
さすがに拍子抜けというか、あっけなさ過ぎて、思わず口をついて出たのが、さっきの言葉だったのだが……。
「あ、そうか!」
何かに気がついたようで、巻は人差し指を立てる。
「誰もいないんじゃなくて、いるわね、一人」
巻は嬉しそうな顔を、僕のほうに向けて、
「梅ちゃんに言ったんだね!なるほど、なるほど」
と、一人で納得して、何度も頷く。
「もう、それでいいよ……」
さっきからのハイテンションの風に当たりすぎて、僕の体力ゲージはもうすでに残りわずかになっているようで、いちいち反論する気も起こらなかった。
しかしながら、僕はここでギブアップするわけにもいかないので、
「ちょっと、そんなに急ぐなよ」
と、巻を追いかけて、廊下を進む。
深夜の学校というものに、僕は初めて踏み入ったのだけれど、思ったほど気味が悪くは無かった。というよりも、
「何か……綺麗だな……」
青白い月の光が、窓を通って廊下に四角いスポットライトをいくつも作り、その光の中ではすべてのものが、静かに、それに清らかに見えた。
二人の歩く音以外、何も聞こえてこない青い空間――それはまるで幻の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
「確かに、綺麗だね。禰々宮くん、良い事言うじゃん」
鼻歌が漏れ聞こえてきそうなほど、機嫌良さそうな巻が、ニコニコ顔を僕に見せる。
その声にも残響があって、それが更に僕の感覚をおかしくしていきそうだった。
「それにしても、随分と嬉しそうだな?そんなに梅ちゃんに会いたかったのかよ?」
あまりにも巻が嬉しそうなので、僕は何気なく訊いたのだった。
が、
「あったりまえじゃないっ!!」
巻は、今までのテンションの最高点を更新して、僕に唾がかかるかと思うほど激しく訴えてくる。
「会いたくて、会いたくて、会いたくて、会いたくて、震えるほどだったわよ!そうね……例えるなら、ホロコーストで離れ離れになったユダヤ人親子が、戦後、命からがら故郷の村で奇跡的に再会した、みたいな?とにかく、会いたかったのよ!わかる!?」
「わかった、わかった!わかったから、少し落ち着けよ!」
そんな00年代の歌姫と、人類の大いなる負の歴史を、興奮して一緒くたにして言うんじゃありません!不謹慎だぞ!
掴みかからん勢いで、いかに梅ちゃんに会いたかったかを、力説する巻に、さすがに僕も呆れて、思わず本音が口からこぼれそうになる。
「お前のオカルト好きは、本当、筋金入りというか……」
全く、僕の事なんて眼中に無いようで、悲しくなってくるよ……。
とは、もちろん言えず、
「だけど、何で、そんなに好きなんだよ?」
と、別の台詞でもって、お茶を濁すだけに留まった。
「それは……」
並んで歩く巻は、天井に僕の質問への答えが隠されているかのように、上を向き少し逡巡してみせた。
「それはね……そっちの方が面白いからだよ」
「面白い……ねえ……」
「そう、まさに、面白きこともなき世を面白くだよ」
嬉しそうに、幕末の英雄の辞世の句を口にして、巻はニコニコと機嫌良さそうに続ける。
「だって、そうじゃない?」
ステップを踏んで、僕の前に躍り出た巻は、ぴょんと跳ねて回れ右をして、僕と向き合うようにして後ろ向きに歩く。
「ただ単に生きていくだけって、つまらないじゃない?何も無い日常なんて、退屈以外の何物でもないわ。そんな人生なら――」
巻は月明かりの中、輝いているような笑顔を浮かべて言う。
「そんな人生なら、死んだ方がましだわ!」
ふっふ~ん、とヘンテコな笑い声をあげて、巻はくるりと回って前を向いて歩き出す。
「なるほどね……」
とは言ったものの、いまいち同意しかねる。
「まあ、分からないこともないけれど……それでも死ぬってのはちょっと言い過ぎなんじゃないか?」
死にたくても死ねない奴だって、いるのだから。
って、それはあくまでもそういう設定ってだけなのだけれど……。
それにしても『放課後の梅ちゃん』に会うというだけで、こんなに喜ぶなんて、もしも今から会わせようとしている贄姫が、ただの痛い中二病患者だと知ってしまったら、さぞガッカリする事だろうな……。
そんな僕の気持ちをわかるはずも無い巻は、僕の少し前を、まるで引っ張っていくかのように、勢い良く弾むように歩いている。
月の光を浴びて、きらきらと輝きながら、左右に揺れている巻の黒髪を見ていると、なんだかこのまま贄姫が出てこなければいいのに、なんてつい思ってしまう。
「ねえ?それで、梅ちゃんにはどこに行ったら会えるの?」
かくれんぼの鬼みたいに、きょろきょろと周りに人の気配を探しながら、巻は訊いてきた。
「どこって言われてもなあ……」
そう訊ねられても、僕には皆目、見当がつかなかったので、ただ煮え切らない答えを返すだけだったのだが、どうやらそれは巻の期待を大いに裏切ってしまったようで、
「え?なに?まさか、何の当てもなく、あたしをこんな夜中の校舎の中に誘い入れたっていうの?はっ!もしかして禰々宮くん……」
巻は怯えたような目付きで、僕を見据えて
「あたしの体が目当てじゃないよね……?」
と言うと、体を守るように腕を組んで後ずさりする。
「んなわけあるか!そもそも誘ったのはお前じゃないか!」
そんな誤解されるような事を、言うんじゃありません!
「全く当てがない、というわけではないのだけれど……」
有らぬ疑いをかけられそうになった僕は、その自衛本能からそんな言い訳じみた事を、思わず口から漏らし、頼りない情報を巻に開示する事にする。
「参考になるかは分からないけど、初めて会ったのは、屋上だったんだよな。だから、もしかしたら屋上に行けば……って、まあ、あまり当てにはならないのは変わらないのだけれど」
それでも、このまま女生徒を深夜の学校に連れ込みたいが為に、そんな有りもしない(居もしない)怪談で誘い込んだ男子生徒の汚名を着るくらいなら、どんな頼りない情報だろうと、なりふり構っていられないのも事実。
ただ、こんなもの、ただの気休めにしかならない程度の情報なのも、歴然とした真実。
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、そこが一番可能性が高そうね」
しかし、当の巻にとっては、この僕が放ったちっぽけな情報だけで、満足のいくものだったようで、そう言うと、天井、つまりはその上に存在する屋上を見上げて、
「とにかく、まずはその屋上に行きましょう!」
と、僕たちの指針を明らかにした。
振り返って、そう宣言した巻の顔つきは、まるでアルプス越えを前にした、かの皇帝ナポレンのように、輝きを増していたのだった。
かくして。
僕たちは階段を上る。
あの日、予感と共に恐る恐る上った、屋上への階段を。
あの時と違い、今はゆっくりと階段を上りながら、同じく僕の前で階段を上る巻に、素朴な疑問をぶつけてみる。
「それで、その『放課後の梅ちゃん』と会えたとして、一体何をするんだよ?」
「ん?どういうこと?」
「いやさ、仮に会えたとして、それで『はい、さようなら』というわけにはいかないだろ?だから、会って何かしたいことでもあるのかと思って。もしくは、何か言いたいことや、訊きたい事とかさ?」
僕にそう訊ねられた巻は、う~んなんて言って考え込んでしまった。
……って、おい。まさか、何も考えていないわけでは無いだろうな?
「ま、まあ、それは会ってから考えればいいんじゃないかな?」
「おい、巻よ。目がものすごい勢いで泳いでいるぞ」
世界一早い魚といわれる、バショウカジキぐらいの勢いがあるかと思われます。
ちなみに時速百五キロメートルほどなのだそうだ。
「何ていうかさ――」
痛いところを突かれたであろう巻なのだけれど、まるで何事も無かったかのような澄ました顔で、階段を上りながら話し始める。
「何て言うか、梅ちゃんと……その、友達になれないかなって思って」
なんちゃって、と巻は、はにかんでみせる。
どうやら『なんちゃって』は巻の口癖のようだ。
「友達ねえ……」
「何?おかしいかしら?」
「いや、別におかしいってわけじゃないけれど……」
僕は巻の後ろをついて、階段を上りながら続ける。
「友達になりたいだなんて、思ったより普通だなと思って。もっとこう、巻のことだから解剖したいとか、その生態を調べたいとか言い出すかと思っていたから、肩透かしをくらったというか、随分とまともと言うか……」
僕の言葉に、そうかなあと答えた巻は、僕の前を歩いているから、その表情は見えない。少し気を悪くしたかな?と思った矢先、階段の踊り場まで来た巻はくるりと振り返ると、
「だってさ――」
と、僕に微笑みかける。
「だってさ、ずっと一人で生き続けているだなんて、寂しいに決まってるじゃない?だから、あたしが友達になってあげたら、少しはその寂しさも和らぐかな、と思ってさ。ただ、それだけのことだよ」
「何て言うか、その……お前って優しいんだな」
何と答えたものか、答えに窮した僕は、思わず足を止めてそう言った。
「そう?ありがとう」
巻はそれをさらりと受け流し、スタスタと階段を上っていく。
「お、おう、どういたしまして……」
少し遅れながら、僕も巻を追うように、階段を上っていく。
髪を揺らして、僕の前を歩く巻の背中を見ながら、僕は思う。
もしも、運命なんてものが本当にあるのだとしたら、僕があの贄姫に出会い、そして巻と出会ったのは、もしかしたらこうやって二人を出会わせる為だったのかもしれない。
仮に、仮にだ、万が一、あの贄姫が数百年を生きてきたのだとしたら――そんな気が遠くなるような時間を、孤独と共に生きてきたのだとしたら、そんなあいつにこの時代で友達を作ってやるっていうのも、悪い事ではないだろう。それに、あいつが言っているような妄想にも、オカルト好きな巻ならきっと上手くあわせることが出来るだろうから、もしかしたら仲良くなる事も出来るかもしれない。どちらにしろ、贄姫にとっては良いことなのだろう。
寂しそうに笑ってみせる、あの少女の顔を思い出しながら、そんな事を考える。
あいつは強がって、あんな事を言っていたけれど、きっと友達が出来る事を喜ばないわけは無いはずだ。
僕はそう自分に言い聞かせて、巻のあとをついて、階段を上っていく。
そうさ――きっと巻は必ず贄姫の良き理解者になるだろうし、それに僕も――僕だって、あいつの事を何となく気にはなってはいるのだ、と思う。
正直言うと、巻にこうやって誘われなくても、僕はきっともう一度、あの少女――贄姫に会おうとしただろう。どうしてか、あいつの言葉が、あの寂しそうな表情が、あの突拍子も無い行動が、気になるのだ。
仕方ない。
僕も、あいつの友達になってやることにするか。
あんな約束だってしてしまったしな。
贄姫は喜ぶだろうか?それとも、迷惑がるだろうか?
どちらかと言えば、喜んでくれればいいな、などと考えている間に――
「――着いたわね」
屋上へ出る扉の前で、振り返った巻は、僕に決意を確認するかのように、こちらを見つめながら、真剣な面持ちでそう言う。
「じゃあ、開けるわよ――」
僕に言ったというよりも、今度は自分に言い聞かせるように、小さく呟いて、巻はドアノブに手をかけて、それをゆっくりと回し、扉を静かに押し開く。
扉が軋む音が響き、月の明かりがその隙間から差し込んで、少しずつ青白い線が太くなっていく。
そうして開かれた真夜中の屋上へと、僕たちは恐る恐る足を踏み出す。
僕たちが足を踏み入れた屋上の世界は、以前とはまた違った顔を見せていた。
頭上に輝く月のおかげで、意外なほど明るかった。郊外にある我が校なので、こんな真夜中になれば、他に明かりなど皆無なので、当たり前と言えばそうなのだけれど、唯一僕たちを照らしている月だけを頼りにせざるを得ない状況なのだ。
逆に眼下には静かに眠っている町並みが広がっていて、遠くの空が薄ぼんやりと光って見える。昼間とは違って、風の音以外、何の物音も立てない町というのは、生き物の気配が感じられず、不気味にも思えた。
まるで、この屋上が世界から切り取られているかのようだった。
しかし――
「どうやら、人影は無さそうなんだけど……」
あつらえたように、怪しげな雰囲気を醸し出している屋上の世界なのだけれど、そこにいるべき人物の姿が全く見えなかった。
「確かに、そうみたいだな……」
辺りを見回しながら少し前を進む巻に、僕はそう答える。
「何で、梅ちゃんいないのよ?」
「いや、何でって言われても……」
抗議するような口調で、梅ちゃんの不在を僕に問う巻。
「ねえ?何でいないのか説明してくれるかな?」
抗議するようなではなく、抗議そのものだった。
「説明って言われても、別に約束してたわけでも、予約を入れていたわけでも無いから、何でいないのかはわからないのだけれど……」
それと、何でこんなに責められているのかも、わからないのだけれど。
何の根拠も無かったのだけれど、僕は何となく、屋上に来ればそこに贄姫はいると、半分確信していただけに、その不在は意外というか、何か嫌な予感めいたものを、感じらざるを得なかった。何か僕の知らない理由で、贄姫はここにいないような気がする。
それは一体、何だ?
「前に会ったときは、この場所で僕を待ち構えていたのだけれど、今日は何でいないのかな~?ちょっとわからないなあ~?」
「言い訳は聞いていない」
悪い予感を払拭するように、とぼけて言い訳を口にする僕に、あまりにも厳しすぎる巻の言葉なのだった。
「そんな言い訳じゃなくって、どこに行けば会えるかが聞きたいの!」
「いや、そんな事を言われてもな……」
どこに行けば会えるか、か……。
僕は考えながら、巻の正面へと歩み出る。
「ここにいないという事は、もしかしたら――」
――教室に行けば、と続けようとした僕の目に、屋上の扉の前に立つ、一人の影が映った。振り返りざま、巻の肩越しに見えたのは、我が校のセーラー服に身を包んだ、一人の少女だった。そのきちんと切りそろえられた前髪の下から覗く瞳は、以前よりも鋭くなっているように見える。
「――って、やっぱりいるじゃねえか」
梅の花の髪飾りを、月明かりにキラキラと輝かせて、贄姫は腕組みをして立っていた。
「お前、何故こんな所にいる?」
僕を睨みながら、贄姫は僕にそう訊ねてきた。
「何故って、お前に友達を連れてきてやったんだよ。ほら、こいつなんだけれど」
僕にそうやって紹介された巻は、振り返り、
「始めまして梅ちゃん。とても、会いたかったわ」
そう言って、微笑みを浮かべる。
しかし――教室で見せているような、いかにも優等生といった感じの巻に対して、何故か贄姫は顔いっぱいに敵対心を漲らせて、眼光鋭く睨み続けている。
「お前は一体、何だ?」
「ああ、そうか、ちゃんと紹介してなかったもんな。こいつは巻菫子といって、僕と同じクラスの奴なん――」
「そうじゃない」
親切にも、巻を紹介してやろうとしている僕を、贄姫は遮る。
「そうじゃない。お前は一体、何だ、と聞いている」
「いや、何だって、おかしいだろ?いくら初対面だとしても、もっと訊き方ってものが――」
「九十九――」
険悪になろうとしている雰囲気を執り成そうとする僕を、またも贄姫が遮る。
「九十九、お前にはそいつがどう見えているのだ?」
「は?何言ってんだよ?」
贄姫の言っている意味が、本当に意味不明なのだが……。
「ふざけているんだったら、やめろよ。僕はお前が寂しいかもしれないと思って、こうやって友達になれそうな奴を連れてきたんじゃねえか。それなのに、何だか良く分からないことを言って……もう少し違う言葉があるんじゃねえのかよ?」
さすがにこんな状況で、中二病も無いだろう。はじめは確かに巻に半分押し切られた形で、今こうやって二人を会わせる事になったのだけれど、それでも僕自身に何も思うところが無かったわけではない。
僕は、巻を紹介したら、贄姫は喜ぶと思っていたんだ。
そうじゃなかったとしても、それはきっと良い事だと思っていた。
なのに――
「確かに、お前に頼まれたわけじゃねえよ。だけどさ、僕は良かれと思って……」
「そうじゃない。そうじゃないのだ、九十九」
そう言った贄姫の顔は、どこか寂しく、どことなく僕を憐れんでいるかのような表情を浮かべていた。
「そうじゃないって……?」
「九十九――」
贄姫は僕の名前を口にしたけれど、僕ではなく巻の方を鋭く見据えながら、僕に問う。
「九十九、もう一度訊くが、お前にはそいつがどう見えているのだ?」
「どうって――」
そう訊かれた僕は、横目で巻を盗み見る。見てみると、巻は僕の少し後ろで、さっきと同じように微笑を浮かべて、贄姫のほうを見ていた。
「――ただの巻にしか見えないけれど……ていうか、何が言いたいのか、僕にはわからないのだけれど」
何で、贄姫はこんな事を言っているんだ?
戸惑う僕に、贄姫は続けて話す。
「もう少しわかりやすく言うなら――」
さっきまでより強く、贄姫は巻を睨みつける。
そう、それはまるで――
――まるで敵を睨むように、殺気を込めて。
「お前は、何を連れてきた?」