放課後の梅ちゃん(5)
毎週、金曜深夜0時に次話投稿していきます。感想等、宜しくお願いします。
話は続く。
「だけど、なんでお前がこの学校を守っているんだよ?」
「ん?なんだ?やっぱり感謝する気になったのか?」
贄姫は、顔をぱあっと輝かせる。
「いや、別にそんなつもりは、さらさら無いのだけれど……」
「な、なん、だと……?」
衝撃のあまり、後ずさる贄姫。
「やはり、貴様は――」
「もういいって!」
何回、やれば気が済むんだよ!
「とりあえず、その手に持った呪符を引っ込めて、頼むから、僕の質問に答えてくれないか……?」
その呪符が、僕には何の効果も無い事は、もうすでに証明されているんじゃないのか?
「ふん!まあ、いいだろう」
手に持っていた呪符をポケットにしまって、贄姫は憮然と、
「そこまで言うなら、教えてやらない事もない」
と、答えた。
「はいはい……もう、何でもいいから、お話を聞かせてね~……」
この女、面倒臭いこと、この上ないな。
「――八百比丘尼」
「え?」
唐突に言われたので、当然聞き逃してしまった。
「今、何て言ったんだ?」
「八百比丘尼と言ったのだ」
「やおびくに……?」
何となく、聞いたこと位なら、ありそうな気がするのだけれど……。
「なんだ?そんな事も知らないのか?まったく、これだから最近の若者といったら……」
ふぅ~、と贄姫。
「いや、だから、お前、何様だよ!」
どこのコメンテーター様なんだよ!
「それに、知らないといっても、どこかで聞いたこと位は、多分あると思うぞ」
「ほほう、それなら、説明してもらおうか?」
ニヤニヤと僕を、上から下にねめつけて、贄姫はおちょくるように言う。
「そ、それは……」
「ほうら?どうだ?説明できないのだろう?」
「そんなこと……」
「ほれ?素直に教えてくださいと、声に出して言ってみろ?」
「いや、少しぐらいなら知って……」
「本当か?それなら、何故黙っている?」
「う、うう……」
矢継ぎ早に、詰め寄られて、僕は思わず口ごもってしまう。
「あ、あれだ……ほら、妖怪っていうか、化物の類だろ」
苦し紛れに僕の口をついて出た台詞は、とてもじゃないけれど『八百比丘尼』とやらを説明するには不十分だったけれど、
「ふっ、化物か……化物、ね……」
贄姫を黙らせることについては、十分、効果を発揮した。
「あ、あれ……?」
戸惑う僕の視線の先では、贄姫が自嘲するような表情で、何度も僕の言葉を繰り返している。
「何か、気に障ることでも言ったか……?」
こういった年頃の女の子は、何かとよく分からない所で、機嫌を損ねたりすることを、僕はこれまでの経験上知っている。そこで、先手必勝とばかりに、こうしてフォローのつもりで声をかけたのだけれど、
「いや、何でもない。こっちの話だ……」
彼女は、少しだけ暗さの残る表情で、そう答えるだけだった。
「そうか、それなら……」
と僕は返すだけで、良かった、とは言えない。
そんな僕の気持ちを知ってか、知らずか、
「まあ、とりあえず、九十九が何も知らないということは分かったのだけれど――」
話を切り替えるように、表情を切り替えて、贄姫は話し始める。
というか、僕が何も知らないことになってない?
「八百比丘尼というのは、その昔、人魚の肉を誤って食べてしまった娘が、不老不死の力を手に入れるのだけれど、結局その力のせいで、孤独になってしまうという話だ」
「へえ~、何だかちょっと寂しい話だな……」
「そうだな……」
贄姫は寂しそうに笑って、話を続ける。
「まあ、有名なのは福井県の小浜辺りの話なのだけれど、結構この国の色々な所に、同じような話がある。どれも途中が違っていて、例えば、その比丘尼は人の魂を集めるだとか、逆に旅人を助けたなんて話もあるのだけれど、終わり方だけは、ほとんど一緒なのだ」
贄姫は、まるで自分の事を話すみたいな口調で、続ける。
「どれも、最終的には、その不死身の身ゆえに、周りに誰もいなくなってしまった比丘尼は、一人寂しく、どこかへと消えていくのだ」
話し終わると、贄姫は遠い目をして、彼方を眺める。
「と、まあ、こういうことだ」
「って、どういうこと!?」
どうも、こいつは説明が下手、というか説明をする気が無いように思える。
「今の会話からだと、どうがんばっても八百比丘尼という、昔話を僕が説明されただけとしか思えないのだが?」
「…………ちっ」
贄姫は年齢にふさわしくない、すれたオヤジみたいな舌打ちをして、口元をゆがめる。
おいおい……美人が台無しだぞ。というか、普通に怖えーよ。
「九十九、お前は本当に面倒臭い男だな。なぜ、今の説明で理解できない?」
「その言葉、そのまま、お前に返してやるよ!」
本当に面倒臭い。
「それに、さっきの説明だと、たとえ僕が聖徳太子やブッタだったとしても、何一つ、お前が何故学校を守っているかという理由を、そこから汲み取る事は出来ねえよ!」
「お前……いくらなんでも自分の事を、聖徳太子やブッタだなんて、よく言いすぎだろう?九十九は良くて、精々キリギリス程度だというのに……」
「僕の価値って、キリギリスぐらいしかねえのかよ!」
ちょっと酷すぎやしませんか?
「いやいや、何を言う。お前の価値はそんなもんじゃないぞ」
贄姫は顔の前で手を振って、僕の言葉を否定する。
「そ、そりゃ、そうだよな。いくらなんでもキリギリスなんて事は無いだろう?」
「ああ、そうだ――」
贄姫は首肯して、
「お前の価値はダンゴムシくらいだな!」
と、晴れやかに言ってのけた。
「お前、絶対訴えてやるからな!」
そして、この国の法律でなら、絶対勝つ!
「……はあ……」
僕は嘆息して、
「もう一度言うけれど、お前が何故、この学校を守っているのか、この僕に詳しく教えてくれないか?」
懇切丁寧に、贄姫に頼む。
出来る事ならば、彼女にも僕に懇切丁寧に説明する事を願う。
「私には、ある呪いがかけられている……」
僕のお願いは、どうやら彼女に聞き入れられたようで、ゆっくりと彼女は話し始める。
「呪い?」
「ああ、そうだ……」
その理由とやらは彼女の口を重くするようで、先ほどまでと違ってするすると言葉が繋がって出てくると言う事は無いようだ。
「もうはるか昔、約八百年ほど前になる。平安時代の終わり頃か……私はその頃、東雲神社の巫女をしていた……」
「ほう……」
なんとも、壮大な話が始まったな。
それはそうと、こいつの話、自分に言い聞かせないと、何故か信じてしまいそうになるんだよな……。
ついつい忘れてしまいそうになるのだけれど、これらの話は全て、この少女の中二病の症状が引き起こした、自己世界の設定なのだということを、しっかりと肝に銘じて続きをどうぞ。
「その頃のこの国はといえば、今とは比べ物にならないほどに、アヤカシ達が力を持っていて、日常的にトラブルを起こしていたのだ。私はそういった時代に生まれ、巫女としてそういったもの達と、時に戦い、時に執成し、アヤカシ側と人間側、つまりこちら側とあちら側を繋ぎ、調整し、調律する役目を担っていた」
「なるほど……」
とは、言ったものの、頭の上には特大の「?」マークな僕だった。
しかし、贄姫はそんな事はお構い無しに、話を続ける。
「ちょうどそんな時、それまでは公家が中心になって行っていた政治が、武家がそれに成り代わって行うようになった。それぐらいのことなら、九十九程度でも知っているだろう?」
「僕程度って何だよ!……まあ、日本史の授業を、普通に聞いていれば……」
多分、平清盛とかの事を言っているんだろうな。
「それで?」
僕に促されて、贄姫は頷き、続きを話し始める。
「それで、権力が武家へと移っていくにしたがって、私達、東雲神社に対して、ある疑いがかけられるようになった……」
贄姫の口調は、さらに重々しくなり、さっきまでの饒舌振りが完璧になりを潜めていた。
「私達がアヤカシ達と通じて、この国を裏から牛耳っていたのではないか、という疑いがかけられた。ある意味それは、私達への畏れや、特殊な神社という立場への妬みなんかが原因だったのだと思う」
遠い記憶を呼び覚ますように、目を細め、贄姫は話す。
「確かに、実際にそういったこともあるにはあったのだと思う。まあ、そうは言っても、その頃、今と同じ……というか、本当の意味でまだ少女だった私は知らなかったのだけれど……」
「?」
本当の意味でまだ少女だった?
「そんな私達はきっと、武力でなんでも解決してしまおうとする武家からは、邪魔でしょうがなかったんだろうな、奴らは私達と対抗していた勢力と手を組み、攻めてきた。もちろん私達も応戦したけれど、奴らの方が一枚上手だった。悔しいけど、そうだった」
贄姫の話を信じる限り(信じていないけれど)随分と昔の話のはずなのだけれど、彼女はまるでつい最近の事のように、心から悔しそうに、表情を歪める。
「その結果、私達は負けた。負けに負けた。もう、惨敗の大敗の大失敗だったのだ」
「……そ、そんなにか……」
「ああ、そうだ。もうけっちょんけちょんの、ぼっろぼろだった」
贄姫は、大人びた表情で苦笑する。
「負けた私達は、それでも何とか、東雲神社だけは守らなくてはいけなかった。それで、私には――」
とても悲しそうに、贄姫は笑った。
「私には、不死身の呪いが、かけられた」
「不死身の呪いって……」
さすがに、話が飛躍しすぎじゃないか?
「それ以降、私は死ねなくなったのだ……」
「そ、そうなんだ……」
すでに話を合わせるなんて、レベルではないけれど、とりあえず合わせた振りだけでも続ける事にする。
「それからの私は、東雲神社を守ることに必死だった……」
贄姫は、口調を変えずに、話を続ける。
「人間も、そうでないものも、等しくこの神社を狙っていたからな。死ねなくなった私にしてみれば、それは地獄よりも酷い毎日だった……」
そう言って、贄姫は遠い目をする。
「…………」
え?説明、終わり?
彼女の様子を伺うと、とりあえず自分の話すことは、話し終えたというような、ある種達成感を感じているようにも見える表情を、僕に見せている。
と言う事は、今からは僕のターンだ。
「じゃ、じゃあ、何か?お前はそれから、もう何百年も生きているっていうのか?」
「そうだ」
贄姫はニコリともせずに、そう答える。
「お前の正体というのは、何百年も前の東雲神社の巫女で――」
「そうだ」
「神社を守るために、不死身になってしまって――」
「そうだ」
「そのまま、今でも、この学校……つまりは旧東雲神社のあった場所を守っていると?」
「そうだ、その通り」
贄姫は大きく首を縦に振って、
「九十九にしては、きちんと理解出来ているじゃないか?ああ、そうか、なるほど、私の説明の仕方が良かったのだな」
「お前の説明の仕方は、間違っても分かりやすくはない」
どれだけ、僕が苦労したと思っているんだ?
「それにしてもな……」
ちょっとした好奇心にかられて、手を出してみたものの、まさか、ここまでの重篤な症状を起こしているだなんて思わなかった。
こいつは、もうすでに手遅れなのかもしれない。
なんて言っても、僕には中二病を救う術なんて全く持ち合わせが無いので、どうやってこの場から逃げようか、なんてそんな事に脳細胞のほとんどを動員していると、
「貴様……その顔は、どうも、私の話を疑っているな?」
と、あからさまに探りを入れる表情で、贄姫は僕にそう言った。
「いや、まあ……」
「確かに私の話は、お前のようなものには、すぐには信じることが出来ない事も、理解できないわけではない」
僕がどう答えるべきか迷って、口ごもっていると、贄姫はそう言って、意外なことに僕の立場を慮るようなことを言ってきた。
「さすがにいきなり出てきて、不死身だなんて聞いたって、それをそのまま、はい、そうですか、だなんて信じることは出来ないだろうし……」
「あ、ああ、そうなんだよ……って、お前、何やってんだ?」
僕が目を上げると、贄姫は屋上の柵を乗り越えようとしていた。
「いや、口で説明しただけで信じろだなんて、少し強引過ぎたかと思ってな――」
そう言っている間にも、彼女の華奢な体は、柵を乗り越え、ふらふらと屋上の淵に足を下ろす。
吹き上がってくる風が、彼女のスカートをはためかせる。
「だから、こうやってここから私が実際に落ちて、それでも死ななかったら、信じてもらえるかと――」
「何やってんだよっっっ!!」
僕は思わずそう叫び、彼女の方へ駆け寄り、
「お、お前、ここから落ちるだなんて、正気かっ!?」
贄姫のか細い両肩を掴み、そう叫ぶ。
「何考えてんだよ!おかしいんじゃねえのか!?」
訊ねるまでもない。彼女は本当におかしいのだ。
「だって……」
体は外に向けたまま、顔だけをこちらに振り向かせて、
「だって、九十九が信じてくれないから……」
贄姫は、少し拗ねたような顔でそう言って、頬を膨らませる。
「わ、わかった!わかったから!信じる!信じるから!」
「……本当か?」
僕の必死の訴えは、何とかこの自殺志願の彼女の心にも届いたようで、贄姫は不安げな視線を僕に投げかけながら、
「本当に、私の言う事を信じてくれるのか?」
と僕に訊いてきた。
「ああ!信じるよ!」
「全部か?」
「全部信じる!」
「本当の本当か?」
「本当の本当だっ!」
「…………そうか」
贄姫はそう呟くと、体ごとこちらに振り返り、柵に手をかける。
「そこまで言うのなら、ここから落ちるのは止めておく」
そう言うと、贄姫は「よっ」と声を出しながら、柵を乗り越えようとする。
「ふぅ~……」
僕は息をつき、思わず後ずさると、そのままそこにへたり込んでしまった。
だって、そうだろ?目の前で、誰かが飛び降り自殺をしようとしていて、それを何とか説得する事ができたんだぜ?
いくらそいつが、自分は死なないなんて妄言を吐いていたとしても、だ。
「まあ、それに、いくら不死身だとしても、こんな高さから落ちたら、さすがにかなり痛いだろうしな」
ハラハラしながら見守っていた、贄姫の屋上への生還は無事に完遂され、彼女は何故か偉そうに、そんな事を言う。
「そうなのか?いくら死なない体だとしても、痛い――」
「死なないんじゃない、死ねないんだ。間違うな」
贄姫に、冷たく早口でそう言われる。
「あ、ああ、悪い……」
そのただならぬ雰囲気に、思わず謝ってしまった。
そんなに怒ることも無いだろ?……なんて事を言える雰囲気ではないよな。
「ふん、まあ、死ねない事がどれだけ辛いかだなんて、お前に分かるわけが無いだろうな」
「死ねない事が……辛い……?」
確かに、僕に分かる訳がない。
なぜなら、僕は普通の人間なので、普通に死ぬ事ができるから。
しかし、それにしても、死ねない事というのはそんなに辛い事なのだろうか?
そんな事が、ふと頭をよぎったからだろうか、
「なあ?死ねないって、どんな気持ちなんだ……?」
つい、迂闊にもこんな事を贄姫に尋ねてしまった。
「どんな気持ちか……」
贄姫は、しばらく黙って考え込んだ後、
「いつまでも死ねないということは、自分だけ常に置いてけぼりをくうということだ。どれだけ仲良くなった、親交を深めた相手であっても、どれだけ互いに求め合って、愛し合った相手であっても、どれだけ憎み、ぶつかり合った相手だとしても、必ず先に居なくなってしまうのだ……。この孤独が、お前に分かる訳ないだろう?」
と、ことさらに冷たく言い放つ。
「それは……」
口に出して良い言葉が、頭の中に全く浮かんでこない。それほどに贄姫の言葉には言い知れない重さのようなものがあった。
「どれだけ絶望して、どれだけ諦めて、どれだけ逃げたくても死ねないのが、どれほど辛いかだなんて、口では到底、言い表す事ができない……そんな寂しい思いをするぐらいなら、いっそ、誰とも距離を取ろうとした八百比丘尼の気持ちも分かるような気がする……」
今にも沈みそうな夕日のせいか、彼女の顔の影がより深くなったように感じた。
「確かに僕はそんな経験をしたことは無いから、想像もつかないけれど……」
なんだか、言い負かされたようで、微妙に腹が立つ。
「でも……この世にいる限り、誰とも接触せずに過ごす事なんて、不可能だろ?それに……」
「それに?」
腹立ちまぎれに、適当な事を言って反論したかっただけの僕に、贄姫は淀みの無い真っ直ぐな瞳を向けて、訊ねてくる。
「それに何だというのだ?」
「それに……それでも、お前はこうして生きているんだし、それで、こうやって僕と出会った訳なのだから、それまでもそんな風に否定す事は無いんじゃないのか?せっかく、こうやって僕と知り合ったのに、それまで無かった事にしたいみたいな事を言われると、さすがに僕もショックだ。だから、そんな事を言うんじゃねえよ……」
苦し紛れにしては、少し言い過ぎてしまったかもしれないけれど、何となく贄姫の言い振りに、腹に据えかねるものを感じていた僕としては、これぐらい言わせて欲しい。
こいつの世迷言に付き合った挙句に、結局『お前にはわからない』なんて、酷すぎると思うのだけれど、それぐらい普通の感覚だと思うが?
「フッ……フフフッ……」
そんな僕の苦し紛れに放った一言は、彼女に変化をもたらした。それは――
「フフッ……あははははははははははははっ!」
彼女は何故か、突然、大笑いし始めたのだった。
肩を大きく震わせて、両目に涙を一杯に溜めて、彼女は大いに笑う。
「な、なんだよ?何がそんなにおかしいんだよ?」
「あははは、だって……あははははははっ!お前が、私にそんなこと……フフフッ、あははははははははははっ!」
「だから!何だって言うんだよ!」
「いや、ちょっ、あはははははははははははっ!」
「何か知らないけれど、もう好きなだけ笑えよ……」
それから数分間、夕日に染まった屋上に、贄姫の笑い声が響き渡った。
数分後、僕がもうそろそろ、怒って帰ってしまってもいいかと、目に見えない誰かさんにお伺いを立てようとしている頃、贄姫はやっと笑い終えたようで、
「はは……はあ~~~」
と大きく息をついた。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「ああ、少しな……」
ふぅ~、なんて言って、贄姫は息を整えている。
「それで?一体なんだって、そんなに笑ったんだ?」
「それは――」
僕が、あの大爆笑の理由を問いただそうとしたら、贄姫は少しだけ嬉しそうにはにかみながら、
「お前に、そんな風に言われるなんて思っていなかったから、何となく嬉しいというか、おかしいというか……ププッ!」
そう言って、また笑い出しそうになるのだった。
「はあ?どういう意味だよ?それ?」
「まさか、お前があんな事を言うなんて、昔なら考えもしなかったことだろうにな……そう思うと、何だか不思議な気持ちというか……」
「なんだよ、それ?」
何が、こいつを喜ばせているのかが分からない。
「それに、昔ならって、お前とは今日初めて出会ったはずだけれど?」
「いや、それは、何と言うか……お前は似ているのだ」
「似ている?誰に?」
「昔の知り合いに、だ。まあ、それはこちらの話だから、あまり気にするな」
「いや、気にするなといわれても……」
気にしない方が無理だというものだ。
「ふん、ふん、そうか、そうか」
しかし、肝心の贄姫は、僕の疑問には微塵も答える気は無いようで、一人でぶつぶつ呟いて、頷き、何かを納得したらしい表情を浮かべている。
「それなら……お前がそんな風に言うのなら、私が生きていて良かったと思えるようにしてくれるのだろうな?」
わざとらしく、期待を込めた表情を僕に見せて、贄姫はそう言った。
「うっ……それは……」
「ん?まさか、口から出まかせだったなんて事は無いよな?」
僕の心中を探るような視線を投げかけて、まるで僕の心をすでに読んでいるかのような事を贄姫は言う。
「どうなんだ?お前と会ってよかったと思わせてくれるのだろう?」
「あ……ああ!そうだ!」
売り言葉に買い言葉とは、まさにこのことを言うのだろう。
僕は、贄姫に無理やり作った、強気な顔つきを見せつけながら、
「僕が、お前に生きていて良かったと思わせてやる!」
……と、言ってしまった。
ああ……もうすでに後悔してしまっているのだけれど、これから先、もっと後悔する事になりそうな予感が……。
しかし、時すでに遅し。
僕の発した言葉は、空気を確実に震わせ、その振動をキャッチした彼女の鼓膜は、電気信号に変換させた僕の言葉を、聴覚神経を通し彼女の脳神経にまで届け、それを受けた脳は彼女の表情筋に『微笑む』という命令を出し終わっていたのだった。
「そうか……それは実に楽しみだな」
彼女は微笑み、本当に嬉しそうに、そう言った。
その顔が、あまりにも魅力的だったので、思わず僕は数秒間見蕩れた後、
「お、おう、楽しみにしとけよ」
そう言って、僕は彼女に笑いかけたのだった。